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「玲、これ見てみろよ」
休み時間になるやいなや、目の前の席の友雪が後ろ、つまり僕のほうへと振り向き、バサリと机の上になにかを広げた。
「どうしたの?」
「ほら、これ」
友雪が指差す先には、広げられた雑誌のページの一角。女の子の水着写真が写っている部分だった。
どうやら、いろいろなアイドルの写真が載っているグラビア雑誌のようだ。
「って友雪、またこんなの持ってきて。校則違反でしょ?」
「堅いこと言うなって。それより、よく見ろよ」
黄色いセパレートの水着は布の面積がかなり小さめ。ちょっとぽっちゃり気味のその女の子は、肌も真っ白で、健康的な体型をしている。
とくに目を惹くのは、たわわに実った胸のふくらみだろうか。健全な男子としては、どうしても視線が吸い寄せられてしまう。
「……うん。すごいね」
「いや、それもあるが、そんなことより、顔だよ顔」
「え?」
言われて視線を上げる。
栗色の髪の毛を頭の両サイドで束ね、リボンで留めてツインテールにしている若干の幼さを感じさせるような髪型が、元気いっぱいなイメージで清々しさを漂わせる。
太陽の光を浴びて満面の笑みを浮かべるその女の子の顔は、素直に可愛いと思えた。
「うん、可愛い子だよね」
「だから、そうじゃなくて! 誰かに似てると思わないか?」
「え~?」
そう言われても、まったくピンと来ない。
友雪は、一目瞭然だとでも言いたそうな目で、僕を睨みつけてるけど……。
「……誰?」
「だ~、もう! 響姫だよ響姫!」
「……え~? 似てる……かな?」
僕は首をかしげる。
響姫というのは、僕の幼馴染み、音鳴響姫のことだ。
おとなり、なんて名字の幼馴染みだけど、べつにお隣さんではない。
ただ、幼稚園で同じ桃組になってからのつき合いという、友雪以上の腐れ縁と言ってもいい女の子だった。
それでも、クラスは結構別々になっているし、せっかく同じ高校に入学したのに、今もクラスは別。
家もそれほど近いわけではないから、一緒に登校したりもしていない。
まぁ、女子と一緒に登校していたら、冷やかされてしまいそうだけど。
クラスは違っていても、なにかと偶然会ったりすることも多く、よくお喋りはしているから、クラスの女子よりはずっと親しい関係と言えるかもしれない。
そんな響姫と、このグラビアの子が、似てる……?
いやいや、ありえないって。響姫はもっと地味だし、ぽっちゃり度もずっと上だし。
「……お前、随分失礼な感想を思い浮かべてないか?」
「え? そんなことないと思うけど……。そりゃあ響姫に直接言ったら、半殺しだろうけど」
「充分失礼なことっぽいぞ」
呆れ顔の友雪。
「だいたい玲は響姫のこと、男友達と同格くらいにしか見てないだろ」
「だって、男みたいなもんじゃん」
「……確かにそうかもしれないが、あれでも一応女の子なんだから」
「一応って、友雪だって失礼なんじゃ……」
「そうかもな。ま、ともかく、この雑誌の子、俺はぱっと見で似てると思ったが、幼馴染みでずっと見てきた玲に言わせたら全然似てないってことだな」
「うん」
迷いのない僕の答えを聞いて、友雪は苦笑まじりのちょっと微妙な表情で、雑誌を自分の机の中に仕舞った。
☆☆☆☆☆
「そういえば、旧体育倉庫の幽霊の話、知ってるか?」
といった声が聞こえてきたのは、ちょうどそんなときだった。
「あ~、知ってる知ってる!」
僕たちの斜め後ろの席辺りに集まっていた、数人の男子グループ。そこから響いてきた会話だった。
「部活の先輩、実際に見たんだってさ。しかも、手を握られたとか」
「え? 相手は幽霊なのに?」
「そうなんだよ。それが、えらく可愛い女の子の幽霊らしくてさ~」
「詳しく聞かせてもらおうか」
と、すぐ目の前の席に座っていたはずの友雪が、いつの間にやら会話をしているグループの横まで移動し、唐突に話しかけていた。
可愛い女の子、ってフレーズに食いついたんだろうな、と容易に想像できる。
とりあえず、僕も体の向きだけ斜め後ろにずらし、友雪の動向を見守ることにした。
「校庭の奥にさ、今は使われてない古い体育倉庫があるだろ?」
「あの、カギもかからなくなってるっていう、ボロい木造の小屋だな?」
「そうそう。で、そこに女の子の幽霊が出るって噂が流れてるんだ」
「可愛い女の子の幽霊なんだな?」
「ああ、そう聞いたぞ。しかも幽霊なのに、いきなり両手を握ってきたとか」
「それで?」
ぐっと前のめりになり、さらに話の先を促す友雪。
話しているほうの男子は、かなり引いている様子がうかがえる。
「……幽霊に触れられたのに、ちゃんと温もりもあったって言ってたな。でも、呆然としてるうちに、目の前の女の子はスーッと消えてしまったらしい」
「ふむふむ。ということは、消える前になら……」
一瞬考え込む仕草を見せると、友雪はそのまま自分の席に戻った。
そして再び、すぐ後ろにいる僕のほうを向き、
「玲も聞いてただろ? これは面白そうだ。じっくり調査したいし、昼休みに行くからな!」
と決意の表情で宣言する。
「……え~っと、僕も一緒にってこと?」
「当たり前だろ? もし呪われたり取って喰われそうになったりしたら、真っ先に必要になるオトリだからな、お前は!」
僕の質問に、友雪は平然とそう言ってのける。
「ひどっ!」
僕の抗議の声は、期待で頭がいっぱいになっている友雪の耳には、まったく届いていないようだった。




