年代別代表編「ギフト」
準決勝前夜、俺は宿舎でリラックスしていた。
ジャージの右ポケットに入れていた携帯の着信音が響く、電話の相手は美由だった。
「丈瑠、忙しい時にごめんね。
伝えるべきか悩んだんだけど伝えたい事があるの。」
突然の報告に驚き、俺は一瞬硬直してしまった。
「子供が出来たわ。
今日4週目って言われた。」
言葉が出ない、電話越しで俺の名前が聞こえる。
「丈瑠ってば! 大丈夫?」
「あ、ああ! 今すぐ逢いたいよ! 美由にも俺達の子どもにも!」
「駄目よ。
とにかく丈瑠には世界一なって帰ってきてもらわないと、パパは世界一なんだよって自慢できないじゃない!」
俺の言葉を聴いた同部屋の光宗が飛びついてくる。
「うおー! 今子どもゆーたか!? やるやんけ丈瑠、みなさん! 丈瑠に子供出来たみたいやでー!」
大声で廊下に駆け抜けていった快速ストライカーはこの後樫原からお灸をすえられたのは言うまでもない。
「だから丈瑠、現地まで応援行けなくなったの。
ごめんね。」
「なんで謝るんだよ、ほんとにありがとう。
帰ったらきちんと家族にもご挨拶しよう! 明日頑張るよ!」
俺は電話を終えてすっと深呼吸した。
一人の父親になる、そして明日の準決勝。
負ける訳にはいかない。
日が明けて準決勝の会場に入った俺たち。
会場はメイン会場のスタッド・パルク。
収容人数8万人を誇るフランス最大級スタジアムである。
準決勝第1試合のイタリア対フランスは開催国フランスが大声援を受けて2-0で勝利した。
そして第2試合は俺たち日本対スペイン。
戦前の予想はスペイン優勢だが、ここまで勝ち上がってきた俺たちにも大きな注目が集まっていた。
各強豪クラブの強化部やSDが目を光らせている。
日本人選手の数多く代理人を務めるモレイロ鈴木もスタンドに姿を現す。
「やぁ、モレイロ。
一押しの日本人は誰だい?」
「聞かなくても目星はつけてるんだろ? おそらく南川は移籍金高騰するだろうな。」
少し間を開けてそれから…と言いかけると某クラブ強化部の人間は分かってるよと告げた。
試合前の整列、入場の時間だ。
俺は右腕の腕章を強く握り歩き出す。
「行くぞ!」
対戦相手のスペイン。
おそらく今大会フランスと並ぶ最大の優勝候補。
前線のトレス、中盤のガルシア、最終ラインのミネイロは市場価格が70億を下らないと言われている。
グループリーグから毎試合複数得点を上げているが特筆すべき点はボールポゼッション率が65%を切った試合がないという点だ。
そう、これこそがスペインサッカーの特徴。
日本で言う「鳥籠」的なもの、スペインでは「ロンド」と呼ばれるパス回しでポゼッションを高めていく。
俺たちはこの独特なパス回しにどう対抗するかが鍵になるだろう。
試合を裁くバカルディの笛で試合は幕を開ける。
スペインは早速パス回しを開始する…と見られたがいきなりミネイロが対角線にロングボールを蹴り込む。
「もちろんこれも想定していたぜ。」
落ち着いて香山さんがクリアする。
ミネイロのストロングポイントは高精度のフィードだ、これがスペインサッカーのアクセントにもなっている。
攻めに転じる俺たちだがスペインは素早くプレスをかけて来る。
逆サイドにスペースが生まれるがサイドチェンジをすること無くボールを奪われてしまう。
しかし、このボールに俺は素早く食らいつきボールを奪取しドリブルを開始しようとした所で相手の足がかかりファールを受ける。
「すまない、速攻はさせないぜ。」
「ああ、掻い潜るけどな。」
ガルシアはこうした汚れ仕事も厭わない。
緊迫した展開で幕を開けた前半、先に仕掛けたのは俺たちだった。
花粉が辛く辛くて。




