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チャンピオーネを聴くまで  作者: 登々野つまり
海外編(フランスリーグ)&予選編
48/115

海外編「額面通り」

 ポルティレンセのホームスタジアムに乗り込んだ俺たち。

 相手スタンドでは発煙筒が炊かれ、物々しい雰囲気がスタジアムを包む。

 スダンドの一角を占めるモナコサポーターに挨拶を済ませ、ウォーミングアップを進める。

 芝は新シーズン開幕直後という事もあり良い状態だ。

 海面の水分を含めた風は少し体に纒わり付くが、大きな不快感を与えるほどではなかった。


 快調にウォーミングアップを済ませたが、数名の若手プレイヤーは緊張感を目立たせていた。

 このチームは若いが経験不足が取り沙汰されている。

 俺も経験が深い訳では無いが先日の年代別世界大会から比較的緊張はしていなかった。

 ヨーロッパの舞台に進めるか、進めないかで今後のサッカー選手としてのキャリアに大きく影響を及ぼす。

 世界中の注目を集める大会での活躍は各々の名声を高める上でこの上ない舞台だからだ。

 そうした条件もあり、アンダー世代の選手は固くなっていたが、さすがここはキャプテンといったところか、バソングが皆のモチベーションを高める。

「お前たち緊張してるだろ、俺だってしてるぜ。

 けどよぉ、この緊張を楽しもうぜ。

 緊張は敵じゃねぇ、集中力を高めてくれる味方だ。

 いくぞ!」


 試合は日本時間3:45、現地で19:45と、時計の針が刻を示す。

 キックオフと同時にポルティレンセサポーターの歓声が起こる。

 序盤から後がないポルティレンセが鋭い攻撃で襲いかかる。

 しかし18歳のフランス人センターバック、ビエラが高い身体能力を活かし対応する。

 楔を打ち込んでくるボールに厳しいチェックをかけ問題を未然に回避する。

 彼とコンビを組むゴンザレスも裏へのボールにはカバーリングの対応を心がけ、事なきを得る展開が続く。

 そして俺の役目は今日も走り回りプレッシャーをかける事。

 ここ数年、練習後のランニングを欠かさなかった事が功を奏して、無尽蔵のスタミナを備える事が出来ていた。

 サッカーIQが高いバソングと俺の補完性、即興性もバッチリだった。

 とは言え、ホームのポルティレンセも1stlegとはうってかわり、連動性のある攻撃を重ねてくる。

 実村さんがタクトを振るうが、ここにも俺は厳しいチェックを怠らない。

「相変わらずしつこいな! 丈留!」

「今日も自由にさせませんよ!」

 

 試合前のミーティングでの監督の指示は相手に100%の精度でプレーさせるなという事だった。

 100%が80%のプレーに変わる、これを二回繰り返すだけで結果としてズレは40%のズレに繋がる。

 例えば右利きのプレイヤーへのパスをプレッシャーをかけたり触れたりする事で左にずらす、これだけで流れるプレーが数秒遅れ、ボールを奪うチャンスを作り出す。

 このチームのストロングポイントは緻密さと持続性にあると、スタンドの解説者も分析していた。

 そして何よりそれを可能にしているのがキャプテンのバソングが発揮するキャプテンシーだ。

 人を動かす能力、チームを盛り立てる大きな声。

 俺は年代別代表でキャプテンを務めたが、彼を見ているとまだまだ自分の統率力には課題があるなと痛感させられる。

 前半はポゼッションされた俺たちだったが焦れずに粘りきりスコアレスで折り返す事に成功した。


 後半開始のピッチに立つ両イレブン、俺たちアウェーチームは意外な光景を目にする。

 トップ下の実村さんをスリーバックのセンターバック、「リベロ」と呼ばれるポジションに配置転換してきたのだ。

 キックオフ後ポルティレンセは素早いパス回しで揺さぶりをかけ、ロングボールを打ち込んでくる。

 センターバックのゴンザレスとビエラも集中力を保ちしっりと対応するが、どこか前半とは違い、 土俵際にジリジリと押し込まれているかのような感覚に陥る。

 ポルティレンセが望んだのは実村の「解放」だ。

 Wセンターからのプレッシングを避けるためにポジションを一つ下げ、起点の位置を後ろからに変えたようだ。

 ミレウスとケネディも必死にチェイシングするものの、実村さんは水を得た魚のように簡単にボールをさばき、受け、ロングボールを蹴ってくる。


 しかしスーツに身を包んだ青年監督は冷静に次の手を打つ。

 ジャルディム監督はケネディを下げ中盤ディフェンシブのマキシ・ゴメスを投入する。ゴメスは空中戦に強みを持ち、最終ラインの防波堤を二枚にする。

 俺は監督からはセカンドトップの位置に入り、実村さんのマンマークを命じられた。

 昨シーズンからモナコSFCに就任したジャルディムはチーム躍進の立役者である。

 堅守速攻のオーソドックスな戦いに加え、戦況によってシステムを動かす「リアクションサッカー」を体現することの出来る戦術家だ。

 モチベーターの部分はキャプテンのバソングに任せ、自らは戦術研究を徹底し、絶妙なチームバランスを保っている。


 試合はそのまま進み、アディショナルタイムに突入していた。

 俺は変わらず実村さんのマンマークについていたが、相当足腰に応えていた。

 やはり日本の試合とは強度が段違いだ。

「俺は今日でこのチームを去る、最後に仕事させてもらうぜ丈瑠!」

 最終ラインから実村さんはドリブルを開始。

 意表を疲れた俺は交わされてしまい、実村さんはそのままスルスルとボールを持ち上がる。


 大袈裟かもしれない。

 けれど彼の背中には翼が見える。

 軽やかなステップでピッチに舞う、そこに居たのは間違いなく稀代の皇帝だった。

 

 フットサル出身という実村さんは足の裏を使いバソングの股を抜き、フォローに入ったゴメスの太ももにボールを当て自分の下へボールを戻す。

「美しい」

 思わず俺の口から出た言葉の先にはネットが揺れる音がしていた。

 浮いたボールを優しくループでキーパーの頭上を抜いていた。

 ゴールと共に終了の笛。

 2戦合計で2-1勝ち抜けしたのは俺たちだったが、実村さんの圧巻のプレーにスタジアムは酔いしれていた。


 翌日のポルティレンセの地元紙には「オブリガード SANEMURA!」

 と書かれており、スペイン名門への移籍が報じられていた。

大変お待たせいたしました!

多忙で体調を崩していました。申し訳ございません。


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