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幽霊部が発足し、部としての活動をするようになってからも、僕たちはそれまでと同様、放課後だけでなく昼休みにもこの旧体育倉庫に集まっていた。
それは桜さんのお願いだったからだけど、考えてみると僕たちが来ていない時間は、幽霊ズはいったいなにをして過ごしているのだろう?
幽霊だけの内緒話……。なんて考えると、ちょっと怖いかもしれない。
それはともかく、今日はまだ響姫の姿が見えない。いつもなら昼休みになったら真っ先にここへ来ていたのに。
「ま、そりゃあ遅れることもあるだろ。腹が痛くなってトイレに駆け込んだのかもしれないし」
「あー、響姫だとニオイとかも気になりそうだね」
「そうだな。すぐには来れないだろうから、しっかりニオイが消えるまで待ってから来るつもりなんだろう」
「あんたたち、なに失礼なこと言ってんのよ!」
ドアを開けて飛びこんできた響姫が、叫び声を上げながら友雪の後頭部をぶっ叩く。
「うぐおっ!?」
「あっ、響姫、トイレお疲れ様。ニオイは取れた?」
「違うっての! いっぺん死ね! だいたいこんなお昼どきに、なに汚い話してんのよ、まったく……」
会議テーブルに顔面をめり込ませている友雪は無視して僕がかけた声に、響姫は否定の言葉を返す。
でもまぁ、仮にも女の子だから、トイレのあとだったとしても正直には言わないか。
「って、そんなことはどうでもいいの! ちょっと聞いて! 大変なのよ!」
と、ここでようやく部室に飛び込んできた理由を思い出したらしく、響姫は声を荒げながら、こう叫んだ。
「この旧体育倉庫、取り壊されるんだって!」
☆☆☆☆☆
「どういうことですか!?」
僕たちはすぐさま職員室に駆け込み、アンナ先生に詰め寄った。
いきなり叫び声をぶつけたのは響姫。
別クラスの担任に対しても躊躇なく怒鳴りつけられるその度胸はすごいとは思うけど。説明なしに怒鳴りつけられた先生は、なにがなにやらといった表情で僕に視線を向けてくる。
僕に寄り添う桜さんと友雪も一緒に並んでいたけど、桜さんは自分のクラスの生徒ではないし、友雪はあてにならないと判断して、僕を頼りにしてくれたのだろう。
……べつに信用されているというわけではなく、この中では一番マシと考えた末の苦渋の選択だったと思うけど。
「旧体育倉庫が取り壊されるというのは本当なんですか?」
響姫に代わって補足を追加した質問をぶつけると、アンナ先生は淡々と答えを返した。
「そのことね。ええ、本当よ」
先生も聞き及んではいたらしく、頭に血が上った響姫とは対照的に冷静な声で――ちょっと冷たすぎるくらいの声で、僕たちに詳細を教えてくれた。
旧体育倉庫は、十数年前に学園全体が大改修された際、唯一取り残された古い建物だ。
校庭の端っこにあるから忘れられていたのか、防風林と併設されているから手をつけられなかったのか。理由はわからないけど、学園の創立当初からあったと思われるこの建物は、そのまま存続することになった。
新しい体育倉庫が建設され、使われなくなっていることは知られていただろう。
とはいえ、取り壊すにしてもお金がかかる。だから、あえて放置されていたのかもしれない。
でも、さすがに問題視され始める。
すぐに崩れることはないだろうけど、老朽化が激しいのは一目瞭然だったし、入り口のドアのカギも壊れてしまっていたからだ。
使われていないのに電気が通っているのも問題だった。
そのうち倉庫内の整理をする可能性もあるという理由で、明かりを点けられるように電気を通したままだったらしいのだけど。
倉庫内にはコンセントもあった。それを利用して、一部の生徒が侵入し隠れてゲームをしている、といった話もあり、取り壊し案の浮上を誘発する要因となったようだ。
この話は去年のうちに議論され、すでに決定していた。
取り壊しに関する調査なども必要だったりして、タイミング的に随分とずれ込んでしまったけど、ようやく準備が整い、実行されることになったのだという。
「取り壊し自体は決定していることだったから、ここ最近の職員会議でもまったく話題になっていなかったのよ。だから私もすっかり忘れてしまっていて。あなたたちの部室として申請するときに思い出していればよかったんだけど……」
ごめんなさいねと、謝罪の言葉を送ってくれる先生。だけど、謝られたところで状況が変わるわけじゃない。
「どうにか、取り壊しを中止することはできませんか?」
部室という問題だけだったら、空き教室はたくさんあるし移動すれば解決できる。
だけど、桜さんを含めた幽霊のみんなは、旧体育倉庫から出ると動けなくなってしまう身なのだ。あの場所が取り壊されたら大変なことになってしまう。
0コンで操作できるとはいえ、全員同時に操るなんて芸当はできないし、かといって他のコントローラーを準備しても、それで操作できるようになるわけではないだろう。
時間をかけて霊力を注入していけば、もしかしたら可能になるのかもしれないけど、そんなことを試している時間なんてない。
一番望むべき解決法は、今までどおり旧体育倉庫を部室として使えることだ。
だから僕は、ダメもとで取り壊しの中止を訴えてみたのだけど。
「……私に言われてもね……」
アンナ先生は苦笑をこぼす。
「あっ、それなら、前みたいに学園長に話してみるっていうのはどうでしょう?」
「ちょろいとか言ってたしな」
僕の意見に、友雪も調子に乗って言葉を重ねる。それでもアンナ先生の苦笑は崩れない。
「おそらく無理だと思うわ。今回の件は、去年の職員会議で決まっていたことだから。いくら学園長といっても、相当な理由がなければ覆すことはできないでしょうね」
ちょろいという発言にはあえて言及せず、冷静に現状を分析した結果だけを口にするアンナ先生。
八方塞がり。僕たちにはもう、成すすべはないのだろうか……。
「そういうわけだから、新しい部室の申請って方向で、考えてみてくれるかな? 手間をかけさせて、ごめんなさいね。部室変更の申請用紙、用意しておくから、あとで渡すわね」
「……はい」
納得したわけではないけど、僕たちは仕方なく頷き、職員室をあとにした。




