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週末を挟んで月曜日の昼休み。
僕たちは今日も今日とて、旧体育倉庫へと集まっていた。
今までと違うのは、ここが正式に部室となったことだけど、だからといって、なにが変わるというわけでもない。
桜さんの頼みで三人の幽霊を見つけてきて、桜さんたちの部――幽霊部も認められ、部室で活動できるようにまでなった。
僕と友雪、響姫の三人は、部として認めてもらうための人数合わせ、という意味合いもあったわけだから、厳密に言えばもう来る必要はないのかもしれない。
だけど先週末の放課後、帰宅する間際に「来週からもちゃんと部室に来てくださいですの」と、桜さんから言われていた。
桜さんは幽霊部の部長。つまりこれは部長命令。
だからそれは、従わなくてはいけないことなのだ。というか、従わないと呪われちゃうかもしれないし。
などと言い訳しつつも、この場所に来るのは日課のようになっていて、部室であるこの旧体育倉庫に向かうあいだも、なんとなく心が躍る感じを受けていた。
端的に言えば、ここに来るのを楽しみにしている自分がいる、ということだ。
それは友雪や響姫にしても同じらしく、やっぱり軽やかな足取りで、自然とこの場所まで来たようだった。
「ところで、幽霊部の活動って、具体的になにをするつもりなの?」
「えっと……。部活動って、普通なにをするものなのでしょう?」
僕の問いかけに、汗をひと筋たらりと垂らしながら、桜さんが問いかけ返してくる。
なにをするかも考えず、幽霊部を立ち上げたのか、この部長さんは。
もっとも、『幽霊部』という名前を考えたのは友雪だけど。
「部活動の申請書には、なんて書いたんだっけ?」
「幽霊に関する知識と理解を深め、みな仲よく、手に手を取り合って研究に励む」
申請書に記載した響姫が、抑揚のない口調で答える。
なるほど、友雪が言っていたでたらめな活動内容を、一字一句間違えることなく申請書に書き写した、ってことか。
「俺が言ったのは、認めてもらうための方便みたいなもんだったけどな。ま、少しくらい申請内容と違っていても、目くじら立てて文句を言ってきたりはしないだろ」
活動内容を考えた張本人である友雪は、平然とそんなことをのたまう。
でも、確かにそうだよね。
だいたいあの申請内容じゃ、研究メインの部活みたいになっちゃうけど、実際に桜さんたちが幽霊について研究するなんてありえないだろうし。なにせ、本人たちが幽霊そのものなんだから。
冷静に考えてみると、よく許可が下りたよね、この幽霊部。
それはともかく、活動内容か……。
「るなは楽しく遊べれば、それでいいのだ!」
「ボクも、みなさんの温かな雰囲気に紛れていられれば、それでいいかな……」
「わたくしも、幽霊部が認めてもらえただけで夢は叶ってしまいましたし、これ以上の高望みはしませんの」
幽霊部の主要メンバーとも言うべき幽霊のるなちゃん、華子さん、桜さんは、どうやらあまり期待できなさそうだ。
とすると、残るひとりの幽霊、元生徒会長の優美さんに望みをつなぎたいところだけど。
「私もこれといってしたいことはないですわ。一度完璧主義の人生を途切れさせてしまったので、なんかもう、どうでもよくなってしまいました」
ダメだ……。案を出すどころか、人生自体諦めてる……。
幽霊だからすでに人生は終わっているわけだけど。
「こうして話してても、埒が明かないわ!」
基本的に気の短い響姫が、業を煮やしたのか、バンッと会議テーブルを叩いて立ち上がる。
「幽霊の幽霊による幽霊のための活動!」
「え?」
「部の活動内容よ! あたしたち人間は、あくまで人数合わせなんだから、桜さんたちがやりたいことをやらなきゃダメなのよ!」
「うん、それはそうだろうけど……」
「だから! すぐに思いつかないなら、思いついたときに改めて実行する! それでいいじゃない!」
「う~ん……」
まぁ、それはそれで、べつにいいと思うのだけど。
「でもそれって、普段はなにもすることがないから、適当にだらけてる、ってことにならない?」
「そうなるわね」
「それじゃあ、活動内容と呼べないような……」
「もう! だったらどうするってのよ!? 細かい男は嫌われるわよ!? (ま、あたしは玲を嫌ったりなんてしないけど……)」
また響姫が小さな声でぼそぼそとなにか言った気がするけど、いつものことながら、僕にはよく聞こえなかった。
そんなことより、こうなったら僕がなにをするか決めたほうがよさそうな気がする。
う~ん、だったら……。
「活動内容ってほどじゃないけどさ、この部室ってホコリっぽいし、いろんな物がごちゃごちゃ置かれてたりするし、まずは掃除するところから始めない?」
僕の提案に、自主性のない幽霊ズを含め、みんな否定の言葉を挟むことはなかった。
「うん。反対がないなら決定で! でも幽霊のみんなは、それでいいのかな? ここが居心地いいって言ってたし、ホコリっぽいままのほうがいいとか……」
「大丈夫ですの。掃除なんて面倒なこと、自分ひとりではしたくなかっただけで、綺麗になるならそのほうが断然いいですの!」
桜さんの言葉に、他の幽霊たちも「うんうん」と頷く。
……なんというか、自主性がないだけでなく、基本的にだらけきった性格の幽霊たちばかりだということを、僕は今さらながらに思い知らされるのだった。
☆☆☆☆☆
「ところで、桜さん」
「はい、なんですの?」
掃除を始める前にはっきりさせておこうと考え、僕は疑問に思っていたことを尋ねてみる。
「幽霊部って、僕たちがいてもいいの?」
「いてくれなきゃダメですの!」
僕の言葉に、ちょっと眉をつり上げながら答える桜さん。即答だった。
うん、僕たちはここにいてもいいんだ。
「ありがとう桜さん!」
と言って桜さんの両手を握ろうとしたのは、僕ではなく友雪で。その手はするりとすり抜けるだけだった。
「……こんな友雪でも?」
「えっと……どうでしょう……? いらない……かも?」
「むう、ひどい……。いじいじ……」
桜さんに拒絶された友雪は、床に『の』の字を書いていじけ始める。
当然ながら桜さんは、茶目っ気を出して友雪をからかっただけのようだけど。
「確かに、友雪はいらないわね! スケベだし、邪魔だし、人間のクズだし。ほら、いらない人間はさっさと帰りなさい! しっしっ!」
……響姫のほうは、もしかしたら本気なのかもしれない。




