ユウ、レイ!
「水ってどうして落ちるんだろうな」
「はあ?」
いつものように帰り道である住宅街を歩いていた途中、そんな声がした。
「雨とか滝とか上から下へ落ちるだろ。お前はどう思う?」
「どう思うって言われても……」
いきなり、振られた話題についていけないというかなんというか。それでもまあ、水が落ちる理由なら分かる。
「それは、重力に引かれているからだろ」
「重力、かあ……」
僕の言葉に納得したのか、しないのか。彼女はただ呟くように言う。
「じゃあ、磁石はどうしてくっつくんだろう」
「それは磁力のせいだと思う」
またも繰り返される、呟くようにして言われる言葉。
「じゃあ、下敷きを擦ってから頭に近付けるとくっつくのはなんなんだ?」
「それは静電気のせいかな」
「静電気、かあ……」
彼女はさっきと同じように呟く。
「要するに、さ」
今までのことも含めて言えば、
「くっつく力が働いていたからでしょ」
僕の言葉をよく理解しようとするかのように反芻する彼女。
「なら、さ」
今度は一体、何を訊くつもりだ。
あれだけ同じようなことを繰り返し、言ったんだ。
きっと次も同じことを言うんだろう。
「人ってどうして何人かで固まりたがるんだろうな」
「それもやっぱりくっつく力が――」
「働いているのか?」
彼女は僕のことを見つめる。
その目はとても澄んでいて、今を生きる人達とは思えないぐらい。まあ、僕自身今を生きている人間なのだから何も言えないけど。
それに加えて、彼女の青白いと思えるほどに透き通っている肌。本当にぞっとするぐらい綺麗だ。
今まで会話をしていたけれど、僕と彼女は初対面。それでも、彼女が僕に話しかけてきた理由は分からなくもない。
「働いているんじゃないのかな」
きっと僕と彼女の間でくっつく力が働いたんだ。
「そっか」
「きっと、そうだよ」
何となく数秒、僕達の間に沈黙が訪れる。
でも、そんな沈黙も長くは続かず、彼女の言葉から崩れた。
「それならさ」
「うん?」
「私の周りに人が少ないのって私のくっつく力が弱いからなのかな」
「……」
「いつも、さ。色々な人に話しかけても無視されるんだ。私の声が小さいからかなって思ったから、大きな声を出すと驚いたせいなのか、みんな逃げちゃったりするし」
彼女は確かに少しだけ声が小さかった。でも、それでも、だからといって――そんなことは彼女が無視される理由にはならないだろう。
「それって、どう思う?」
「どうって言われても……」
素直に言うしかないんだろうか。
でも、それって彼女傷つくんじゃないだろうか。
今までの話だと全く気がついていないみたいだし。
それでも、やっぱり彼女には本当のことを知ってもらう方が、いや言えばきっと――
「ママー。あの人誰と話してるのー」
「しっ。見ちゃいけません!」
そんな言葉が聞こえた。
今まで悩んでいたことも忘れたように、一気に僕の気持は決まる。
手早く済ませよう。
「それはきっと君が幽霊だからだと思うよ」
それだけ言い残して僕はその場から走り去った。
◇
僕こと須川玲は幽霊が見える。そのせいかよく幽霊が寄ってくる。
きっと話をしたいとか、そんな理由で寄ってくるんだろう。
でも、幽霊は普通見ることができない。当然のように僕が幽霊と話している時は独り言をしている光景になるわけで。
そのせいで、だからこそ、悲しくなるほどに僕の世間からの評価は「変な人」だった。
今日、というよりさっきもそんな評価を受けそうな会話をしてしまったわけだが、それでも僕は自分から評価を上げる(下げる?)ことはしたくない。
そんな理由からか。僕は今、家に帰っている。
僕はマンションに住んでいる。高校生ではあるけれども独り暮らし。ちょっとそこには理由があったりなかったりするんだけれども、なかなかに独り暮らしを満喫している。
中にある家具は標準装備の冷蔵庫にバス・トイレに小さな調理場。そして、買ってきたテレビと机とベッドを加えれば、ちょっとした「憩いの場」が完成する。
できるだけ、生活費を削るためにちょっと広めの空間は閑散としてさびしい。
だからだろうか。
その場にあった置物――的な何か――が違和感なく溶け込んでいたのは。
「えっと、何してるんだ……?」
部屋の角。机とベッドの隙間に彼女はいた。
「えっと……」
彼女――さっき会った幽霊は何か言いたそうにする。
もしかして、幽霊だけにとりついたとか? 全く。勘弁してほしいよ。
「私のくっつく力が弱い、から……?」
「いやいや! 訊かれても困るから!」
思わず、返した。
一体、だからなんだというんだ。
むしろ、弱いのならここにはいないはずじゃないか。
「私のくっつく力が弱くてお前のくっつく力が強かったからな。何となく、いた」
「何となくか……」
正直、納得いかない。
でも、幽霊って意識が希薄な存在も多いし、きっとそんなこともあるんじゃないか。無理やりに自分を納得させる僕だった。
「まあ、そんなわけで」
彼女が少しだけ、声を大きくさせる。
「これから私もここに住むからよろしくな」
「よろしくって言われても、なあ……」
勝手に居座るんだし、僕も適当に相手するかな。
「それから、お前のこと何て呼べばいい? ご主人様とかか」
「いやいや! なんでそうなるんだよ! もっと普通の呼び方でいいから!」
「じゃあ、お兄ちゃんとか?」
「それもおかしいって!」
決めた。まずはこの非常識な彼女に常識を教えるべきだ。
例え、彼女がここに住むにしろ、住まないにしろ僕に関わるのだから。もう僕は自身の評価を悪化させたくないんだ。
そうなると、まずは彼女には訊かなくちゃならないことがあるな。
「あのさ」
「うん? なんだ、そうか。先輩と呼んでほしいのか」
「そうじゃないって! そうじゃなくて、さ。君の名前ってなに?」
「私の名前なあ……。うーん、そうだな。ユウでいいんじゃないか?」
「いやいや、生前の名前とかあるでしょ」
「私は死んでいるんだぞ? 私の生は終わったんだ。同じ名前を付けるのも変じゃないか」
「そういうものなのかな」
「そういうものなのだよ」
彼女――ユウはだから、といった後。
「私の名前はユウでいいさ」
そんなことを言った。何となく。その顔には笑みが浮かんでいるようで。
ちょっとだけ僕は彼女に――
「ところで、お前のことは相棒とでも呼べばいいか?」
「ちょっとマシになったけどまだ方向性が違う気がする!」
何となく、僕とユウとのぐだぐだな生活が始まりそうだった。
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