腐女子勇者VS魔王 ~人類の明日はどっちだ~
怪しくそびえ立つ魔族の城の最上階、魔王の執務室にて。
本来立派な椅子に胸をはって腰掛けているべき魔王は暗い部屋の隅で頭を抱えていた。
元来彼は歴代の魔王の中でも特に強く、そして聡明で統率力のある優秀な王である。
その漆黒の髪と整った顔立ち、特にその鋭い眼光を放つ目は魔族の女でなくとも虜にしてしまうほどの魅力を持っている。
しかし今、彼の目の下にはくっきりとクマが浮かび目に宿る光も鈍い。
原因は近頃急激に力を増しつつあるひとりの勇者にあった。
強力な力を持つ勇者が出現することは今までにも幾度かあったが、今回の勇者は今までの勇者とは全く違うのだ。
まず今回の勇者は女である。
これは確かに珍しいことではあるが、前例がないわけではない。
ここからが他の勇者と決定的に違うことなのだが、その女勇者は魔物を殺さないのだ。彼女は洗脳の術を得意とし、魔物の戦意を削ぐことで戦いに勝利してきた。
これだけ聞けば殺生を好まぬ心優しき女性と見ることもできるが、実際はどうも違うようだ。
彼女にはある恐ろしい噂が付き纏っていた。
「魔王様!」
「なっ、なんだヤツが来たのかッ!?」
魔王は怯えを部下に悟られぬよう急いで立ち上がり剣を取った。しかし部下は慌てて首を振る。
「いえっ、敵襲ではありません。インキュバスです、インキュバスが帰ってきたのです!」
「なに!」
一月ほど前のこと。勇者に関する情報を集めるため、魔王はインキュバスに勇者の取り巻きたちを籠絡するよう命令をくだした。魔王の忠実なしもべであるインキュバスは命令に従い勇者の元へ向かったのだがいくら待っても帰ってこない。
勇者に勘付かれ始末されたかとみんな半ば諦めかけていたのだが、そんな彼がつい先刻魔王城の前の森で倒れているところを発見されたのだという。
魔王はすぐさまインキュバスの元に向かった。
ベッドに寝かされたインキュバスは肌艶が悪くどことなくやつれた様子であったが身体に大きな怪我は見られない。身体には、だが。
「大丈夫かインキュバス!」
「ま……魔王様……大変なのです。やつは悪魔、急いで対処しないと大変な事に」
「落ち着くんだ、なにがあったのか順を追って説明してくれ」
インキュバスはメイドに背中をさすられながら差し出された水を口に含み、大きく息をついて再び話し始めた。
「ヤ……ヤツは周囲にたくさんの男を侍らせていて、その数は今や100人を超えています。逆ハーレムなんて生易しいものではありません。勇者は洗脳の能力を使って毎夜毎夜……おっ、男たちに睦事を……あいつはそれをただ黙って見ているのです。舐めまわすように、それでいてまるでその場にいないかのように……ッ!!」
インキュバスは顔を真っ青にしながら声を震わせる。
「すまない、辛い事を思い出させてしまったね。それにしてもやはりあの噂は本当だったのか」
勇者に付き纏う噂。
それは「勇者は男を攫ってきては洗脳し、男同士で恋愛させて楽しんでいる」というものだ。にわかには信じがたい話だったが、これで魔王はこの噂を信じざるを得なくなった。
「そ、それより魔王様、大変です。勇者のヤツが恐ろしい計画を立てているのを聞いてしまったのです」
「計画?」
「人類魔族総ホモ化計画、とアイツは呼んでいました。詳しくは私も分かりませんがなにかよからぬことを企んでいるのは確かです」
「ッ……重要な情報をありがとう、君はゆっくり休むと良い。おい、誰か紙とペンを用意してくれ。手紙を書く」
魔王はできるだけ動揺を悟られないよう努めたが、部屋にいるだれもが不穏な空気を感じ取っていた。席を立ち部屋を後にする魔王の背中に向けて、インキュバスはポツリとつぶやく。
「魔王様、ご武運を」
*************
それから数日後。
魔王はある者との会談のため森の奥にある古びた館を訪れていた。それは魔族の支配する土地と人の支配する土地との間にそびえ立っており、なにか怪しげな雰囲気を醸し出している。
魔王は臆することなく地下へと続く階段を下り、曲がりくねった廊下を抜けた先の扉を開ける。魔王を出迎えたのは笑みを浮かべた金髪の青年であった。
「どうもこんにちは魔王様。まさか僕が魔族と座ったまま話をすることになるとは思わなかったよ」
「私もまさか君に手紙を書くことになろうとは思わなかったよ――国王陛下」
そう、この金髪の青年は人の国を総べる若き王である。
魔王と国王の会談は記録を見る限りでは数百年ぶりのことだ。
古来より人と魔族は互いに憎しみ合い互いに殺戮を重ねてきた。二つの種族はまさに水と油、決して混ざり合う事はない。その二つの種族のトップが話し合いをしなければならなくなるほど、今世界は重大な危険に瀕しているのだ。堂々とした振る舞いをしているものの、国王の顔には魔王と同じようにくっきりとクマが浮かんでいる。
魔王はゆっくりと席に着き、そしてさっそく口を開いた。
「手紙にも書いたと思うが――あの勇者のことについてだ」
「ああ、憎き魔族を華麗に退治してくれている優秀な勇者のことだね」
「……ヤツは魔族を殺してはいない」
魔王は国王をキッと睨みつける。
しかし国王は臆することなく飄々とした態度で応戦する。
「でもこれ以上魔族が増えないようにしてくれている。同性同士じゃいくら頑張っても子供は作れないからね。君たちはこれから緩やかに衰退していくだろう」
「ははは、ヒトは我々の寿命を甘く見ているんじゃないか。先に絶滅するのは君たちの方だぞ。そんな結果の分かりきったチキンレースを人の子の指導者は望むのかい?」
「……話を戻そう。今日の会談の目的はなんだ」
「勇者の抹殺。ヤツは魔族のみならず人類をも手中に収めるはずだ」
その言葉に国王は一瞬表情を固くさせたが、すぐにフッと息を吐いた。
「何を馬鹿な事を。勇者が人に危害を加えるなど」
「私が知っているくらいだ、お前だって耳にしているだろう。最近男性の行方不明者が増えているそうじゃないか。それも勇者たちが立ち寄った町で多発している。魔族より人の被害者の方が多いんじゃないか?」
「それこそが魔族の仕掛けた罠なのでは? わざと勇者に疑惑の目を向けさせて優秀な勇者を抹殺させようとしている――とか」
「良く考えろ。そんな回りくどいやり方をわざわざするものか。いいか、お前の総べる土地の民が被害にあっているのだぞ」
「だとしても――これは魔族を滅ぼすチャンスだ。なぁに、お前を含む全ての魔族に術をかける頃にはきっと勇者もくだらないお遊びには飽きているさ」
魔王は背もたれに体を預け、呆れたように首を振る。
「お前はまるで理解していない。あいつの欲には際限というものがまるでないんだ。普通欲というのは限界があるもの。永遠に食べ続けることはできないし、永遠に眠り続けることもできない。しかしあいつの欲は違うぞ。生きている限りヤツは貪るように欲を満たし続ける。人も魔族も関係なしに」
「ご忠告どうも。しかし魔族の言葉を信用することはできないし、手を取り合ってともに進むなんてもってのほかだ。もう良いかな? 私も忙しい」
国王はため息と共に立ち上がる。
魔王もやれやれとばかりに天を仰いだ。
「……本当はヤツがどれだけ危険か分かっているんだろう。でなきゃこんなところにまで来ないはずだ」
「……だったとしても、魔族と協力して勇者を殺すなんてできない。それこそ国民に示しがつかん」
そして国王は魔王に背を向け扉に手を伸ばした――その時だった。
国王の指先が扉に触れるその前に、扉が開いたのだ。
「ッ!?」
魔王は椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり、腰に下げた剣を抜く。国王も扉からゆっくりと遠ざかった。
ゆったりとした足取りで部屋に入ってきたのは例の女勇者である。
「謀ったな人の王。この場所は話し合いの場であり、戦場ではないと取り決めたはず」
「いや……違う、僕が呼んだのではない」
国王の額に汗が流れているのに魔王は気が付いた。驚いているのは魔王だけではないようだ。
勇者は恭しくお辞儀をし、張り付いたような笑みを浮かべながら口を開いた。
「初めまして魔王様、お久しぶりです国王陛下」
「なにをしているのだ勇者よ。勇者とはいえこの場に入ることは許可していない」
「ふふ、お話は聞かせていただきました。国王陛下は優秀なお方ではあるが――やはりまだ若い」
「……どういう意味だ」
「魔王様の言葉が正しいという意味ですよ。私は魔物も人間も関係なくホモにします。雑食なので」
国王は勇者の言葉に唇を噛み、そして階段の上にいるであろう兵士に向けて声を上げた。
「おい! 誰かコイツを拘束しろ!」
しかし兵士からの返事はない。
魔王はゆっくりと首を振った。
「……ダメだ。人には聞こえないだろうが、私の耳には微かに届いているよ。魔族は人より鋭い聴覚を持っているからね」
「さすが魔王様。そう、この館はすでに秘密の薔薇園と化しています。二人とも良い兵をお持ちで」
「グッ……貴様、人類に反旗を翻す気か」
「まぁ、話を聞いてくださいな」
勇者は二人に座るよう促し、そして自らも席に着いた。
「さて、お二方はホモを美しいとは思いませんか?」
「……なに言ってるんだ」
「みんな男女の恋愛を美化しがちですが、恋愛なんてものは子孫を残すための一時の気の迷いでしかないのです。つまりは脳の奴隷になっているに過ぎない。ですがホモはどうです? 子孫を残すというとこから解放された恋愛。美しいとは思いませんか」
「言いたいことが見えないんだが」
国王の言葉を無視し、勇者は続ける。
「ホモとは言わば磁石のN極とN極。本来弾き合うはずのそれが自然の摂理を超えて交じり合う。まさに人が神の支配から解き放たれた瞬間ではありませんか。私はそこに美を感じるのです。ところで、人類と魔族は生まれてから数千年、数万年も互いに憎しみ合っているそうですね」
「!」
魔王と国王はハッとした顔を浮かべる。それを見て勇者はニッと笑った。
「本来交じり合う事のない二つの種族。それが交じり合ったらどんなに美しいでしょう。全人類がホモ化するより美しい光景がそこにはある、私はそう考えたのです」
「ホモ化をやめてほしければ魔族と和解しろ……と?」
「はい」
「……それは無理だ」
国王は頭を抱えながらため息を吐く。
「人類と魔族はまさに水と油、磁石のN極とN極。決して交じり合う事はないんだ」
「だからそれをどうにかしろって言ってるんです。あなた達は優秀な指導者ですからきっと大丈夫。ダメというなら私は人類にも魔族にも見切りをつけます。この世をホモの楽園とし、緩やかな衰退の道をたどると良い」
「選択の余地はない、と」
天井を仰ぎ、国王は深いため息を吐く。
しかし魔王の方はそれほど悲観的ではなかった。
「……それも良いのかもしれないな」
「どういうことだ?」
「昔からの名残で互いを憎しみ続けていたが、そろそろ止めにしよう。我々の民が余計な血を流す必要はないと思わないか。まぁ今まで戦争状態だったのだからいろいろと困難はあるだろうがね」
その言葉を聞き、勇者は嬉しそうに手を叩く。
「さすがは名君。素晴らしいです、人間側もやってくれますよね?」
見つめられ、国王は渋々と言った風に頷く。
勇者は顔を輝かせながら立ち上がった。
「素晴らしい! まさに人類と魔族の夜明け。この場に立ち会えたことを誇りに思います。ではお二方、和睦の印に抱き合ってください」
「え?」
「え?」
「い、いやアレだよね。抱擁ってことだよね」
「いえ、ホモって意味です。最初は魔王受け、終わったら交代してください」
こうして二人の尊い犠牲のおかげで平和な世界が出来上がったのだった。
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