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放課後。
僕は会長さんから言われたことを、旧体育倉庫のみんなに伝えた。
「みんな、というのは、桜さん、華子さん、るなちゃん、響姫の、幽霊や物の怪たちだ」
「なんですって!?」
無意識に考えが声に出てしまった僕は、響姫まで物の怪扱いしたことで、その物の怪……じゃなくて響姫からヘッドロックを食らう。
「響姫、ギブギブ! 息が出来ないってば!」
首を絞められると同時に、顔面が響姫のふくよかな胸に押しつけられていた僕は、息苦しくてたまらずギブアップを申し出る。
「……玲は締め技で、俺だと打撃技になるんだよな……」
友雪はなにやら不満そうだったけど。
解放されてゲホゲホと咳き込む僕には、気にしている余裕なんてあるはずもなかった。
「そ……それはともかく、会長さんからそんなことを言われたんですのね。困りましたの……」
「こんなに居心地のいい場所から、出ていかなければならないの? うらめしい……」
「るな、ここがいいのだ!」
幽霊三人組は、それぞれの思いを口にする。
「どうにかしないとね」
「せっかくだから、出ていかないで済むようにならないかしら」
「生徒会長直々に言われてしまったしな~。抵抗するのは難しいんじゃないか? ……それにしても雫香様、綺麗だったなぁ。響姫とはえらい違……ぐえっ!」
響姫に対して失礼な発言を始めた友雪が、顔面にストレートパンチを食らう。目にも留まらぬ早業だった。
それにしても友雪って、どうしようもなく学習能力のないヤツだな。
「そんなこと言ったら嫉妬されて殴られるのは、自明の理じゃないか」
「し……嫉妬じゃない! あんたはどうしてそう……。いいわ、もう。なんでもない!」
なにやら響姫の怒号の矛先がこっちにまで向かってきたけど、いったいなぜなのやら、僕にはまったくわからなかった。
☆☆☆☆☆
「あ……生徒会といえば、旧生徒会室で幽霊騒ぎがあったのが原因で、今の生徒会室のほうに移動したと聞いたことが……」
不意に、華子さんがそんなことを語り出した。
「そうなんだ。……あれ? でも、誰から聞いたの?」
トイレの幽霊である華子さんが、世間話をしている姿が思い浮かばず、僕は思わず尋ねていた。
ちょっと失礼だったかもしれないけど。
「数日前だったかな……トイレで話してるのを聞いたの……。鏡の前でずっとお喋りしてるような人も多いから……」
なるほど、女子トイレだし、そういうこともあるんだね。
……どうでもいいけど、それって盗み聞きというのではなかろうか。
「旧生徒会室か。噂には聞いたことがあるような気もするが……」
「そうね。いつ頃変わったのかしら?」
「僕たちが知らないってことは、数年くらいは経ってるはずだよね?」
「そうだろうな」
「その場所って、今はどうなってるのかな?」
「それじゃあ、先生にでも訊いてみようか」
というわけで、担任の先生に会うため、職員室へと向かうことになった。
メンバーは僕と友雪、響姫の三人。
目指すは僕と友雪のクラスの担任、水崎杏奈先生だ。
響姫のクラスの担任は新任の男性教諭だから知らないだろうと考え、僕たちの担任に尋ねることにした。
それなのに響姫までついてきているのは、僕たちふたりでは心配だから、とのことだった。べつに響姫がいたって、あまり変わらないと思うのだけど。
桜さんには、華子さん、るなちゃんと一緒に、旧体育倉庫で待ってもらっている。
大正時代風の衣装に身を包む桜さんがいると、さすがに怪しまれる可能性が高いだろうと考えたからだ。
「あら? あなたたち、まだ残ってたの? 部活にも入ってなかったわよね? 用がないなら早く帰りなさい」
職員室に入り、資料整理をしていたと思われる先生のそばに歩み寄るなり、僕たちはそんなふうに声をかけられた。
響姫もついてきてはいたけど、僕たちふたりの別クラスの友人だと、すぐに判断したのだろう。
「アンナ先生、質問があるんですが」
友雪が珍しく真面目な顔で先生に話しかける。
僕たちの担任は、二十八歳の化学教師。生徒たちから「アンナ先生」と下の名前で呼ばれて親しまれている。
ぱっと見は、ぴしっと張りついたような黒髪のショートカットと切れ長の目のせいで、ちょっとお堅い印象を受けるけど、冗談も言うし、たまにちょっとしたドジを踏んだりもするし、なかなか馴染みやすい感じの先生だ。
ちなみに独身なので、見境のない友雪は普段から色目を使ったりしている。
「へぇ~、阿久玉くんから質問なんて、珍しいわね。綾鶴くんならともかく。……それで、どうしたの?」
こうしてアンナ先生から聞いた話によると、どうやら幽霊騒ぎがあった旧生徒会室は、特別教室棟の一角――理科室の奥にある、今は空き部屋になっている小さな教室らしい。
学園内には少子化の影響もあってか、使われていない教室が結構あったりするのだけど、そのうちのひとつだった。
そうやって使われていない部屋は、部室などとして利用されている場合もあるけど、放置されて物置的な役割になっている場所も多いようだ。
ただ、その部屋を調べたいと言うと、さすがに難色を示すアンナ先生。
普段からカギがかけられていて入れない場所だし、自分では入出許可を出せないという。
「ありがとうございました、アンナ先生。それでは、お礼に口づけを……」
話を聞き終え、失礼しますと言って立ち去ろうとした際、いつもの茶目っ気かはたまた本気なのか、唇を突き出して先生に顔を近づけた友雪には、もちろん響姫からの顔面パンチが炸裂。
一瞬にして白目をむき、友雪は地べたに転がった。
「お騒がせしました~」
「……阿久玉くん、お大事にね……」
にこにこと笑顔を振りまく響姫によって、ボロ雑巾のようにずるずると引きずられていく友雪を、アンナ先生は苦笑まじりに見送っていた。




