海外編「キャピテンヌ」
後半残り15分、一進一退の攻防に観衆は息を呑む。
誰もが見逃せない、ピッチから1寸たりとも視線を逸らすことの出来ないほどの緊迫感。
そんな中でも大声を張り上げるのはゴール裏のパリサポーター。
それに押されて会場全体からの手拍子でまるでオーケストラのような旋律が轟く。
対して、少ないながらもモナコサポーターも必死で声援を送り、その声は確かに俺たちの背中を押している。
そして、何よりも心強いルイスの投入で俺たちのボルテージも1段上に上がった。
首位決戦も大詰めだ。
ルイスはジャンディから預かったメモをバソングに手渡す。
それを見たルイスは皆に素早く指示を送る。
「タケル、ルイスとツーシャドーだ。
ビエラと俺でドイスボランチ、スリーバックみたいだ。」
ルイスは俺の胸に拳を軽く当てて微笑んだ。
「やるしかねぇな、これは。
若いけどお前らは立派なフットボーラーだ。
ジャンディの意思は理解出来るだろ?」
ドリブラーのシャルドネをウイングバックに置くシステムは完全に攻撃体勢だ。残り時間攻め切るという明確な姿勢を交代とシステム変更いう形で示した。
シャドーに入った俺はルイスと共に、相手のセンターハーフに猛烈なプレッシャーをかける。
呼応する様にウイングバックが連動し、コンセス目掛けたロングボールにはゴンザレスが熟練の読みで弾き返す。
可変式フォーメーションを採用しているパリもこのシステムは予想外らしく、戸惑いが見られる。
ゴンザレスが弾き返したボールは左サイドに流れ、これに反応したルイスはピッチ上に魔法をかける。
相手ディフェンス前で胸トラップし、ノールックで広大なスペースにヒールキックする。
「ルイスさん、この時間帯にさすがにこれはキツイ。」
「お前は若いモンの中でも人一倍走れるはずだ。」
息を切らしながらシャルドネがダッシュし、必殺のラボーナでクロスを上げる。
ニアサイドに低い弾道で向かうボールに俺は飛び込む。
コンマ数秒で様々な選択肢が頭を過る、ファーサイドに擦らすか、キーパーの頭上を撃ち抜くか。
「信じてたぜ、タケル。」
直前でディフェンスの気配を背後から感じた俺はボールをスルーし、このボールは俺とディフェンダー二人の股下を通過する。
この日1番のチャンス、俺は声を枯らして叫ぶ。
「行け! バソング!」
「させるか!」
走り込んだバソングはシュートブロックに入ったディフェンダーと前に出てプレッシャーをかけるゴールキーパーを嘲笑うかのようにチップキックする。
「シルキータッチだ、キャピテンヌ。」
ルイスが感嘆の声を上げたように、そのキックはどこまでも美しかった。
パリの本拠地が静まり返り、相対してモナコスタンドは狂乱。
時計の針は後半42分を指していた。
負け越した事実に重なって屈辱のゴールを奪われたパリに反撃の出力は残されていなかった。
ロドスの苦し紛れのシュートが大きく枠を外れた所でホイッスル。
優勝が決定したかのようにベンチの選手がピッチになだれ込むモナコ陣営と、失意の下、ピッチに倒れ込むパリイレブン。
事実上の優勝決定戦と言われたこの一戦。決して大袈裟なリアクションではなかった。
しかし、手綱を握るようにバソングは円陣を組み、語った。
「いいか!? まだ優勝は決まってない! やるぞ! やるんだ!」
闘将の言葉でチームの結束はまた1つ深まり、最高の形でモナコSFCはパリ決戦を制した。
週が明けた月曜日、オフを家族で過ごしていた俺にクラブオフィスから着信が入る。
「はい、わかりました。」
通話終了を押した俺に美由が少し心配そうな眼差しを向けている。
「どうしたの?」
「来週日本に帰るよ、代表からの招集がかかった。」
「やったぁ!! 来未! パパやったよ!」
美由の問いかけの意味が来未に通じる訳もないが、どこか嬉しそうにキャッキャと笑う来未を見て、俺は拳を握りしめた。
代表からの遠ざかって半年間。
ついに名誉挽回のチャンスが巡ってきた!
先日亡くなったイタリア代表のアストーリ選手。
カリアリ時代から大好きな選手で本当に残念です。
サッカーファンで名俳優大杉漣さんの訃報と言い、人はいつ亡くなるかわかりませんね。無為に時間を過ごしてはいけないと改めて実感しました。
どうか安らかに。
御冥福をお祈りします。




