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世界大会編「新たな夢」

懐かし檜の香り。

自然に囲まれた俺の母校、山の麓高校。

澄んだ空気を吸い込んで吐き出す。

朝6時のグラウンドには誰もいないので、久しぶりに土の上でボールを扱う。

ボールを蹴る度に砂埃が舞う感覚を懐かしむ。

このピッチは俺の原点だ。


「懸上選手、今日はよろしくお願いします!」

かしこまった口調では一人の男が駆け寄ってきた。

俺は強めのボールを届けたが、男は現役ながらの胸トラップで綺麗に収めて見せた。

「こちらこそ、よろしくお願いします、棗先生。」

「辞めてくれよ、まだ実習生だから」

裕樹はジャージ姿に身を包んでいた。今年の6月から実習生として、山の麓高校に赴任している。

「丈留、久しぶりに、やってくか?」

「ああ、もちろん。」

思えばサッカーを始めた小学生からずっと裕樹とはコンビを組んでいた。プロに入って様々なプレイヤーとコンビを組んできたが、裕樹とのプレーは、山の麓高校での3年かは今も俺の礎になっている。


「悪ぃな。残りわずかなシーズンオフに。」

「いや、構わない。」

「美由とは、上手くいってんのか?」

「もうそりゃあ。完璧だよ。」

「こないだ脱いだ服洗濯カゴに入れねぇってボヤいてたけど。」

「げっ、知ってたのかよ。」

ついこの間まではずっと気を張っていたから、懐かしいやり取りに心は弛緩する。

いつかまた裕樹とサッカーをできる日が来たらいいのにと、心の中で何度も呟いた。


ナショナルチームのオフィシャルスーツに着替えた俺は体育館に移動し、山の麓高校の生徒、教師、保護者に盛大な拍手で迎え入れられた。

今日ここに来た目的は特別講演会だ。

三角座りをする生徒達の目は輝いていて、俺のことを知っている先生達は誇らしげな表情で俺を見ていた。

壇上で俺は深呼吸をして、インターナショナル杯の激闘を振り返った。


「僕は先日まで日本代表として、世界大会を戦いました。本当に楽しくて、充実した日々を送った一方でプレッシャーを感じ、苦しく思う事も耐えませんでした。僕は皆さんも知っての通り、ブラジル戦で退場しました。人生初の退場でした。初めてサッカーを辞めたいと思ったし、体の震えが止まりませんでした。」

真剣な眼差しで俺を見つめる皆、一人一人の心に訴えかけるように言葉を紡ぐ。

「けれど、僕は3位決定戦で戦う仲間の背中を見て、思い上がっていたんだと気付きました。僕はひとりじゃない。残りの仲間達がいる。一人で責任を抱え込もうとしていた自分を情けなく思いました。そして、仲間たちのために今度は力になりたいと思いました。今回のチームは解散しましたが、サッカー人生は続く、これから活躍する事で日本サッカーに再び貢献したいと強く感じました。」

目にハンカチを当てる顧問の先生を見て、俺も少し胸に込み上げるものがあったが、我慢して講演を続ける。

「みんなは仲間がいますか?僕のサッカー人生なんて、長い人生に比べたら、とても短い物です。みんなもそう。高校時代なんて3年間です。でも、だからこそ、その3年間を大事にしてください。僕はこの高校で、有明ヴィルモッツで、モナコSFC、そして日本代表で出会った仲間を宝物だと思っています。みんなも今いる仲間を大切にしてください。そして、この中にいるサッカー少年と、いつか一緒にプレーが出来ることを心待ちにしています!」


再び巻き起こった盛大な拍手を背に俺は山の麓高校を発ち、再び戦場に戻る。

しばらく振り返らない。インターナショナル杯も過去の事。

来る新シーズンに向けて既に俺の頭は切り替わっていた。

J2最終節、悲喜こもごも。

やはりサッカーは美しいですね。

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