年代別代表編「皮肉にも」
後半アディショナルタイムの失点。
残り数分でこぼれ落ちた優勝、日本には少なからず動揺が見られる。
一方、フランスは一気に勢いづき、リスタート後試合を決めにかかる。
「大丈夫だ! 俺の背中を見ろ!」
俺は必死に声を上げ、チームを牽引する、勇士さん、樫原、彼らの為に、そして日本で待っている家族の為にも無様な姿は見せられない。
ラストワンプレイで左サイドからサルビアが強引にクロスを上げる。
「しまった!」
サッカーは技術以上にメンタルが物を言う。彼のプレーもまた心理状態に大きく揺さぶられてしまう。
ヤンコが先ほどの失点を引きずり、クロウのマークを外してしまう。
フランスの背番号8はやや後方に来たボールを宙に舞いオーバーヘッドキックで合わせる。
「届けぇー!!」
金澤がギリギリ伸ばした右手の指先がボールを掠める。
立ち上がりかけたフランスサポーターの大所帯の歓声はため息に変わる。
ボールは右ポストを叩き、こぼれ球を滝口が大きく蹴り出す。
同時に主審のホイッスル、90分の戦いの終了を知らせ、前後半15分ずつの延長戦へと向けた小休憩へと両チームは向かう。
延長戦へ向けてはロッカールームに戻ることは許されず、ピッチ上でのリカバリーに勤しむ選手とスタッフたち。
メディカルスタッフにベンチメンバーも含め、必死に出場選手へのストレッチに手を貸す。
そんな中ヤンコは頭を下げ、一人項垂れる。
「すいません、俺のせいで。」
俺は気にするなと発しようとした所で先に関西弁の男がヤンコの頭を強めに叩く、彼等風に言う「しばいた」だ。
「何言うとんねん! お前おらんかったらとっくに逆転されとったっちゅーねん! 誰1人お前責めるやつなんかおらんわ! さっさと切り替えて残り30分守ってくれ!」
それ以上言葉を続ける必要は無いと思った俺やみんなも頷き、ただヤンコの頭を優しくポンポンとたたいた。
そして延長戦が幕を開けるが、ヤンコは完全に気を取り直し、フランスのクロスボールを跳ね返すだけでなく、地上戦でもクロウに全く仕事をさせない。
試合展開はと言うと、一進一退の攻防が続く。
金澤とカンパネラの両守護神がビックセーブを連発、光宗の強引なドリブルシュートを片手でカンパネラがセーブすると思えば、ゴールから25mのサルビアの強烈なFKは金澤がガッシリとキャッチングする。
「やっぱり君とはサッカー観が合いそうだ。」
「うん、でも負けないぜ!」
俺とジェルマンのマッチアップも均衡し、中々どちらにも決定的な仕事が出来ないが俺はこのマッチアップが何よりも楽しかった。
スタンドももはやそこには、開催国云々関係なく一人ひとりがサッカーファンとして試合を楽しむ、両チームの魂こもったプレーに大きな拍手と歓声が送られ、スタジアムにはウェーブが巻き起こる。
中には日本人とフランス人が肩を組みそれぞれの応援歌を歌い合う者もいた。
人種や国境を飛び越えた友情こそ、サッカーを語る一番の魅力かもしれない、丸いボール一つで分かり合う事が出来るのだから。
いつもより集中力が冴え渡っていたからなのかは分からないが、気づいた時には延長戦は終了していた。
試合はPK戦を迎える。
サッカーというスポーツで最も理不尽な方式かもしれない。
負けた者へのショックは計り知れず、PK失敗で引退してしまう者もいる程だ。
最後の決戦に向けて、チームメンバー全員で肩を組み、円になる。
「みんな本当にありがとう!泣いても笑っても最後だ、絶対に笑って終わろう!!」
俺は一人目のキッカーを務める。
緊張で心臓の早さが可笑しくなっている。
手は震え、経験した事の無いプレッシャーに襲われたが、胸を一つ、二つ、三つ叩くと鼓動は落ち着いた。
そして勢いよく助走についた。
激戦を終えた俺達は宿舎で最後のミーティングと打ち上げを行った。
監督の計らいでフランス料理のフルコースが賄われ、それぞれを労う。
「えー、まずは、みんなお疲れ様でした! 予選から一緒に戦ってきたメンバー。
本戦から加わったメンバー、みんなに感謝している。
結果は準優勝、悔しいけどこの悔しさはそれぞれフル代表で、W杯優勝で晴らそう! それでは乾杯!」
「負けたなー。」
「ああ。」
「約束したのにすまなかった。」
「僕は君がキャプテンでよかったよ、みんなそう思ってる。」
俺も樫原も穏やかな表情で歴戦を振り返った。
思えば、長く険しい戦いだった。
けれど、世界と戦える自信がついた、そしてある気持ちが俺の中に芽生えていた。
一息つき、日本へいる美由に連絡しようとスマートフォンのスイッチを入れようとした時、見知らぬ番号からの着信が入った。
ー
PK戦は5人目の光宗が失敗し4-5で敗れた、光宗は大粒の涙を流したが、ヤンコが先ほどのお返しとばかりに頭を叩き、肩を貸した。
光宗に容赦なく浴びせられるカメラのフラッシュを遮ったのは務さん。
何を言ったのかは分からなかったが南川さんも光宗の耳元で囁いていた、恐らく励ましの言葉だろう。
俺はジェルマンとユニフォーム交換し、互いを讃えあった。
「お疲れ、強かったよ。」
「ありがとう、本当にジャパンには驚いたよ。
人材の宝庫じゃないか。
当然タケルも大会終わったらこっち来るんだろ?」
俺は「どうかな」と微笑み、固い握手を交わして引き上げて行った。
樫原はクロウから謝罪の言葉を受け取ったようだ。
「なんつーかその、悪かったよ。
上手くなったなお前。」
「ふん、来年から同じチームだ。
すぐにお前を飼い慣らしてやるよ。」
クロウはニタリと笑ってスラングで返し、樫原とシェイクハンドした。
会場にはフランスサポーターからのジャパンコールが大きくこだまし、賞賛の嵐が鳴り止まなかった。
俺たちは表彰式でそれぞれシルバーのメダルを受け取り、写真撮影を行った。
そこには激戦を終えたメンバー達の晴れやかな表情が写し出されていた。
次回年代別代表編最終話です!




