クロコダイル事件
これは本当にあったくだらない実話である。
これまた小学校五年生の時の話だ。
クラスにお調子者のI田と言うのがいた。
コイツは兎に角口が上手い。
先生と言われる大人達にすぐ取り入り、気に入られるような奴だ。
そんなI田がある日、こう言ったのだ。
「クロコダイルを見た」と。
今ならクロコダイルと聞くと、
某人気少年漫画のキャラクターを思い浮かべる。
しかし当時の俺は、
「クロコダイル?何それ?食べ物?」みたいな感じだった。
まぁ簡単に言えば、クロコダイルが何なのか。
まったく分からなかったのだ。
だからあえて言おう。ワニであると。
と、まぁそんな感じで、I田は言い張る訳だ。
「クロコダイルを見た!本当なんだ!凄かった!」
I田は口が達者である。
クロコダイルを見たと言う噂は、あっという間に広まった。
皆がI田のところへと集まり、
昼休みはクロコダイルと繰り広げた死闘を面白おかしく語るのだ。
今思えば、俺以外にもクロコダイルが何なのか。
分かっていなかった奴も多かったはずである。
「クロコダイルが突然出てきて、傘でぶん殴ったんだよ!」
「マジかよ!お前よく生きてたな!I田やべぇ!マジやべぇ!」
こんな会話がひたすら続くのだ。
だが子供というのは、飽きが早い生き物である。
二、三日もするとI田のクロコダイル話には、
誰も興味を示さなくなった。たった一人を除いて。
そう、俺である。俺はクロコダイルがそもそも何なのか。
それが分からなかったら、俄然興味が湧いたのである。
「なぁI田。クロコダイルってなに?」
「は!?お前クロコダイルも知らねぇのかよ!」
「うん、知らねぇ。クロコダイルってなに?」
「お前バカじゃねぇの!クロコダイルはクロコダイルだよ!」
キレかけた。
クロコダイルをクロコダイルと説明するI田に、
殺意が湧いたのである。
「だからさ!そのクロコダイルって何なんだよ!」
「死ねよお前!クロコダイルはクロコダイルっていってんだろ!」
こんなやり取りが続く中で、俺はふと思った。
質問の仕方を変えてみよう。
「なぁI田。お前クロコダイルと戦ったんだろ?」
「ああ、そうだよ。」
「どこにクロコダイルがいたの?」
「ドブ川」
(ファッ!?ドブ川にそんな凶暴な生き物がいるのか! ザリガニしか見たことないのに!)
俺は正直度肝を抜かれた。
ドブ川は、よく近所の友達とザリガニ釣りする遊び場だったからだ。
きっと俺が今こうして生きていられるのは、奇跡なのだ。
たまたまクロコダイルに見つからずに、
生きてこれただけだったのだと。
「I田。お前すげーな。俺もクロコダイルみてみたい」
「バカだろ。お前なんかがクロコダイル見たら殺されっぞ」
「見てぇーんだよ。ドブ川のどの辺にいたんだよ」
「口じゃ説明でねきねぇーよ。」
「じゃあ学校終わったら、遊ぼうぜ。ドブ川いこうぜ」
「無理。今日は用事がある」
「じゃあ明日は?」
「明日も無理。用事がある。今週は無理忙しい。そう言うのは一週間前にいえ」
ふざけんなァァァァァァァ!
てめぇは大企業の社長か!?
何で遊ぶ約束ごときで、アポイントメント取らなきゃならねぇぇんだぁ!
落ち着け、俺。
未知の生物クロコダイルを見るためだ。
「わかった。じゃあ何時ならいい?」
「来週の水曜かな」
「わかった。じゃあ来週の水曜遊ぼうぜ」
「しょうがねえな。水曜な」
こうして俺は何とか、I田と遊ぶ約束を取り付けた。
しかし、二度ほど約束はすっぽかされ、
俺はI田を本当に殺してしまいたいと思った。
「I田!お前ふざけんじゃねぇよ!何回約束やぶるんだよ!」
「ごめんって言ってんじゃん。仕方ねぇだろ、お婆ちゃん死んだんだから」
「お前のお婆ちゃん何人いるんだよ!」
「ば、バカ!ちげーよ!その前に死んだのはお祖父ちゃんだよ!」
「死ねよ、お前が。いつクロコダイル見せてくれんだよ」
「わかったよ。じゃあ今日の学校終わったらいくか」
「マジか!絶対だぞ!約束やぶんなよ!」
「ああ」
こうして俺はついに、クロコダイルと対面出来る事になった。
その日1日はとてつもなく長かった。
クロコダイルと対面出来るという興奮が、
時間の感覚を遅らせたのだ。
そしてついに時はきた。
学校が終わり、ダッシュで家まで帰る。
ドブ川までチャリを飛ばし、I田を待つ。
「おまたせ」
「来たか、I田。また約束破られるかと思ったぜ」
「やぶんねーよ。ほらついてこいよ」
俺はI田についていくと、ドブ川のあるポイントで止まった。
別のドブ川に繋がる場所である。
「この前はここいいた」
そう言って、薄汚い水の中指差す。
「いねーじゃん」
「よく探せよ」
ひたすら二人で探し続けると、
やがて夕方チャイムが鳴り響いた。
「あ、やべぇ。俺もう帰んないと」
「はっ!?お前もしかして・・・クロコダイルを見たとか嘘ついた?」
その言葉を聞いた瞬間なのか、I田叫んだ。
「いたあああああ!クロコダイルだあああああああああ!」
「マジ!?どこどこどこど!?」
クロコダイルとはーーーーーーー
I田に見えて、俺には見えない生き物らしい。
「あぁっっ!マジでいたの!ドンマイ!じゃあな!」
「はっ!?お前ふざけんじゃっ!まてっ!」
I田は清々しい顔つきであった。
俺はただ唖然としていた。
家に帰ると、俺は父親と母親に聞いてみた。
クロコダイルとは、一体どんな生き物なのかと。
そこで言われた衝撃の一言。
「ワニだよ」
俺は全て悟った。騙されていたのだと。
ドブ川にワニ何かいるわけねぇだろボケ!死ね、I田!
こうして俺のクロコダイル事件は幕を閉じたのだった。
俺は馬鹿な子だった。それは認めます。