-4-
「私は、市井優美と申します。この学園の、生徒会長を務めさせていただいております。以後、お見知りおきを」
両手をスカートの前で組み、ぺこりと会釈する彼女。
ヘアバンドで軽く押さえてはいるけど、おでこを出しているわけではなく、自然に流れた前髪がさらりと揺れる。ウェーブがかった髪の毛はボリューム満点で、背中の辺りにまで伸びていた。
清潔そうな制服のブラウスは一点の曇りもないほど白く、胸のリボンもしっかりと形が崩れることなく留められている。
それはともかく……。
「生徒会長……?」
僕のつぶやきに、優美さんは、
「ええ、そうですわ」
にこっ、と温かな笑顔を向け、迷うことなくそう言いきった。
「嘘をついているようには思えないよね……。とすると……」
ちらり。
僕は視線を会長さん――湯浴先輩のほうに向ける。
すると、僕の視線で誘導されたかのように、友雪が困惑の表情で叫んだ。
「雫香様! あなた、ニセモノの生徒会長だったんですか!?」
「ど……どうしてそうなる!? 私はホンモノだ!」
「いいえ、私が生徒会長ですわ! そこの方、どうしてそんな嘘をつくんですか!?」
「嘘ではない! 私は本当に生徒会長なんだ! お前こそ、なぜそんな見え透いた嘘を!」
取っ組み合いのケンカでも始まるのではないかという勢いで、お互い一歩も引かない両者。
もちろん僕は会長さんをちょっとからかう程度のつもりで、友雪をけしかけてみた感じだったのだけど。
なんだかシャレにならないほどにまで熱くなってしまったようだ。
「どうなってんの……?」
響姫もどうやら困惑を隠せない様子。
友雪も響姫も、僕たちがこの場所に来た当初の理由をすっかり忘れているのではないだろうか。
「えっと……」
控えめに一歩前に踏み出し、間違いなく今この場で一番落ち着いている桜さんが、互いに怒鳴り合いを続けている生徒会長ズに声をかける。
「優美さん……もしかしたら気づいていないかもしれないので、率直に言わせていただきますの。あなた――」
「え? なんですか? 私は、生徒会長としてずっと生徒のみなさんのお役に……そして……う、ぐ……ぐぁヴヴヴゥ!」
桜さんの言葉を遮って語り出した優美さんは、ほどなくして頭を抱えると、うなるような声を発し始めた。
「思い出してくださいですの。それはとても、苦しくて悲しい過去かもしれませんですけど……」
両手を目の前に組んで懇願する……というよりは、お祈りをするかのように、桜さんは慈愛を込めた言葉を優美さんに送り続ける。
優美さんのうなり声は、徐々に小さく弱いものへと変わっていき、数瞬ののちには、完全に消え去っていた。
「……そうでした。私は……死んでいたのですわ。もう、何年も前に……」
どうにか吐き出した独白によって、自らも平静を取り戻したのだろう、優美さんの顔からは穏やかさが感じられるようになった。
「生徒会の仕事が心残りで、ここに幽霊として縛られてしまったんですのね」
「ええ……」
まだ揺らいでいた記憶を完全に取り戻すべく放たれた桜さんの最後の言葉に、優美さんは大きく頷いた。
☆☆☆☆☆
優美さんが落ち着きを取り戻すと、もう少し詳しく話を聞くことができた。
この教室でずっと幽霊をやっていたものの、誰も来なくなって消えかかっていたところ、突然ドアが開けられ、僕たちが入ってきた。
あまりに久しぶりの来客で嬉しくなった優美さんは、すぐに僕たちの中に紛れ込んだのだという。
「わたくしたちが気づかなかったのは、優美さんの霊力の影響もあったと思いますの」
桜さんはそう語る。
「あれ? 霊力といえば、さっき桜さん、幽霊アンテナが立ってなかったけど……」
保健室でるなちゃんを探したていたとき、霊気を感じて髪の毛がピンと立っていた、あの幽霊アンテナ。
どうして今回は立っていなかったのだろう?
疑問を口にすると、
「あれは、見えない状態の幽霊を探す場合にだけ反応するんです。完全に姿を現して紛れ込んでいては、反応なんてしませんですの」
との答えが返ってきた。
う~ん、そういうものなのか……。
「ま、なんにしても、これで三人目だな」
「お友達も増えて、よかったわよね!」
友雪と響姫が明るい声を響かせると、優美さんは控えめに顔を上げる。
「お友達……? 私と、お友達になってもらえるんですか?」
「もちろんですの!」
満面の笑みで応える桜さんに、優美さんもまた、こぼれ落ちんばかりの笑顔を咲かせた。
☆☆☆☆☆
そこで、僕はふと気づく。さっきから会長さんが静かだということに。
会長さんは雫香という名前だけど、そんなに静かな人でもないはずなのに……。
失礼なことを考えつつ辺りを見回すと、部屋の片隅で会長さんは頭を抱えてうずくまっていた。
どうしたんだろう?
しかもなにやら、ブツブツとつぶやいているような……。
僕が心配して近寄るってみると、会長さんのつぶやきも、はっきりと聞こえるようになった。
「これは……夢……。みんな、夢だ……。この世に幽霊なんて、いるはずがない……。全部幻覚なんだ……。だから、怖くない、怖くない……」
……どうやら会長さん、幽霊が怖いようだ。
いや、まぁ、普通に考えたら怖いものだとは思うけど。
それにしても、あの会長さんが――雫香様なんて呼ばれて憧れの的となっている彼女が、幽霊が怖くて部屋の隅でぶるぶる震えているなんて。
なんだか、ちょっと可愛くて、微笑ましく思えてしまった。
そう思ったのは、僕だけではなかったのだろう。
そして、ちょっとした茶目っ気を出してしまったのだろう。
「わっ!」
ゆっくりと静かに会長さんの背後に音もなく忍び寄った友雪が、唐突に大声を発し、驚かせるという行動に出た。
「わぴっ!」
妙な悲鳴を上げ、飛び跳ねるようにその場で立ち上がる会長さん。
だけど……。
立ち上がったまま、なにも言わない。会長さんの体は、小刻みに震えているように見えた。
顔を真っ赤にしてうつむいてるし、怒ってるのかな?
僕はそう思ったのだけど、それが間違いだったと、すぐに悟る。
じわっ……。
会長さんの足もとの床には、なにやら水溜まりのようなものが広がり始め……。
って、これは……!
「あ……えっと、その……僕たち、なにも見てませんから!」
慌てて会長さんに背を向ける。
「ちょっと、男子は外に出てなさい!」
響姫は僕と友雪の背中を押して、旧生徒会室から追い出した。
廊下に追い出されたから、そのあとの状況は僕にはよくわからなかったけど、泣きじゃくる会長さんを桜さんがなだめながら、響姫がいろいろと世話……というか、処理をしてあげているようだった。
☆☆☆☆☆
どうにか処理を終えたのは、それから結構な時間が経ったあとだった。
僕たちは、この場所であったことは絶対に口外しないという約束を会長さんと交わし、代わりに、旧体育倉庫から出ていくという件について当面のあいだ保留としてもらうことにも成功した。
なんというか、会長さんを脅迫したみたいで、ちょっと心苦しい気がしないでもなかったけど……。




