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兄がアルバイトを始めました。

 


 とある横丁の片隅に、そのお店は佇んでいた。

 落ち着いた外観のそのお店には、小さな看板がひっそりと掲げられている。

 そこには《にくきゅう喫茶店》と柔らかな筆致の前衛的な屋号が記されている。



 カランカラーン♪



「いらっしゃいませぇっ!?」


 扉を開けると、そこは別世界。

 いや、今流行りの異世界スリップではない。

ある意味、その方が幸せであったかもしれない。

 日頃、傍若無人&慇懃無礼の甚だしい兄が、まるでコマネズミのように甲斐甲斐しく働いていた。

 いつもの姿を知る者からすれば、なんの冗談か嫌がらせかと、思われる。


 その兄が、私の姿を認め、大きく目を見張ったまま固まった。

しかも、愛想笑いは貼りつけたまま。

 ハッキリと言って怖い。

 不気味で、鳥肌までブワワワッと一気に立った。



「アンタ、兄の偽物でしょっ!」


「!?」



 兄の眦がキリキリとつり上がる。

 いや、自分でも酷い言い様だと自覚していたが、そのくらいこの目の前の兄は気持ち悪かったのだ。仕方がない。



「あらあら、ナツ君の妹さん?

元気で可愛らしいかたねぇ」



 うふふと、少女のような笑顔の女性がカウンターの向こうから視線を投げかけてくる。

 少しだけ首を傾げる姿は、自分よりも年上の女性に対して失礼だが、可愛らしい。

 そんな可愛らしい女性に『可愛らしい』などと言われ、思わず絶句。



「不由美」



 兄のいつもの絶対零度の声音。

 マズいところを目撃した私を排除しようという意思を隠しもしない。



「ナツ君、紹介してくれないの?」



 拗ねるような口調も可愛らしい。その彼女に兄は、明らかに動揺した。



「こんなガサツな奴と話すと、歩ママにガサツが伝染ります」


「まぁ、女の子にそんなこと言うなんてダメよ。

ナツ君、めっです」



 スススッと音もなく兄に近寄った彼女は、ニッコリと笑って兄にデコピンをした。




 ……はっっ!

 あまりのことにビックリし過ぎて固まってました。

 あの兄にあんな地味な攻撃を仕掛け、あまつさえ成功させ、床にうずくまるほどの打撃を与えるなんて……



「こんにちは、わたくし鳴沢 歩と申します。お名前をお訊きしてもよろしくて?」



 おっとりと左手を頬に添え、楚々とした微笑を浮かべていたが……



「…ひっ!?」



 あまりにも怖すぎで、変な声が洩れた。

 逆らっちゃ、ダメだ! という本能の声に従って、私は即行で、脊髄反射で答える。



「嘉島 不由美ですっ!

謹んで兄を進呈いたします!ですっ!!」


「ナツ君にこんな愉快な妹さんがいたなんて、素晴らしいわ」



 ゆ、愉快? それって、褒め言葉ですか?歩さん。

 しかも、素晴らしい? 何だか不穏な言葉が混じってませんかね。

 どっちにしても、女の子にソレは違いますよね?


 半眼で歩さんを見ていると、立ち直った兄が微妙な顔で歩さんの近くに立った。



「歩ママ、酷いです。ぼくが何をしたって言うんですか?」



 ぼ、《ぼく》だーっ。

 そこまでネコを被ってたのかよ、兄よ。

 私の鳥肌は益々酷くなるばかり。


 そんな妹の恐怖の目を気にすることもなく、赤くなった額はそのままに(見た目以上に威力があるようだ)、歩さんを見つめる兄。



「うーん、教育的指導?

女の子相手に乱暴はダメです」


「歩ママ、誤解です。

コイツとぼくはいつもこんな感じですから、問題ありません」



 そうそう。

基本は喧嘩腰、間違いはない。



「まあ、仲良しさんなのねぇ」



 コロコロと笑う歩さんには、裏は無さそうだった。本気でそう考えているようで……



「いやあぁあっ!こんな腹黒い兄貴と仲良しっ!?

いや、有り得ないからっ!

今日だって、笑いに来ただけなのにぃ!」


「不由美、お前ってヤツは…」



 黒い!黒いよ、兄。

 アナタの歩さんの前でそんな黒さを披露しても良いんですかーっ!



「まぁ、否定は出来ないんですけどね、歩ママ」


「そうなの?」


 私たち2人の嫌がる顔を楽しそうに見比べながら、小首を傾げる。


 邪気のない様子に、しみじみと思った。

 結局、悪意のないほうがタチが悪いんじゃなかろうか?




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