プロ編「試練」
最高のプロデビュー戦を飾った俺は波に乗り、直近5試合を2ゴール3アシストの活躍、チームも同様破竹の6連勝を飾り、順位も一気にプレーオフ圏内にまで浮上した。
俺の活躍にメディアも注目し始め、世代別代表のU-21代表に推す声も少なく無かった。
そんなある日の練習中だった。
舞い上がったボールを競りに行った着地の際に悲劇は起こる。
「ぐあっ。」
ブチッと糸が切れたような音がする。
「痛てぇ、ぐっ、やばいこれ。」
「まずい! メディカルスタッフ! 早く!」
耐え難い激痛が体を巡り、意識は朦朧とする。
すぐさま病院に直行し診断を受ける。
医師が下した判断は悲痛なものだった。
「左膝前十字靭帯損傷。
全治一年です。」
小学生から始めた長いサッカー人生の中で初めての大怪我。
しかもこの箇所の怪我は現役引退に追い込まれる選手も少なくない、非常に深刻な物だ。
すぐさま入院し、1週間後に手術が行われる事になった。
次の日、美由がお見舞いに来てくれた。
「丈瑠、大丈夫?」
心配そうな顔を浮かべて問いかける美由の視線が痛い。
「ごめん、せっかく来てくれたけど今1人になりたいんだ。」
「何よそれ、せっかく久々に会えたのに。」
「すまない、今誰かと話したい気分じゃないんだ。」
続けてはいけない、八つ当たりはいけないと思えば思うほど心はささくれ立って行く。
「一緒に頑張ろうよ。
私に出来ることなら何でもするから!」
俺は右手をベットに叩きつけた。
「もう良いからほっといてくれ! お前に何がわかるんだよ!
...今日は帰ってくれ。」
「わかった、でもまた来るから。
辛くて立てないなら私が引っ張りあげるから! またね。」
去り際の美由の表情は暗かったはずだ。
声も上ずっていたから泣いていかもしれない、俺は手の平で顔を覆った。
しばらくしてまた病室扉が開く。
「おいおい、今の彼女だろ? あんな態度ねぇだろうが。」
「逃げられちまうぞ、支えになってくれる人は大切にしねぇと。」
勇士さんと修さんが俺のことを案じて見舞いに来てくれた。
「勇士さん、修さん。すいません、見苦しい所をお見せして。」
「丈瑠、少し昔話してもいいか?」
「はい。」
そういって、修さんが語り始める。
「俺が新人の頃だ。
ヴィルモッツでキャリアをスタートさせたんだが、チームには伝説の選手がいたんだ。
既に30歳を超えていた。勇士もこの話は知ってるか?」
「ええ。ちらっとは。」
「彼は丈瑠、お前と同じ怪我をその歳で負ったんだ。
皆が引退を覚悟した。
だけど1日もリハビリ休まなかった、コートの外から俺達若手にアドバイスを、チームを鼓舞し続けたんだ。」
軽く聞いたことがある話だ、その選手の名前はまだ知らない。
「復帰できたんですか?」
「ああ、それも怪我する前よりもパワーアップして帰ってきた。
そして勇士が入団する歳までプレーし続けた。」
一呼吸置いて修さんが続ける。
「それが俺達のボス、佐武監督だ。」
「えっ?」
「まぁ、この話知らないあたりがジェネレーションギャップだな。」
「すいません。」
苦笑いを浮かべる俺と可笑しさのあまり思わず肩を震わす勇士さん。
「お前はまだ若い、怪我の治りも早い。
焦るな、この1年がお前を選手として、一人の男として育ててくれる。」
「待ってるぜ丈瑠。
来シーズンは1部だから見とけよ。」
手術を受ける前日、入院中の小学生くらいの少年と出会った。
「懸上選手ですか?」
「俺のこと知ってるのかい?」
「デビュー戦見ました、ファンです。
サインください!」
「おう、ありがとうな!」
「僕病気なんだけど、絶対治して、早く懸上選手の試合見に行きたいから、懸上選手も怪我治して頑張ってください!」
俺はプロである事を実感した。
こんな小さな少年が応援してくれる。
負けちゃいけない。
この日、俺は怪我を治しヴィルモッツで再び輝く事を誓った。