音楽室に、う○こがあった事件
これは本当にあった話である。
俺が小学校五年生の時の事だ。
二時間目の後の休み時間に、誰もいない音楽室へと入っていく人影を見た。
それは隣のクラスのT山君だった。
特に仲が良いわけでもなかったんだけど、
三クラスしかない学年だったのもあってか、
顔と名前が一致できるくらいには顔見知りだった。
三時間目が終わり、四時間目に入る。
俺のクラスは次の授業のために音楽室へと移動する。
音楽室は、普通の教室とは少し違う構造になっていた。
まず、広い。
そして段差があり、奥へ向かうにつれて高くなっているのだ。
入り口付近から続く室内の半分は、
クラス全員が前に並んで歌うだけの広さがあった。
そして室内の後ろもう半分は、
一段目、二段目、三段目に分かれていて、
格段には机として使えるピアノが設置されていた。
音楽室へと入ると、皆が自分の席へと移動する。
俺の席は三段目の後ろの隅っこだった。
隣は女子のS藤さん。
教科書を開いた俺は、何気なく壁際を見る。
すると床に、
黒々とした、異様な気を放つトグロを巻いた奴がいた。
(!?)
完全な、う○こである。
断じて言えるのはヘビではないと言うことだ。
一瞬、自分の目を疑った。
本来そこにあるはずのないものが、そこにあったからなのだ。
(ありえない。絶対にありえない。うそだ!うそだ!うそだ!)
必死に自分に言い聞かせる俺。
十秒ほどだっただろうか。
俺はソイツと目をじっと合わせるかのように、
ただ見ていた。
ものすごい覇気を放つ、う○こを――――――
「やばいよ!誰か!う○こがあるっ!」
俺は叫んだ。
皆の視線が一瞬だけ、俺に向く。
「はっ?お前なに言ってんだよっ。音楽室にう○こなんてあるわけねぇじゃんっ!」
「いや、本当だってっ!」
「はいはい。嘘こくな」
仲のいいk鹿が言った。
クラスの人気者だったk鹿の言葉に、
皆の視線はさっと俺から引いていった。
(まじなのに......)
普段からおちゃらけてて、いじられキャラだった俺の言葉は、
誰にも信用されなかったのだ。
これはこれである意味ショックを覚えたけど、
それよりも先に脳裏をよぎったのはもっと重要な事だった。
ここに、う○こがあると言うこと。
それは決して変わることのない事実!
だとすれば、これがクラスの奴の目に留まり、
発見されるのも時間の問題。
とすれば......
(まずいぞっ。すでに、う○こと言う言葉を口にしている俺は...コイツが発見された時に、う○この所有者にされる確立が高い!それすなわち、死、あるのみ!)
焦った。
う○こ。それは小学生にとって、何よりも強い武器となる言葉。
う○こ野郎。う○こマン。う○子。う○こちゃん。う○こ君――――――
俺につけられてしまうかも知れない、
ありとあらゆるあだ名が脳裏を駆け巡る。
(くそっ!どうすればいいんだよっ!まじでう○こがあるのにぃぃぃぃぃぃぃぃ!)
深呼吸して何とか自分を落ち着かせようとする。だけど、
(くっせぇぇっ!)
とてもじゃないけど、う○この隣で深呼吸なんて出来ない。
この、う○こ、よく見れば...
表面上がやや固まり、
う○こ特有の強烈な臭いをあまり発してはいないのだ。
それはおそらく、このう○こが所有者の元からはなれ、
以外に長い時間が経過しているということを表している。
(だとすれば!)
この音楽室の空気中にはう○この臭いが充満して混ざり合っている!
それはクラスの皆が気づかないほどに、
すでに違和感なく溶け込んでいると言うことなのだ。
だが確かに今言える事は、
このう○この存在がクラスに溶け込める事は無い!
そこで俺は考えた。
1、う○こを無視する → 無理
2、う○この存在を隠す → 無理
3、う○こを窓から捨てる → 無理
(くそっ!どうすればいいってんだよっ!)
選択肢が尽きた。
俺はこれから小学校卒業まで、
う○こと言う宿命を背負って生きていかねばならないのか...と。
(いやだ!絶対いやだ!)
俺は知っていた。
同じ学年の中で、
う○こやショ○ベンという、強力なあだ名を持つ男たちを――――――
事あるごとに周りからネタにされ、
その影はどこに行ってもついて来る!
(アイツらみたいに、なりたくはないっ!)
時は刻々と迫る。
授業開始まで後数分。
音楽室へと先生がやってくれば、手の打ちようが無くなり、
時間切れだ。
(どうしよう!どうしよう!どうしよう!どうしよう!)
パニックに陥る俺。
ふと周囲へと視線をやった時、
ある《場所》が目に入った。
それは、休みでいない奴の空いている席!
(あれだぁぁぁぁぁ!あれしかないぃぃぃぃっ!)
自分の教科書とノートを持って、
すぐさま席を移動する。
そんな俺を、隣の席のS藤さんは不思議そうに見ていた。
ごめんよ、S藤さん。
これは戦略的撤退なんだ。
このままう○この宿命を背負うくらいなら...
逃げたほうがマシ!
もしう○この存在が皆に知られて、
S藤さんがその所有者にされたとしても...
それは俺のせいじゃない......よね?
(ごめんっ!)
心の中であやまった。だからいいだろう。
そう自分に言い聞かせて、
二段目の真ん中の席へと移動する。
仲のいい友達の近くへといく素振りを見せながら、
う○こから距離をとったのである。
そして、音楽室へと先生がやってくると、
授業は始まった。
普段からおちゃらけてて、先生にも反抗的な態度をとっていた俺は、
自分のキャラに救われた。
何食わない顔で今日いない奴の席に居座り、
授業を受け始めたのだ。
(やった。これで俺はもう、う○こに悩まされることはないんだ)
ほっとした気持ち。
後は楽しく授業を受けるだけ。
周りの奴とくっちゃべって、
ただただ時間が過ぎていく。
そして、ついに奴の存在が皆に知られる時がきた。
二人一組となり、楽器の練習をせよ、との事。
俺は横目でS藤さんのほうをちらちらと見ていた。
するとS藤さんと仲のよいK内さんが、
彼女の隣へと移動する。
そしてK内さんが、悲鳴を上げる。
「きゃぁぁぁ!先生!先生!大変ですっ!きてくださいっ!」
ざわめく室内。
驚く先生。
「なに!?なにかあったの!?」
K内さんとS藤さんの顔色は青ざめていた。
それを見た音楽の先生は、
血相変えて飛んでいく。
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁあぁぁっ!なによこれええええっ!う○こじゃないっ!何でこんな所に、う○こがあるのよぉっ!」
先生の反応がはんぱなかったなぁ。
大人の悲鳴って始めて聞いたわ。
そりゃ室内に、とぐろ巻いたう○こがありゃあぁ、
誰でも驚くわ。
「えっ!?なになにっ?」
「まじでっ?」
「うそでしょ?」
「う○こ?」
「見せて見せてっ!」
次々と集まっていくクラスの奴ら。
俺はそれを横目で見ながら、
椅子にただ座っていた。
(だから言ったじゃねぇかっ!う○こがあるって!)
今さらなんだ。
俺はそんなのもの存在、
とうに知っている。
ふん......だ。
「おい、誰だよ!このう○こした奴!」
「お前か!?」
「いや、俺じゃねぇぇよ!」
「じゃあお前か!」
「ちげーよ!」
やはりう○この所有者探しが、
クラスの男達の間で始まったのだ。
危ない所だった。
あのままう○この横にいれば、
俺は確実にその所有者にされていただろう。
S藤さんに一時は疑惑がかかったが、
彼女の疑いはすぐに晴れた。
まぁまじめでおしとやかな子だから、
他の奴も罪をきせれなかったんだろう。
授業が終わり、自分のクラスへと向かっている時だった。
俺はふと、二時間目が終わったときの休み時間を思い出した。
隣のクラスのT山君。
君はなぜ、あの時、誰もいない音楽室へと入っていったんだい?
心の奥底に生まれた疑問。
しかし俺はそれを口にはしなかった。
う○この宿命を背負わせてしまうのは、あまりにも可哀想だったからだ。
こうして伝説となった音楽室のう○こ事件は幕を閉じた。
小学校五、六年のクラスは楽しかったなぁ。