高校編「走れる理由」
空は暗く雨は降り続け、足取りを重くさせる。
延長戦に入っても鳳条はボールポゼッションを高める。
少しずつ反応が遅れ、ボールに食らいのがやっとの俺たちだが、最後のシュートの所で体を張ってなんとか凌ぐ展開。
「ほんと君たち粘り強いね。
でもこれで凌げると思わないでね。」
延長前半、樫原がボールを持つと鳳条が仕掛ける。
なんとセンターバックの貴瀬がオーバーラップし樫原の真横まで全速力で走り込み、樫原は図ったように真横にボールを転がす。
これを貴瀬がダイレクトでロングシュート。
「シュートちゃうよな貴瀬さんよぉ。」
意表を突いてペナルティエリア内で光宗がこのボールを肩でフリックする。
「100点だ。これで終わりだよ。」
ボールを出したあと直ぐに走っていた樫原がジャンピングボレーの体勢に入る。
「くそ!届け!」
俺とハラ、サク3人でブロックに飛び込む。
「惜しかったね。」
樫原はあざ笑うかのようにこのボールを下に強く叩きつけ、俺たちの頭上をふわりと通過させ、素早く立ち上がりもう1度ジャンピングボレー。
ゴールの枠にあたる鈍い音、ボールはころころゴールラインを割る。
鳳条がついに勝ち越し。
同時に延長前半終了の笛。
スタンドには感嘆の声が響き渡る。
いつもはすぐに帰陣する鳳条イレブンも喜びを爆発させ、応援団のいるスタンドへ走る。
「ナイス落としだったよ、光宗。
貴瀬もナイスパスだ。」
「かまへん、かまへん! 貴瀬お前はパス強すぎや。」
「うるせぇ、あのスピードじゃねぇと通らねぇよ。」
3人はハイタッチし、応援席に親指を立てた。
一方うなだれる俺たち山の麓イレブン。
衝撃的なゴールに精神的なダメージは大きかった。
俺は足に疲労が来てなかなか立ち上がることが出来ない。
「おばさんとおじさん連れていくんでしょ! 立って!」
ベンチで美由が叫び掛けてくる。目には光るものが見える。
「お兄ちゃん! 見てるよ! ママとパパと一緒に見てるよ!」
鳳条の大声援にかき消されそうになりながらも叫んでいる光希の声がかすかに聞こえる。
吸い寄せられるように俺の元にみんなが集結する。
「丈留、楽しいな。」
「俺たちのサッカー人生でこんな瞬間があるなんて思わなかったよ。」
裕樹は俺を引き上げ胸を叩いた。
俺はもう一度立ち上がる、何度でも立ち上がる。
こいつらもっとサッカーがしたい。
「ここまでついてきてくれてありがとう。最後だ、力貸してくれ!」
もう1度仕切り直しだ。俺たちは最後の15分に向けてもう1度一致団結した。
深く息をついた俺は母さんと親父の事を思い浮かべていた。
泥だらけで練習から帰ってきた俺に何時も笑顔で労ってくれたこと、大事な試合になるといつも二人揃って応援に駆けつけてくれたこと。
そうすると何故か疲れているはずの身体が軽い。
2人の声が頭に響く。
「丈留走れ! 頑張れ!」
スタンドの男と天津川。
「面白い選手だとは思っていたが、なんなんだ。
山の麓高校、そして懸上丈留。
なぜこの時間にあれだけ走れるんだ、何があいつらをそうさせてるんだ。」
驚きの表情で固唾を飲む男と照れ臭そうに、どこか嬉しそうな天津川。
「俺にも分からないです。
だけど丈留はそういうプレイヤーなんですよ、観る人を熱くさせる。」
試合は残り時間1分、最後の力を振り絞って攻め上がる。
右に開いた裕樹がクロスボールを送る。
「決めろよ!」
ニアサイドでミツグが貴瀬をブロック、ファーにこぼれたボールに飛び込んだのは俺と樫原だった。
「勝つのは僕らだ!」
「届いてくれ!」
ゴーンという鈍い音。
同時にスタジアムに悲鳴が響いた。
目の前の視界は暗転した。
長い静寂の後、気が付けば俺は病院のベットの上だった。