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放課後、僕たちは部室――すなわち、取り壊しの対象となっている旧体育倉庫で会議を開いていた。
幽霊部の会議だから、幽霊会議とでも呼んでおくとしようか。
議題は、旧体育倉庫の取り壊しについての報告と、今後の対応についてだ。
アンナ先生には部室を変更するように言われたけど、当然ながら幽霊ズは猛反対。
「取り壊しになるだなんて……うらめしい……」
「るなは、ここが好きなのだ!」
「だいたい私たちは、この部室から出たらまともに動くことすらできないんですから、部室の変更なんて案は却下に決まってますわ!」
「わたくしも、もちろん反対ですの。学園内で一番古い建物ですので、今では学園中の霊気が強く集まってくる場所になっています。ですから、取り壊しなんかしたら霊気の受け皿がなくなって、大変なことになってしまうかもしれませんの」
もっとも、桜さんの語った可能性に関しては、根拠があるわけではないらしいけど。
どちらにしても、せっかく活動できるようになった幽霊部が崩壊するようなことは、僕たちにとっても望むところではない。
「それじゃあ、あの人に手を貸してもらうとするか」
不意に、友雪が自信満々に言う。
「え? 誰に?」
「そりゃ、生徒会長である雫香様に決まってるだろ」
……きっと本人は、もう関わり合いになりたくないと考えてるだろうな~、と思いながらも、僕たちは結局、それしかないか、という結論に達したのだった。
☆☆☆☆☆
「ふむ、なるほど。話は概ねわかった」
若干こめかみをピクピク震わせた会長さんが、諦めを含んだ納得の声を漏らす。
場所は生徒会室。
ただし、生徒会のメンバーは、会長さん以外、部屋から出てもらっている。会長さんとしては、僕たちが来てしまったことで以前のあのことをバラされてはたまらないと考え、人払いをしたのだろう。
会長さんの前には、僕と友雪、響姫が並び、部長である桜さんも僕のそばに寄り添っている状態だ。
「それならば、全校生徒に訴えかけて嘆願すれば、どうにかなるかもしれないな」
「嘆願?」
「ああ。旧体育倉庫の取り壊し中止の嘆願書に、生徒たちからの署名があれば、学校側は無視できないだろう。署名の数にもよるだろうが……。この規模の決定だと、最低限全校生徒の半数以上の署名が必要になるかもしれないな」
さすが生徒会長。一瞬にして状況を理解し、解決するための手段を提示してくれた。
「取り壊しの予定日が発表されていないから、すぐに実行されるわけではないだろうが、すでに予算は準備しているはずだし、取り壊しをする業者に伝達済みで日取りの調整をしている段階という可能性もある。なるべく迅速に行動すべきだ」
「でも、僕たちが嘆願しても、誰も賛同してくれなさそうな……」
自分で言っていて情けないけど、僕も、友雪や響姫も、あまり人を惹きつけたり引っ張ったりできるような人間ではない。
桜さんに至っては幽霊だし……。
僕たちが沈んだ顔を見せると、会長さんは、ふぅ、とため息ひとつ。
「私も協力する。それでいいか?」
かけられた希望の光とも言うべき声に、僕たちは瞬時に明るい表情へと変えて会長さんを見つめる。
「だから、その……このあいだのあのことは絶対に誰にも言わないと、改めて誓ってくれ……」
真っ赤になって視線を逸らし、会長さんはそうお願いしてきた。
こうして友雪の作戦どおり、僕たちは無事、生徒会長の協力を得ることに成功した。
☆☆☆☆☆
「署名を集めるって、具体的にはどうすればいいんですか?」
「そうだな、正門辺りで生徒にお願いするとか、そんな感じでいいんじゃないか?」
「力技ですね。なんか、スマートじゃないわ……。数を集めるのは大変そう……」
「確かにな……。たとえ響姫が脅して数を増やしたとしても、全校生徒の半数以上なんて……ぐふっ!?」
「あたしはそんなひどい女じゃないわ!」
「お……俺のみぞおちを殴るのは、ひどくないってのか……?」
「相変わらずのようだな、キミたちは」
「あははは、そうですね。あっ、そうだ。全部のクラスにプリントを配布して、クラスごとに全員まとめて署名してもらうってのは、どうですか?」
「いや、クラスを通して配布するプリントは、先生方にもチェックしてもらう必要があるから無理だな」
「それなら、見せないで勝手に配ってしまえばいいんじゃないですか? 雫香様」
「だが、あとになって問題になるだろう。先生方に納得してもらうための嘆願書でもあるわけだから、正規の手続きで署名を得る必要がある」
「なるほど、そうですね」
「だが、プリントを配布するというのは使えそうだな。正門前で手渡すといった形でなら、クラス配布物ではないから、チェックの必要もない。ただし、登下校の邪魔はなるべくしないように注意する必要があるだろうな」
こうして僕たちの署名活動がスタートした。
「みなさん、とても頼もしいです。ありがとうですの!」
桜さんは議論を繰り広げる僕たちの様子を見て、感嘆の声を上げながら、僕にぎゅうっと抱きついてくる。
幽霊だけど、僕には触れることのできる桜さん。
抱きつかれて、ほのかな温もりと微かに甘い爽やかな香りまでも感じ、僕は思わず頬を緩ませる。
頬が緩んだのは、これで署名集めを開始できるという、今後の期待を込めた思いもあったからなのだけど。
「……玲、あとでおしおき」
「な……なんで!?」
どういうわけか、響姫だけはちょっと不機嫌そうだった。
☆☆☆☆☆
それから、僕たちはまず、配布するプリントを作成した。
『学園創立当時から残っている唯一の建物で、古き良き時代の素晴らしい情緒がいっぱい詰まっています。
だから、この学園の未来のためにも、末永く残しておくべきです』
そんな言葉をもっともらしく並べ立て、生徒会長である湯浴雫香さんも賛同しています、とまで記載させてもらった。
会長さんの名前まで使わせてもらうのは心苦しかったけど、本人が構わないと言ってくれたので、お言葉に甘えさせてもらうことにした。
実際には、友雪が小声で、「雫香様、記載させてもらえなかったら、ついついどこかで、あの話を漏らしてしまったりするかもしれませんよ?」なんて脅迫めいた、というか脅迫そのものの言葉をつぶやいていたわけだけど……。
しかも、意味違いとはいえ、わざわざ「漏らす」なんて表現を使ったりして……。
……会長さん、僕たちなんかに関わってしまったばっかりに、すごくかわいそうなことになっている気がする。
今回の件が終わったら、改めて謝ろう。そう心に誓う僕だった。
もちろん、しばらくは存分に利用させてもらうつもりだけど。




