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「おっ! 九十五点! 見ろよ、あの女子! 二年の先輩かな。なかなかいいラインしてますな~! じゅるり」
「……またそういうことを……。あんましジロジロ見ちゃダメだってば」
「なんだよ? お前は興味ないってのか?」
「そりゃ、興味なくはないけどさ。前みたいに、また変態扱いされちゃうかもしれないじゃん。僕まで一緒に……」
「巻き添えは嫌だってのか? 親友なのに、つれないヤツだな~!」
「親友、というか悪友でしょ……」
「なんだと、コラ! えい、ヘッドロック!」
「うわっ! やめてよ、暑苦しいってば!」
「いいではないか、愛いヤツめ!」
「やめてってば! 今度は別の意味で変態扱いされちゃうよ!」
「なにを言うか。俺とお前の仲じゃないか!」
「どういう仲さ!? ただの友達ってだけじゃん!」
「ひどいっ! 遊びだったのね!?」
「ふざけたこと言ってないで、離れてよ、ほんと。暑いんだから!」
「う~ん、確かにこの汗ばむ陽気の中じゃ、男同士でじゃれ合うのはちょっと気持ち悪いな」
「ちょっとじゃないし、こんな陽気じゃなくたって嫌だよ!」
「嫌よ嫌よも……」
「好きじゃないからね」
「う~ん、いけずぅ~!」
「気持ち悪いってば!」
「そうは言っても、体のほうはどうかな?」
「わっ、ちょっと、くすぐりは反則だってば!」
「ほれほれ、俺に身を委ねて楽になっちまえよ」
「くすぐられてたら、楽になんかならないってば! あはははっ!」
朝の通学路に、男ふたりのじゃれ合う声がこだまする。
ひそひそひそ……。
周囲を歩いていた何人かの生徒が若干距離を取りながら、僕たちのほうに白い目を向けてくる。
ちょうど今日から衣替え。制服の半袖から伸びる女子の二の腕が眩しく感じられる、そんな朝の登校風景。
六月だから普段ならまだ少々肌寒いことも多いはずだけど、今日は朝から汗ばむくらいの陽気だった。
それなのに、こんなに男同士でくっついて……。
はぁ……。今日もまた、僕まで変態扱いされてしまったみたいだ……。
☆☆☆☆☆
僕、綾鶴玲は、紅葉ヶ丘学園高等学校に通う、高校一年生。
玲なんて女の子と間違われがちな名前で、背も低めで少々細身、メガネ越しにもまつげの長さがよくわかると言われ、顔立ちも少々女の子っぽいらしい僕だけど、れっきとした男子生徒だ。
登校中は制服だし間違いようがないからいいのだけど、休みの日に私服で歩いていたらナンパされかけたことがあるという、黒歴史を持っていたりする。
……こんなこと、恥ずかしくて誰にも言えないけど。
そして、僕の隣を歩いているもうひとりの男子生徒は、阿久玉友雪。
中学時代に知り合ってから、なんだかんだでずっと一緒にいる、腐れ縁の悪友だ。
ちょっと……というか、かなりのスケベで女好き。年がら年中エッチなことを考えている変態チックなヤツだったりする。
そりゃあ、健全な男子高校生なのだから、女子の柔らかそうな体のラインとかに目が行ってしまうってのは、まぁ、普通のことだとは思うけど。
考えるだけだったら、べつにいいと思う。でもこいつの場合、しっかりと口に出してしまうのだ。
隣にいる僕まで同類だと思われるから、たまったもんじゃない。
にもかかわらず、こうして一緒に登校しているのは、友雪のことが嫌いなわけではないからだ。
もちろん、女の子っぽく見られてしまう僕ではあっても、同性愛的な意味での好きとかではないけど。
ただ、いつも元気で明るい友雪の影響で、僕も日々楽しく過ごせているのは確かだった。
小学生の頃からメガネ君とかマジメガネとか呼ばれていた僕。
いじめられたりはしていなかったし、クラスに馴染めないわけでもなかったけど、それでもどちらかというと静かでおとなしい性格だから、学校行事のいろいろなイベントも、心からはしゃいで楽しめるという感じではなかった。
それが変わったのは中学に上がってすぐ、名前の順で僕の目の前の席だった友雪が、それはもう鬱陶しいくらいに話しかけてくるようになってからだ。
その後、なんだかんだでずっと同じクラスのまま、同じ高校に進学した今でも同じクラスとなった。
四月に新しいクラスとなった場合、席順は名前の順になるのが普通だから、同じ『あ』で始まる名字のおかげで、最初の席替えまでは四年連続で僕の目の前に友雪の背中があった。
女好きな友雪ではあるけど、少なくとも僕が知り合って以降、彼女がいたことはない。
知り合う以前だと小学生だし、きっと彼女いない暦は年齢と同じ十五年になるはずだ。
友雪は背も高めで、若干たれ目気味ではあるものの、顔立ちもなかなかハッキリしていて男前だと思う。それなのに彼女がいないのは、ひとえに性格に難があるからなわけだけど。
とはいえ、僕にしたって友雪同様、彼女いない暦十五年の身なのだから、人のことをとやかく言う資格はないのかもしれない。




