第三章 永久(とわ)に咲く華2
「うわ~全然変わってないー」
一度でも来た事がないと見知らぬ雑貨屋に歓喜する永華がそのまま懐かしそうに来店する。陽介も何時までもウジウジもしてられないので一応はその後ろに付いては行く。
――今は二人の時間だ。負けない。負けたくない。
それは誰への言葉か分からない。だが、これは確実に嫉妬心からの意地である。見えない対戦相手にジェラシーを燃やす陽介は日用品を見る永華に急接近して無理矢理同じ空気を吸おうと試みる。
「……、こ、これどうかな?」
「え、良いと思うよ? 可愛いじゃん」
自分で顔を近付けておきながらも永華と目が合うと心拍数を上げる。新婚夫婦でもあるまいし、そこまで近寄らなくても良いと思うが、恋する男は負けず嫌いなので果敢にもそれを続ける。相手の事を時として考えられないのが若い証拠だった。
陽介が勝手に落ち込んで勝手にジェラシーを感じてると皆目見当も付かない永華は、思い出の面影を探しそれを見つけると子供の様にはしゃいでいた。大好きなパパと大好きなママと三人で買い物した最後の場所で、十五年振りに買い物をするのだ。
「ようちゃんは早く! 次はこっちだよ――」
体が弱く薬を服用しているとは到底思えない無邪気な笑みが若者で溢れる通路に咲く。春子から渡された謎の錠剤が気になる陽介だが、当事者が自分よりも俄然元気なので、すっかりいつもの給仕役に戻り彼女が買いあさった何店舗の商品が入る袋を自分の分と分けて持ち後を追い続ける。
「これどうかな?」
「永華になら似合うよ!」
仕事時には見せない表情をする永華の購買意欲は止まる事を知らない。雑貨、家具、靴、帽子、と巡り次に訪れた小物ショップで花柄の写真立てを二人が仲良く肩を揃え見入る。
「私の部屋見た事ないのに?」
「永華の写真を飾るならこれがお似合いだよ」
「ブッブー! 残念それは違いまーす」
季節感漂う向日葵柄の写真立てを持った持った永華が口を尖らせる。
「ようちゃんの写真を入れるんです」
「え?」
「ほら、善は急げだよ」
何を急ぐのか分からない陽介の腕を引っ張り永華は小柄な女性店員が立っているレジに向かい会計を済ませた。
「なんで俺なの?」
「だってようちゃんだもん。変かな?」
「え? いや……意味が良く分らないかな?」
「パパにソックリだからね」
――まただ。またそれか。
初めて見る笑みの裏側に潜む目に見えない魔物の正体が、着実に陽介と永華の間に侵入してきている。それを感じた陽介は戸惑い自分に向いている笑みにどう答えて良いか分からずただ俯いた。
そんな事がそれ以降も数回あった。亡き父、総一郎の面影を全くの別人である陽介に重ねて涙ぐむ事さえあった。
そして陽介を一番震撼させた出来事が起きたのは、正午を少し過ぎた時間に昼食前の最後として訪れたレディースファッション店での事だった。
何店舗の店をハシゴする永華だったが一向に洋服店に入ろうとしない事に陽介は気が付いたのだ。ここは大型複合施設でありファションセンスに磨きを掛ける若者が無無限に押し寄せる言わばファションの最先端を行く場所である。服屋の一つや二つあって当然でありもう数え切れない程その前を素通りした。
それにも関わらず現代っ子の永華はそれに全く目もくれず、それどころか店員に声を掛けられても無愛想であった。
結果どこでも買える商品を購入してご満悦なのだ。流石にファションの街――原宿に足を運び自分だけ流行に乗るのも嫌だった陽介は、ワザとギャルメイクの怖い店員が目立つ女性物の洋服店の前で自分の荷物を豪快にぶちまけて永華の歩調を強制的に止めた。
「大丈夫ですか? 手伝います」
「あ、すみません」
濃いメイクとは裏腹に女子っぽい声を出す例のレディース店の店員が小走りで駆け寄ってくると床の新品の衣服を持ち主と一緒に拾う。
「もう、ようちゃんはドジっ子なんだから」
獲物が罠に掛かった。店員のナイスフォローで永華が屈む前に荷物を纏めた陽介が伸ばされた腕を掴み狩りに手伝ってくれた実は良い人である店員に頭を下げ
「ありがとうございます。この子に似合う服を探してるんすけど、ありますか?」
「ちょっとようちゃん」
「ばっちりです! この夏はワンピがおススメなんです」
陽介のその言葉を聞いた店員がその隣でソワソワと落ち着かない純白のワンピがすこぶる似合う永華をマジマジと真剣に見入ると営業スマイル抜きの純粋な笑みで店内を指差した。
その方向に目をやると確かにこの夏流行りのワンピース大量入荷と書かれたポップが天上から吊るされたり壁に固定されているのが見える。
いかにも今風のデザインが施された店内と採光の明暗がハッキリ分れた落ち着きのある雰囲気が、ここなら永華に似合う洋服がある。と陽介に思わせた。自身はこんなにもお洒落で美人が働く空間に足を踏み入れた試しがないのに、永華の普段とは違う服を着た可愛い姿を見たいので勇気を出して明らかに嫌がる永華を連れ来店した。
「そんな顔しないで好きなワンピース試着しなよ?」
「むー無理矢理連れ込んだくせに……」
店員に誘われ店内の特設コーナーに進む満足そうな陽介に対し永華はご機嫌斜めで膨れ面をする。
「そんな言い方しないでよー俺は永華にもっと可愛くなってもらいたいんだよ」
「む、……分ったよまったく強引なんだから」
あの日陰者の陽介が太陽の様なサンサンと輝く笑顔で多彩のワンピースを背に腕を広げそんな事を言うので永華も少しは機嫌を直し好みのワンピースを探し始めた。
「わーこれ可愛い」
「そうだね永華っぽい」
やはり永華は白が好きな様で全体的にレースがあしらわれたワンピースを手に取り黄色い声を上げる。他にも鮮やかな黄色やピンクもあるのに、真っ先に白を選んだのだ。
――それなりの思い入れがあるのかも知れない。
そう思った陽介は永華同様に白を基調としたワンピースを選んでは、あれこれと迷う永華に渡した。隣のパステルカラーの春子が好きそうな視覚に悪影響を及ぼすワンピースを避けた事は言うまでもない。
そろそろ小腹が空く時間に二人は今日一番の盛り上がりを見せていた。
「これも良いな~」
「こっちもお嬢様みたいで良いんじゃない?」
「私はお嬢様じゃないから無理だよ」
「そんな事ない! 俺は良いと思うよ」
第一回春風永華に似合う純白のワンピースを探し出せ――、デザインが派手なドレス仕様のワンピースを持った陽介が、一方デザインをコンパクトに纏め清楚感を溢れ出す純白のワンピースを輝く瞳で食い入る様に見入る永華にどこかイヤらしい視線を向ける。どうやら永華の影響でワンピースの魅力にとり付かれてしまった様だ。
「そうかな? なら、着てみる」
「あ、うん」
そんなワンピの天使に魅入られた陽介の期待に応える為の永華がフィッティングルームに向かう。今まであんなにも頑なに来店事態を拒んでいたにも関わらずどんな心境の変化であろうか。一番薄暗い箱の中に向日葵が素直に入って行く。
「――あ、これ」
それが不思議で目尻をかいていた陽介だが、歩行者が行き交う店先に立っているマネキンもワンピースを着ているのに気が付きそれに近寄った。そしてそのショーウィンドウの中でポーズを決めるマネキンが着る生地は向日葵色でその胸元と裾部分をシルクのレースで飾るワンピースに見惚れた。
「ようちゃん? あー置いてかないでよ」
「ごめんごめん」
「何に見てなの?」
「んー永華に絶対似合うの見てた」
「そっか、これどうかな?」
生まれて初めて流れ星を見つけた様な視線で向日葵を連想させるワンピースを見ていた陽介だったが、仕切りから顔を出し自分を探す声を聞き急いで戻った。
「……、すげー似合う」
そして今度は本物の向日葵が真っ白な天使となり狭い世界から舞い降りた。息をする事も忘れやっと紡いだ言葉がこれだ。
「ホント―? さっきも言ってたよね? もしかして飽きちゃった?」
「え、そんな事ないよ」
そんな陳腐な言葉で喜ぶ程永華は子供ではない。リップで艶めく唇を尖らせ、ただ単に語彙力がないだけの弁解を聞かずまた箱に戻ってしまった。
「どうせ買わないからいいよ」
そしてそんな事を仕切りの向こうから消えそうな声量で言ったのだった。
「ごめんホントごめん、本当に似合ってて見惚れててろくな感想言えなかっただけなんだよ」
「……分ったよ」
試着を済ませ本当に何も買わず店から出ようとする永華を陽介が止める。
「本当に買うつもりないんだよ」
それでも永華はいつもの笑みでそれを拒否して歩き出してしまう。
「あの古いデザインのワンピースが本当に気に入ってるみたいですね。残念です、あんなに可愛いのに」
「気にいってるだけ……、そうなんですかね」
それを追い店の外に出たが、フィッティングルームから出た途端によそよそしくなった永華がそのまま近くのトイレ入っていたのを見送った陽介に、外見とのギャップが激しい店員がそう言い近寄って来た。
服の流行りなど分らない陽介には、永華がこの日の為にタンスから長い間出番を待っていたワンピースの服としての価値も永華にとってのそれへの価値も分らず頭をかいた。
「あのこれ、俺が買います」
「そうですか? 白じゃなくて良いの?」
「俺はこれが一番永華に似合うと思います。あの白はきっと俺には敵わない相手が永華に与えたのかも知れない」
陽介は考えていた。彼女がここまで白にこだわる理由を。
多分、確信はないけど、永華は幼い頃からずっと白いワンピースを着て来たんだと思う。誰からの影響かと考えたら、あの優しい笑みを浮かべる総一郎の写真が浮かんだ。
「でも、俺も永華の事好きだから……負けたくないんです」
だから陽介は人生で初めてこれだけは彼女に着てもらいたいと思えた向日葵の印象が強い洋服を永華に黙って購入する事にした。
絶対に負けられない想いが陽介にもあるのだ。




