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独想(おもい)

作者: 千月華音


 瑚太朗はホテルの一室でノートパソコンを叩いていた。

 ヤスミンからのメールを受け取り、PDFで添付されたデータを見て、HDに保存した自身の詳細なデータと照らし合わせていた。

 やれそうな気がする。

 おそらくこれなら汎用化は可能だ。

 さっそくヤスミンにチャットで連絡をとった。

 セーフハウスのネットは利用すると足がつくので、このためにネット可能なホテルをとったのだった。


Koko1010

『データを送った。その概要手順で頼む』


Jasmine2015

『連絡が遅すぎます!!:-<』


Koko1010

『すまない、分析に手間取った』


Jasmine2015

『そういうことじゃなくて!:-< …心配してました』


Koko1010

『悪かった。で、そのまま体系化できそうだったんで、創出のプロセスはだいたいそんな感じだ』


Jasmine2015

『……』


Koko1010

『おい?』


Jasmine2015

『…もっと私たちを頼って下さい』


Koko1010

『俺の問題なんだ。手伝ってくれることは感謝してる。ただこれ以上は巻き込みたくない』


Jasmine2015

『…何かありましたか?』


 ――鋭い。

 瑚太朗は内心動揺したが、気取られないよう素早くキーを叩いた。


Koko1010

『俺のことは心配ない。レイニーに今から送るアドレスからハックしてその回線を使ってもらうように頼む。おそらくそこのスパコンを使わないとこの膨大なデータを処理できない』


Jasmine2015

『わかりました。クラッキングに関しては彼のほうが上です』


Koko1010

『俺もダミーの痕跡を仕掛けておく。そちらに足がつくことはしないから』


Jasmine2015

『瑚太朗』


Koko1010

『おまえまた! 呼ぶなと言っただろ』


Jasmine2015

『この回線は安全です。瑚太朗、何かあったのならすぐ連絡を』


 女の勘というやつだろうか。

(鋭すぎるだろ……)

 瑚太朗が隠していることを聞き返さないだけ、まだ信頼されていると思った。


Koko1010

『わかった。こちらからしか連絡はしないが、携帯はすぐ出るようにしてくれ。今のところは何もない。心配しなくていい』


Jasmine2015

『…信じます』


 ノートを閉じた。

 疲れたようにため息をつくと、冷蔵庫から冷えたビールを取り出す。

 酔えない体質だが、なぜか無性に飲みたくなった。

「まじい……」

 味よりも体内を巡るアルコール成分がわずらわしい。

 血液循環に酵素を大量に送りこむ自分の強化した身体を少しだけ疎ましく思いながら、窓の外を見つめた。

 森の一角を眺める。

 大樹が一本だけ遠くからでも見える。

 認識撹乱があるため他の人間には見えないが、瑚太朗だけはそれが見えていた。

 その大樹の根元に誰がいるのかもわかっている。

 明滅する光の渦が大樹を中心にまわっている。パワースポットの力を使っているのだろう。

「あのバカ……」

 小鳥が魔物を作っているに違いない。

 鍵が現れたことで変な使命感みたいなものを燃やしている。

 今はひとまずあそこに篝を匿うしかないが、あんな目立つことをしていればいずれガイアにだって発見される。

 パワースポットはあそこだけではない。

 大地の力を吸い上げ続ければ、他のパワースポットにまで影響は出るはずだ。

 そういう説明をしても、小鳥は聞き入れようともしてくれない。

「もともと仲良くなかったとはいえ……」

 神戸小鳥。

 こうなることがわかっていれば、あのときもっと親しくしていればよかった。

 自分の短慮で未熟な人との関わりが、めぐり巡ってこんな形で跳ね返ってくるなんて。

「今さら後悔してもはじまらねえけどな」

 問題なのはこれからだ。

 篝をいつまでもあそこに置いておくわけにはいかない。

 篝は小鳥をなぜか信頼しているようだが、それを利用できないものだろうか。

 小鳥を使って篝をパワースポットから引き離す方法……。

「……ダメだ」

 小鳥はあそこにいちゃいけない。

 これ以上関わらせるわけにはいかない。

 もう引き返せない一線を越えたとはいえ、あいつはまだ子供だ。

 ヤスミンだってレイニーだってシュンだって、子供だったけどやり直せた。

 俺はそんな大層な人間じゃないけど。

 人を救えるなんておこがましくなれないけど。

 放っておけるほど薄情な人間じゃない。


 ――プシュッ。


 いつの間にか3本目のビールを開けていた。

 全然酔えないし、不味い。

 なぜこんなものを人は飲みたがるんだろう。

 飲んでる自分が言えることではないが。

「そういえば篝のやつ……」

 コーヒーが飲みたいとか言っていた。

 ここにはコーヒーがないので、持ってきてください、と。

 あまりに馬鹿馬鹿しくて忘れていた。

 鍵が、コーヒーだと?

 Keyコーヒーのパクリか?

「違うだろ」

 自分で突っ込みをいれつつ、篝のことを思った。

 少し思うだけで、胸が甘く痺れるような鼓動を打つ。

 篝を慈しんでいるのを自覚している。

 それがなにに起因する感情なのか、自分でもいまいちよくわからない。

 この際突き詰めて考えてみよう。

「時間は……まだあるか」

 時計を見上げると午前3時だった。

 夜明けまであと2時間ちょい。

 どうせ眠れないのだ。考える時間にはちょうどいい。

 瑚太朗は空き缶を捨てようとして、ふと、洗面所に向かって缶を洗った。

 なんでこんなことをしているのか、自分でもよくわからないのだが。

 分別ダストシュートに入れ、ベッドにあぐらをかいて座り込む。

 最初にまず鍵と出会ったときのことを思い出してみる。

 はっきりと姿を捉えたのは生まれた直後だが、実は発芽の段階でも出会っていた。

 篝はそれを「あれこそ我が最初の学び」と言っていた。

「あのとき……」

 神聖な不可侵なもののように思えた。

 今思うと、鍵であることを本能的に察知していたのかもしれない。

 なぜそう思えるのか。

 俺には鍵が見える。

 鍵は不可視で、認識が撹乱されるため、人の目でとらえることはできない。

 だがまれに超人の中には、鍵の持つ特性を素通りしてみることができる者もいる。

 確かそれはガーディアンの中で“目”と呼ばれていた。

「“目”か……」

 俺がそれに該当するということか。

 ただ“目”を持つそいつらは、鍵の姿を見ることはできても、近づいたり触れたりすることはできないらしい。

 鍵が持つ自己防衛機能が近づく者を容赦なく退ける。

 それを直感して忌避するのだという。

 だが、俺はそんな直感がしなかった。

「なぜだ?」

 発芽の段階ではその状態にならないからか。

 いや……違う。

 生まれた直後でも、やろうと思えば鍵は俺を攻撃することができた。

 だがそれでも、攻撃されるとかそんなことよりも、近づいてもまったく問題はない気がしていた。

 たとえ……殺されても。

「……おいおい」

 殺されたらいくらなんでもマズイだろ。

 しかしあのときの自分は、本当に理解不能だが、鍵に触れたいと思っていた。

 思っていたが身体が動かなかった。

 あまりにも不可侵に思えて。神秘に思えて。

 神を崇拝する信徒のようだった。

 自分らしくない所業に笑いがこみあげる。……だけどそれが本音だ。

「……今はどうなんだ」

 韜晦してみる。

 驚くことに、あの時から畏敬の思いがまったく失われていない。

 いやそれどころか。

 もっと篝に近づきたいとまで思っている。

 俺の行動に苛立ち、焦り、早く事態を進めろとしか言わない、多少ムカつきつつあるあの篝に。

 ……振り向いて欲しいとさえ、思っている。

「……っっ!」

 自分の気持ちに気づいた途端、ベッドから飛び降りた。

 口をおさえて洗面所に駆け込む。

 飲んだビールをすべて吐き出してしまった。

 顔を水で洗い流し、鑑を見るとそこには、恋で盲目な男の姿が映っていた。

「嘘だろ……」

 あれは鍵だ。

 地球が生み出した、人類を裁定する、生命のシステムだ。

 そのシステムに惹かれてどうすんだ。

 人間じゃなくても女なら誰でもいいのか。

 ……結構好みのタイプだけど。

「いやいや、そういうんじゃなくて!」

 バンッ――と鑑に手をついた。

 落ち着け。天王寺瑚太朗。

 彼女いない暦十余年の、童貞は卒業したけど恋愛経験ゼロなやつは、敬愛も恋愛もごっちゃになるんだ。

 そう、この気持ちは敬愛とか尊崇とか、そういうものだ。

 決して恋愛とか恋とか浮ついたものじゃない。

 …………。

 褒美に胸揉ませてくれるとか言ってたな。

 ヤっちゃてもいいとかも。

 だったらいろいろやりたいことが……。

「いやいやいや、冷静になれよ!」

 頭を掻き毟って身悶える。

 もう自分でも何が何やらわからなかった。

「欲求不満なのか、俺……?」

 だったら情けないにもほどがあるが、もはやこの気持ちに誤魔化しはきかない。

 篝を強く意識してしまった。

 次に会ったらもうまともに顔が見れないかもしれない。

「そんなんじゃダメだろ……」

 篝の言う通りなら、残された時間は少ない。

 やれることをやるしかないんだ。

 褒美とかそういうのは後の楽しみに……いやいやいや!

「こんなことなら恋愛経験積んどくべきだったーっ!」

 瑚太朗はじたばたと床でのた打ち回った。

 誰もいない洗面所で。



原作準拠とは書きましたが、後半の瑚太朗は違います。

たぶんこんなふうに悩んでたりはしないでしょう。

だったらいいなと思いました。

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