世界大会編「神の存在」
ついに、その日はやってきた。
国内クラブチームのサポーター、海外リーグ好きは関係なく、選手の家族や友人、関係者その全ての声援を背に、俺たちは戦う。
日本では今大会にかかる期待はなかなかのものだった。
代表発表直前の親善試合ではヨーロッパの強豪ポルトガルを下し、グループリーグの通過はもはやノルマになった。
そもそも、インターナショナルカップに出れる事が当たり前になっている事が四半世紀前ならありえない事だったらしいが、日本のサッカー文化の進化を続けるためにはこのノルマを達成しなければならない。
不安と期待が入り混じる試合はキックオフして、まずは両チーム慎重な試合の入り……というのは甘い考え。
エジプトはいきなり圧力をかけてくる。
右サイドのモハメドアルが起点を作ろうとボールを引き出す。
「右松さん!」
「おうよ!」
これに対し俺たち日本は局面の数的優位を意識。
縦のスペースを右松さん、俺は中のコースを切る。
対面するエジプトの英雄は口角を少し上げ、ニヤリと笑う。
ノーモーションから一気に加速するドリブルで右松さんを交わす。
「悪いけど2人でなんとかなるとは思ってない。」
右松さんの背後には加茂さんが回り込んでいた。
クレバーな対応でアルからボールを奪うと、アルが伸ばした足に上手く体を当て、ファールを貰う。
「丈留、せっかくだ。
この雰囲気を楽しもうな!」
「はい!」
今日も日本のセンサーは正常に動作中だ。
俺たち日本も反撃に出る。
実村さんがセンターフォワードの位置から中盤に下がってポゼッションに参加。
身体能力で勝るエジプトへの対策でとにかく揺さぶりをかけること、細く繋いで綻びを探す。
しかし、エジプトはアフリカのチームでありながらエレガントかつ、オーガナイズされている。
ドイツ人監督が植え付けた守備の統率はなかなか崩れない。
「樫原!」
「はい、やりましょう。」
ならば、と樫原は実村さんとのコンビでセンターラインを切り裂く。
二人の眩い笑顔がピッチ上に感動をもたらす。
俺は樫原とコンビで語られる事が多かったのだが、少しだけ嫉妬心が芽生える、それくらい2人の仕掛けは有効だった。
ゴールから25m、樫原のドリブルからスイッチの動きで実村さんがダイレクトでシュートを放つ。
エジプトゴールキーパーはゴールラインギリギリでボールに触れ、ボールはポストを叩く。
一瞬、エジプトDFの動きは止まる。
感覚的な動きだろう。
誰より早く彼はボールに反応していた。
この日はサイドハーフに入った橋本さんが滑り込む。
ボールがネットを揺らした直後、スタジアムは歓声がこだまする。
日本ベンチは総立ち、前半25分の事だった。
「ふーん、ゼロトップか。
時代遅れな事するもんだねぇ。」
スタンドでは、前日快勝を収めた別グループのイタリア代表が観戦に訪れていた。
大活躍の19歳、セルジーニョは両手を頭の後ろに回し、小馬鹿にしたように笑う。
俺達のフォーメーションの特徴はセンターフォワードの位置に本職を二列目とする実村さんをおいた事だ。
これは「ゼロトップ」という特異なポジションだ。
ボールを引き出す動き、ゴールをとる動きに特化したストライカーとは違い、積極的にポゼッションに参加、自由に動き回り、フリーマン的なイメージを持つのがわかりやすいだろうか。
そもそも、ゼロトップはイタリアのクラブチームが起こしたポジションで、一時期センセーショナルなそれとして名を馳せた。
しかし、時代の変化と共にセンターフォワードの必要性が再び問われるようになり、最近ではゼロトップ採用のチームは少ない。
前半は試合をコントロールし、1-0で折り返す。
ロッカールームではマッテオーリが手を叩き俺たちを鼓舞する。
上々の出来に慢心は無い。
一方、エジプトはリードされているにしては落ち着いており、ボールを徹底的に右サイドに集める展開だった。
後半に入ってもその展開は変わらず、アルは貪欲にドリブルで仕掛けてくる。
「俺達には神がついてる。
つまらない、ワンマンチームって言われたってそれでも俺達はアルを信じるぜ。」
中盤でボールを持ったエジプトのMFは微笑む。
試合時間は残り時間25分、第1戦は佳境に突入する。




