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積んであったダンボールを倉庫の外に退避し、床のホコリも外へ掃き出し、会議テーブルやパイプ椅子に雑巾がけし、床にはモップまでかける。
そこまですると、狭くて薄汚れてひどかった旧体育倉庫の中も、ようやく人が生活できるレベルまで復帰し、随分とマシになったように感じられた。
考えてみたら僕たち、あんなに汚い部室でお昼を食べたりしていたんだよね。衛生的観点から見たら、最悪の環境だったに違いない。
おなかを壊したり体調不良になったりしなかったのが不思議なくらいだ。
もっとも狭さに関しては、これからまたダンボールの荷物を部屋の中に戻す必要も出てくるだろうし、あまり変わらない可能性がある。
ダンボールを開けてみて、全部処分でOKなら問題ないのだけど。
ともかく、旧体育倉庫であり幽霊部の部室となったこの部屋は、これまでと比べたらかなり綺麗になった。
残る作業は、ダンボールの中身の確認と処分、そしてロッカーの確認だ。
まずは外に退避してある数多くのダンボールを、ガムテープで閉じてあるなしにかかわらずすべて開け放ち、中身を確認するところから始める。
もともと開いていたダンボールに関しては、すぐに確認できるしとくに問題はないけど、ガムテープで留めてあるものはちょっと面倒だ。
しかも、中になにが収められているのかわからないわけだし。
怪しいものとか、気持ち悪いものとか、見てはいけないものとかが入っていないとも限らないから、気が抜けない。
まずは、開いているダンボール群を確認すると、出てきたのは……。
(1)ハチマキやタスキ、旗など。体育祭とかで使ったものなのかな? かなり年代が古く、変色して異様なニオイを放っているけど……。
(2)ストップウォッチとかメジャーとか、計測機類。破損したり故障したりして使えなくなったものが入っているらしい。捨てればよかったのに……。
(3)ごちゃごちゃに詰め込まれた小物類。キーホルダーとか、コースターとか、旅行のお土産品なのだろうか。なぜ持ち帰らなかったのか……。
(4)数十冊もある本。どうして体育倉庫に置いておく必要があるやら。これがエッチな雑誌とかだったりしたら、男子生徒が隠していたものと推測できるけど。ほとんどが海外のハードカバー小説類のようだし。もしかして、中には希少価値のある本も含まれていたりして?
とまぁ、こんな感じで、開いているダンボールの中には、大したものは入っていなかった。
基本、全部処分で構わないだろう。海外の小説については、図書室にでも持っていくという選択肢もあるかもしれないけど。
「さてと、それじゃあ次は、ガムテープで留められてるダンボールだね」
「ああ。なにが出てきても、驚くんじゃないぞ」
「ちょ……ちょっと、やめてよ! 怖いじゃない……」
ガラにもなく、響姫がしおらしく怖がる素振りを見せる。
旧体育倉庫の中からは、本物の幽霊が四人ほど、好奇の視線を向けていたりする状況なのだけど。
僕自身も、怖いという思いがなかったわけじゃない。だけど、ビビっていたって仕方がないのは事実。
ここはさっさと作業を終えてしまうべきだ。
僕と友雪が一気にガムテープを剥がし、それぞれのダンボールを開け放つ。
しかして、その中にあったのは……。
(1)人間の手。
「って、いきなりすごいの来たーーーーー!!」
「……いや、よく見ろ。これはマネキンの手だ。足や顔も胴体もある。ひとつのマネキンをダンボールに仕舞う際、そのままでは入らないからバラバラにしたんだろう」
「……でもどうしてマネキンが体育倉庫に……」
「そんなの知るか」
気を取り直して、次のダンボール。
(2)古いゲーム機。初代ファミ○ンやらメガドラ○ブやらといった、比較的メジャーなものだけではなく、スーパー○セットビジョンとかS○1000とか、さらにはぴゅ○太やアル○ディアなんてものまで……。
「おおおお! これはお宝だ!」
「うん、すごいね! ゾクゾクするよ!」
「……こんなの、ただのガラクタじゃないの」
かなりマニアックな僕と友雪の反応と、おそらく普通と思われる響姫の反応の温度差は、それはもう凄まじいものだった。
で、次。
(3)エロ本。
「おお、これは!」
「袋とじがついてる! まだ切られてないよ! 友雪、慎重に……」
「任せろ!」
「……はぁ。まったく、男って生き物は……」
(4)体操着。
「おお、これは!」
「男子の体操着だね」
「捨て置け」
「……はぁ。まったく、男って生き物は……」
そんなこんなで、ガムテープ留めされたダンボールには、一部意外な掘り出し物もあったのだけど、響姫の一存によってすべて廃棄処分されることとなった。
☆☆☆☆☆
少しは広くなった部室内に戻り、僕たちはロッカーを前にして横に並ぶ。
この体育倉庫内に設置されてあるロッカーは、全部で五つ。
「あとは、ここにあるロッカーだな」
「う~ん。これもかなり、怖い気がするね」
「……もしかして、中に死体とか入ってたりしないわよね……?」
そう言って、響姫が再び怖がり始める。
なに言ってんだか。響姫本人のほうが、よっぽど怖い存在だってのに。
「死体なんてあったら、ニオイが大変なことになってるだろ」
「でもさ、白骨化しちゃったあとは、腐臭とかもしないんじゃない?」
「なるほど……」
「ちょっと、納得しないでよ!」
響姫は本気で怖がっているようだ。僕の背中に隠れるようにして震えている。
震えるたびに、背中に押しつけられた響姫のふくよかなバストを必要以上に感じてしまうのだけど……。
これって、あとで殴られたりしないかな……?
「実は桜さんの死体が隠されてたりしてな」
「………………」
ぼそっと発せられた友雪の言葉に、僕も響姫も、絶句するばかり。
「ま、そんなわけないだろ。……開けるぞ!」
バン!
開けるぞ、と言い終わる前にすでにロッカーが開け放たれていたのは、友雪も恐怖を感じていたからなのかもしれない。
「……なにも入ってないね」
「じゃあ、残りのも全部開けるぞ!」
バン! バン! バン! バン!
続けざまに開け放たれたすべてのロッカーには……やっぱり、なにも入れられてはいなかった。
「ふう、よかった。なにも入ってなくて」
「桜さんの死体が入ってなくて、ほんとよかった……」
響姫まで本人を目の前にして不謹慎なことを言いながら、安堵の息をつく。
「入ってるわけないですの。わたくしは、ここにいるんですから」
当の桜さんは、そう言って苦笑いを浮かべる。
「それじゃあ、もしかして、桜さんはロッカーから出てきたゾンビってことか?」
「違います! ううう、ひどいですの……」
おそらくからかい半分だったのだろうけど、友雪が放った心ないひと言で、桜さんはめそめそと泣き始めてしまった。
「あ、すまん……」
さすがの友雪も思わず素直に謝罪の声を漏らす。
でも、対する桜さんは、
「……なんちゃって、ですの。大丈夫、わたくしは全然気にしてませんの。くすくす、びっくりしました?」
なんてイタズラっぽい笑みを浮かべながら、ぺろっとお茶目に舌を出す。
珍しく、してやられた感のある友雪だった。




