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それからも僕たちは、綺麗になった旧体育倉庫に毎日通い、桜さんたちと一緒に楽しい時間を過ごした。
部室の中で会話を弾ませるだけでなく、0コンを使って幽霊たちを散歩させてあげたりもした。
桜さんは僕に触れていれば外に出られるけど、普通の幽霊である三人は、僕に触れることすらできない。だから、外に出るとしたら、それぞれのいた場所から旧体育倉庫まで連れてきたときのように、0コンで操作する必要がある。
女子トイレでの一件のときは、響姫でも0コンを使った操作ができていたけど、どうやらそうやって響姫が操れるのは桜さんだけのようだ。
そんなわけで、僕が三人の幽霊のうちの誰かひとりを0コンで操作し、桜さんが僕の体に触れた状態で散歩に出るのが常となっていた。
このとき、響姫と友雪も僕たちについてくる。
残った幽霊ふたりはお留守番になってしまうけど、それは仕方ないと諦めてもらうしかなかった。
狭い旧体育倉庫から広い外の世界に出られるということで、散歩は幽霊三人にとって一番楽しい活動となっているようだった。
交代で連れていってあげると言っていても、我先にと散歩をせがんでくる。
それは、お子様風味でワガママなるなちゃんだけでなく、おとなしい華子さんや、完璧主義は諦めたものの、それでもプライドの高い雰囲気を持つ優美さんですらも同じだった。
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「今日はるなが散歩だな!」
わーいわーいと喜びの声を響かせながら、るなちゃんが部室から飛び出す。
僕は0コンを握りしめ、「それじゃ、行こうか」とみんなを促す。
「行ってらっしゃい……」
「ふん。勝手に行ってくればいいですわ」
居残りの華子さんと優美さんは、それぞれ寂しそうな言葉と強がりの言葉を投げかけながら見送ってくれた。
「もっと速く動かせー! わーい、ダッシュだダッシュ! きゃはははは! こんな明るい太陽の下で走るなんて、どれくらいぶりだろー!」
とても嬉しそうなるなちゃん。
養護教諭の幽霊なのだから、年齢的には完全に大人のはずなのに、どう考えても小学生くらいとしか思えないほどのはしゃぎっぷり。
背が低くてちんまい印象だから、すごく似合っているのだけど。
「もっと激しくしていいぞー! ダンスとかもしたいな! 逆立ちとかでもいいぞー!」
るなちゃんは騒がしく喋りまくりながら、散歩を心から楽しんでいる。
踊ったりするのは、散歩とは言わないような気がするけど、それはそれでいいかもしれない。
とはいえ、るなちゃんの服装は、白衣の下に薄いグレーのブラウスとタイトなミニスカートというもの。
普通に歩いているだけでも見えそうなくらいなのに、あまり激しく動いたり、ましてや踊ったりしたら完璧にアウトだと思う。
もちろん、逆立ちなんてもってのほかだ。
どう見ても小さな子供にしか見えないるなちゃんだから、べつに変な気持ちになったりはしないだろうけど、さすがに仮にも女性としての配慮が足りなさすぎな気がする。
そう指摘すると、
「るなは全然気にしないけどなー。でも、はしたないと言うなら、やめておくかー」
しぶしぶながら、るなちゃんは納得してくれた。
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別の日、今度は華子さんを散歩に連れ出していた。
天気は雨。
梅雨時期だから、これが普通と言えるのかもしれないけど、今年はなんだか雨の日が少ない気もする。
さすがに雨だし散歩は中止かと思いきや、華子さんは是非にと僕たちにお願いしてきた。
「雨……いいわよね……。とくにこの梅雨時期独特のじめじめした感じ……。はぅ、最高……」
なんだかうっとりしながら、華子さんは雨の中の散歩を楽しんでくれているようだ。
同行する僕たちは傘を差しているけど、華子さんには必要ない。幽霊だと、雨にも濡れないようだ。
「できれば雨の冷たさを、この肌に感じたかった……。うらめしい……」
誰に対して、うらめしく思っているのやら。
「いいじゃない。雨の中で傘も差さずに歩くなんて、普通だったら女子にはできないわよ? 雨で下着が透けちゃうもん。少なくとも、あたしには無理だわ」
なんて言っている響姫。
傘を差しているにもかかわらず、持ち方が下手なようで、かなりの雨粒が響姫の制服のブラウスを濡らしていた。
だから、薄っすらと下着が透けていたりするのだけど……。これは、指摘したほうがいいのかな……?
と、友雪が僕の腕をそっとつかんできた。視線を向けると、黙って首を横に振る。
なるほど、言うなってことか。
友雪は響姫の今の様子を、じっくりと眺めて楽しむつもりなのだろう。
さすが友雪だ、とは思うけど。
そんなに近づいて息まで荒くして凝視していたら、どう考えても気づかれ……あ、殴られた。蹴られた。どつき倒された。
雨で濡れた地面に倒れ込んだ友雪を、さらに上から何度も何度も踏み潰す響姫。
こうなることがわかっているのに、友雪のやつ、どうしてあんなことをするのやら。合掌。
「……雨に濡れることができたら、ボクだって下着を透けさせて、友雪くんを誘惑することができるのに……。うらめしい……」
華子さんはなにやら、おかしな方向で恨みがましく思っているようだ。
そういえば、以前フラグが立った感じだったっけ。
幽霊ズの中で一番幽霊っぽい華子さんに好かれるあたり、友雪らしいと言えるのかもしれない。
「はぁ、はぁ……。まったく、友雪のやつ!」
友雪を退治し終え、息を荒くした響姫が、傘を持ち直し、僕の隣にすり寄ってきた。
雨の中でボロ雑巾のようになっている友雪は、まぁ、この際放置でいいか。
「それじゃ、散歩を続けましょう」
と言って促す響姫は、友雪を蹴っ飛ばしたりしているあいだに、さらに雨に濡れ、完璧に下着が透けているような状態だった。
それなのに、どうして手で隠したりしないのかな?
しかもなんだか、目を逸らしても、わざわざ僕の視界に入るような位置に移動してくるような気がするけど……。
いったい、どうしたんだろう?
首をかしげながらも、僕たちは友雪を捨て置いたまま、雨の中の散歩を続けた。
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さらに別の日は、優美さんを散歩に連れてきていた。
「べつに私は、散歩なんか楽しみだなんて思ってないんだからねっ!」
……いつからツンデレキャラになったのだろう。
でも、そんなことを言いながらも、優美さんは他の誰よりもうかれ、はしゃぎまくっているように思えた。
「あーもう! 気分いいし、歌っちゃおうかしら! ららら~らら~♪」
と、歌まで歌い出す始末。
楽しんでいるわけだし、構わないとは思うのだけど……。
なるべく端っこを歩くようにはしているけど、校庭で部活動中の生徒なんかもいるのだから、もっとおとなしくしていたほうがいいのでは。
幽霊である優美さんや桜さんは、あまり人目に触れるべきじゃないと思うし。
僕の心配をよそに、優美さんは気持ちよさそうに歌っている。
ただ……。
(言っちゃ悪いけど、優美さん……とんでもない音痴よね……)
(ああ……。女の子の歌を聴いてこんなこと言うのは俺の主義に反するが……殺人的な下手さだ……)
響姫と友雪が、ぼそぼそと本人に聞かれてはならない内緒話を展開する。
完璧主義はやめたと言ってはいたけど、本質的にそういう気質は残っているようだから、これは言ってはいけないことだろう。
(はう……、なんだか胸の奥からすべてが壊れていくような、変な感じですの……)
幽霊である桜さんにまで悪影響を及ぼすとは、殺人的どころか殺幽霊効果までありそうだ。もともと死んでいるというのに。
「あーん、なんて気分がいいんでしょう! 今日はとことん、歌いまくることにしますわ!」
……やめてくれ~~~!
僕たちの心の中の悲痛な叫び声は、優美さん当人には決して届くことはなかった。
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そんなこんなで、ちょっと大変なことがあったりしつつも、部活動を満喫する充実した毎日が僕たちのもとには訪れていた。
だけど……。
楽しい日々はそう長く続かないものだということを、このときの僕たちは知るよしもなかった。




