世界大会編「太陽と月」
後半終盤に入ってついに試合が動いた。
先制されたイタリアはベスト16敗退は許されない、開催国の維持と誇りをかけてサポーターが大声援で後押しする。
そして残り15分という事もあり、両チームのベンチが慌ただしくなる。
先に動いたのはイタリア。
右サイドバックのカルドナに変えてドナドーニ。右ウイングのピッツィに変えて長身のヴィルを投入。
システムをスリーバックにし、3-5-2の攻撃態勢を取る。
スタンドのクロウは終始気に入らない表情をしているが、樫原曰く、クロウが嫌な顔をしている時は相手を認めている時らしい。
「けっ、結局ドッジボールじゃねぇか。」
隣のバソングもコクりと頷く。
「言い得て妙だな。けれど、限りなく有効だ。終盤走らされた後のクロス連打は守る側としたら嫌なはずだ。」
正確なクロスが売りのドナドーニは何度もクロスを放り込む。
イタリアのパスサッカーへの移行は相手の足を疲れさせる上での布石だった。
プランAを遂行しつつ、奥の手としてプランBサイドアタックに移行する形。
クロウの言うようにドッジボールで外野がボールを回し、錯乱した所に一刺し。まさにそんなサッカーだ。
しかし、勝負師マッテオーリもすぐさま実村さんに変えて垣屋さん、橋本さんに変えてヤンコを投入。
守備のテコ入れを図る。
そして舞川さんに変えて樫原を投入する。
イタリアは怒涛の攻撃を見せる。
ドナドーニのクロスはバリエーションが豊富で、ヤンコのクリアが流れて危うくオウンゴールになりそうなクリアも徳重さんのスーパーセーブで切り抜ける。
あと数分踏ん張れば初のベスト8が見える、俺たちは全選手が自陣に残り、守備を固める。
残り2分、ドナドーニがボールを持つと皆がクロスを待ち受ける、俺たちは、ハンドやファールに気をつけるように神経を滾らせる、そんな混戦の中で1人だけ逆サイドに開いている選手がいた。
若くしてイタリアを背負うセルジーニョだ。
ドナドーニのサイドチェンジを受け、ドリブルで突っ込んでくる。
「疲弊した足で俺のドリブルは止められないよ。」
「え!?」
俺と唐澤さんが2人で奪い取ろうとする所でセルジーニョ脅威のクイックネスで俺たちをいとも簡単に交わす。
フリーになったセルジーニョはペナルティエリア45°の位置でイタリアの伝説の選手ばりの巻いたシュートを放つ。
混戦の中、ブラインドで徳重さんが動けない、弧を描きながらボールはゴールラインをわろうとしている。
ゴールを確認したイタリアサポーターとセルジーニョはセレブレーションの準備に向け走り出す。
痛恨の同点弾を喫してしまう、そう思われた。
「僕はまだこの大会何もしていない。」
ボールはラインを割っていた。
ただしゴールではなく、サイドラインを。
ゴール直前で樫原がジャンピングボレーでボールを掻き出していた。
レフェリーの元にもテクノロジーによるゴールの通知は届いてないようだ。
「月だ。」
「ん?どうした?」
「セルジーニョが太陽なら、カタギハラは月だ。アイツは闇を照らす月だ。」
スタンドのクロウは腕を組み、バソングと共に会場を後にする。
「それにしてもお前ポエムとか言うキャラだったか?」
「うるせぇ!って、いててて!」
クラブでは樫原に飼い慣らされているクロウだが、このチームではバソングに押さえつけられているそうで、大きな体のクロウをバソングは容易く羽交い締めにする。
「先輩は敬え、タケルは流石だな。それから、カモはいい選手だ。帰ってジェルマンに報告だ。」
樫原のスーパークリアも束の間。
イタリアはすぐに動き直し、出し手に回る事が多い、ジョゼがエリア内に侵入しボールを呼び込む。
「クソっ!鬱陶しい!」
「うん。その顔!悪いけど今シーズンは俺も悔しかったんだ。」
一家に一台、賀茂さんの密着マークは最後まで継続していた。
素早く体を寄せ、ジョゼへのパスコースを寸断、大きく蹴り出す。
時間が異常に長く感じる、アディショナルタイムも開催国ハンデなのかわからないが体感は2倍以上。
厳しい戦いだったが最後まで握った手綱を離さず、引き込んだ。
レフェリーのタイムアップのホイッスルがスタジアムに響き渡り、俺たちはついに日本サッカーの歴史を変えた。
ウノゼロ!




