いるよ、傍に。
私の弟が死んだ。交通事故で、学校の帰りに信号無視の車に轢かれたらしかった。
嫌な予感はしたのだ。高校生の私より小学生の弟の方が家に帰るのが早いので、いつもなら家の扉を開けたらそっけない「おかえり」が飛んできていた。でも今日は違った。私が家に帰ってきたとき、家の中は閑散としていて、弟はいなかったのだ。
胸騒ぎがした。きっと委員会か何かで遅くなっているのだといくら自分に言い聞かせても、胸騒ぎはおさまらなかった。
そして弟の訃報を聞いて――そこから先はよく覚えていない。気がつけば弟の葬儀も終わり、私は家の近くにある砂浜に来ていた。
水のかけあいなどをして遊んでいる子供たちを見ると、私も弟とよくここで遊んだなあなんて思い出が溢れてくる。
一度思い出すと、止まらなかった。
よく喧嘩をした。大嫌いだと、何度叫んだか分からない。
そう、大嫌いだった。でも。
それでも、私の。
私の、たった一人の。
大嫌いで大好きな、弟だったのだ。
膝を抱え込む。そこに顔を埋めていると、とんとん、と肩を叩かれた。
「こんなところにいた」
振り向くと、そこにいたのは私の幼馴染みであり彼氏でもある彼だった。私が急にいなくなったんで、探してくれていたんだろう。
「帰ろう。おばさんたちが心配してる」
手をさしのべながらそんなことを言う彼に、私は急に不安になった。
これまで私は、死と言うものをどこか遠くに感じていたのだ。人は必ず死ぬ。そう理解していても、頭のどこかではそれは自分に関係のないことだと思っていた。人は必ず死ぬのに。母も、父も、私も、――目の前の彼も。
「ねえ」
気がつけば、言葉が口から滑り落ちていた。
「あんたは、死なないよね?」
私のそんな問いに、彼は目を見張る。そして、ゆっくりと微笑んだ。
「死ぬよ。いつか必ず、僕は死ぬ。でも、君を遺しては死なないよ」
「本当?」
「うん、本当」
「私が死ぬまで、死なない?」
「うん。約束する」
その約束が意味のないものだということは分かっていた。だって、人の死は神様が決めることで、私たち人間がいくら足掻いたって変えられようのないものなのだから。
それでも。それでも、この約束で、少しでも未来が変わるのなら。
「私が死ぬまで、傍にいてね」
涙を拭い、小指を突き出しながらそう言うと、彼は優しく笑った。
「うん。いるよ、ずっと。離れないよ」
小指を絡めて、二人で笑う。そして、よっこいせっというかけ声と共に私は立ち上がった。
二人で手を繋いで、砂浜から出る。
きっと、これから何度も、弟のことを思い出して涙するだろう。でも、同じくらい彼との約束を思い出して、幸せになるだろう。
一度だけ振り返ったときに見えた、夕陽がとても綺麗だった。