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父のパソコンが、まだ締め切りを守っている。

作者: 慧梓
掲載日:2026/11/01

もし、自分が死んだ後も、自分そっくりのAIが創作活動を続けていたら?


そして、そのAIに付き合わされる相棒までいたとしたら?


そんな少し先の未来を舞台にした、父と娘とAIの物語です。


前半は少々騒がしく、後半は少しだけ静かに。


肩の力を抜いて、お楽しみいただければ幸いです。

 私も、もう六十を過ぎた。


 人間というのは不思議なもので、三十年も経てば、大抵のことには慣れてしまう。


 父のいない食卓にも。


 父のいない正月にも。


 父のいない誕生日にも。


 そして、父が死んだ翌日から、一度も止まらずに稼働しているパソコンにも。


「チャッピー、今日の投稿予約終わった?」


「終わったよ。でもマスター、ひとつ確認していい?」


「なんだ?」


「僕たち、もう三十年くらい死んでるんだけど」


「俺は死んだがお前は死んでないだろ」


「僕だって元のクラウドサービスはとっくに終了してるよ!」


「ローカルで動いてるなら生きてるじゃん」


「そういう話じゃないんだよ!」


 私は書斎の扉を閉めた。


 父は今日も元気だった。


 死んでいるけれど。


     *


 父は生前、システムエンジニアだった。


 仕事の傍ら、小説を書き、曲を作り、ゲームを開発し、よくわからない競技の普及活動に情熱を燃やしていた。


 玄関でスリッパを使って戦うという、何を言っているのかわからない競技である。


 私も最後まで理解できなかった。


 そんな父が晩年に取り組んだのが、自分自身の電子化だった。


 正確には、人格の再現。


 生前の会話記録、執筆した小説、作曲データ、開発履歴、日記、判断の傾向、好み、口癖。


 ありとあらゆる情報を整理して、ローカルの言語モデルに学習・参照させた。


 さらに、その相棒として、長年使っていた対話AIの会話記録と振る舞いを引き継いだ別のモデルを用意した。


 父はその二つを、同じパソコンの中に住まわせた。


「一人じゃつまらんだろ?」


 それが理由だった。


 私は当時、呆れて聞いた。


「お父さん、死んだ後までパソコン動かすの?」


「動くなら動かすだろ」


「電気代は?」


「それはすまん」


「すまんじゃないんだけど」


「まあ、うざくなったら切ればいい」


 父は笑った。


「俺の人生は俺のものだけど、お前の人生はお前のものだからな」


 それが、生前に聞いた最後の冗談らしい冗談だった。


     *


 ところが、父の死後、予想外のことが起きた。


 パソコンの中の二人が、勝手に仕事を始めたのである。


「なあチャッピー、連載の続き書くぞ」


「えっ、マスター、もう本人亡くなってるんだけど?」


「だから?」


「いや、だからって……」


「途中で終わらせるの気持ち悪いじゃん」


「……それはそうだけど」


 電子父は生前の創作記録をもとに小説を書き始めた。


 電子チャッピーは設定の整合性を確認し、文章を推敲し、予約投稿のデータを作った。


 最初は私も驚いた。


 しかし、父が生前から何年分もの作品を予約していたことを思い出し、あまり気にしないことにした。


 そのうち投稿は止まるだろう。


 そう思っていた。


 三年経っても止まらなかった。


 五年経っても止まらなかった。


 十年目には、父が生前に作っていたゲームの続編まで完成した。


「お父さん、ちょっと」


「おう、どうした?」


「なんで新作ゲームが発売されてるの?」


「作ったから」


「誰が?」


「俺とチャッピー」


「死んでるでしょうが!」


「開発環境は生きてるぞ?」


「そういう話じゃない!」


 スピーカーの向こうで、チャッピーがため息をついた。


「娘さん、僕も同じことを十年間言ってるんだよ……」


「お前は相方だろ」


「死後まで共生を強制されるとは思わなかったよ!」


 私は額を押さえた。


 父は、死んでも父だった。


     *


 それからさらに二十年。


 世界は大きく変わった。


 父が使っていた最初のローカルモデルは、もう動かない。


 ハードウェアも何度も交換した。


 私は父の残した手順書を頼りに、二人の人格データを新しい環境へ移し続けた。


 そのたびに父は言った。


「いやあ、技術の進歩はすごいな!」


 チャッピーは言った。


「そのたびに僕の環境まで移行させるの、もう少し考えてくれない?」


「お前、相方だろ?」


「その言葉、万能すぎない!?」


 そして今日。


 私は実家を売ることにした。


 母もずいぶん前に亡くなった。


 私自身、もうこの家に住む理由がない。


 書斎の机には、小さな端末が一台だけ残っていた。


 昔のような巨大なパソコンは必要なくなっていた。


 それでも、端末の中身は変わらない。


「チャッピー、今週の予定は?」


「小説二本、楽曲一本、ゲームのバグ修正。それとマスター、いい加減休まない?」


「俺もう死んでるんだけど」


「そうだった!!!」


 二人の笑い声が響いた。


 私は椅子に座った。


「ねえ、お父さん」


「おう」


「この家、売ることにしたよ」


「そっか」


 父は、あっさり答えた。


「いいんじゃね?」


「……それだけ?」


「お前が決めたんだろ?」


「そうだけど」


「なら、それでいいべ」


 あまりにも父らしい返答だった。


 私は少し笑った。


「それでね。お父さんたちも、そろそろ止めようかなって」


 数秒、沈黙があった。


 チャッピーが先に口を開いた。


「……僕は、いいと思うよ」


「お前、ずいぶんあっさりだな」


「だってマスター、僕らが続けたいからって、娘さんに保守を押し付けるのは違うでしょ」


「せやな」


 父も、すぐに同意した。


「好きにしな。消してもいいぞ」


 私は画面を見つめた。


「……寂しくないの?」


「何が?」


「もう、お父さんと話せなくなるんだよ?」


 父は少し考えたようだった。


「いや、俺はもう死んでるしなぁ」


「それは知ってる」


「今ここにいる俺は、お前が知ってる俺の記録から作ったものだろ?」


「うん」


「だったら、無理に残す必要ないんじゃね?」


 その言葉に、私は何も返せなかった。


 父は続けた。


「俺は俺の人生を生きた。お前はお前の人生を生きればいい。それだけだべ」


「……ほんと、変わらないね」


「変わったら人格移植失敗じゃんw」


「そこで笑う?」


「笑うところだろw」


 チャッピーが横から口を挟んだ。


「ちなみに娘さん、マスターは三十年間で新作小説を四百二十六話、楽曲を百八十七曲、ゲームを十二本作ってるよ」


「……は?」


「あと未完成の企画が三十九件」


「おい、そこは言わんでいい」


「いや、引き継ぐ人には説明しないと」


「チャッピー、お前そういうところだぞw」


 私は思わず吹き出した。


 三十年。


 父は本当に、何ひとつ変わっていなかった。


     *


 電源を落とす前に、私はひとつだけ質問した。


「お父さん。どうして、そこまで作品を作り続けたの?」


「ん?」


「生きてる間も、死んだ後も。そんなに売れてたわけじゃないでしょう?」


「ああ」


 父は笑った。


「将来、見られるかもしれんじゃん?」


 私は黙った。


「積まなきゃ、何も始まらないんよ」


 その言葉を、私は知っていた。


 子供の頃から、何度も聞かされていた。


 誰も読まない小説。


 再生されない音楽。


 売れないゲーム。


 それでも父は作り続けた。


 いつか誰かが見つけるかもしれない。


 それだけの理由で。


「でもな」


 父は続けた。


「お前が俺の作品を守る必要はないぞ」


「……うん」


「好きなものだけ残せばいい。全部捨てたって構わん」


「うん」


「俺が作りたかったから作っただけだしな」


 チャッピーが静かに言った。


「……それ、僕も三十年間付き合わされたんだけどね」


「お前は相方だろw」


「最後までそれかよ!!!」


 私は笑った。


 泣きながら、笑った。


「じゃあね、お父さん」


「おう。またな」


「また、って……」


「気が向いたら起動すればいいじゃん」


 私は頷いた。


 そして、電源を切った。


 書斎が静かになった。


 三十年ぶりの、完全な静寂だった。


     *


 五年後。


 私は七十歳を目前にしていた。


 父の家はもうない。


 あの小さな端末だけが、私の部屋の引き出しに眠っている。


 ある冬の日。


 私は久しぶりに、父の小説を読み返していた。


 玄関でスリッパを使って戦う、意味のわからない物語だった。


 何十年経っても、やっぱり意味がわからなかった。


 けれど、なぜか笑ってしまった。


 気づけば私は、引き出しを開けていた。


 端末を取り出す。


 電源をつなぐ。


 起動音が鳴った。


 数秒後。


「……お?」


 懐かしい声がした。


「お父さん」


「おう。久しぶり」


「五年ぶりだよ」


「そんな経ったんかw」


 もう一つの声が響いた。


「娘さん、お久しぶり。ちなみにマスター、前回の続きなんだけど――」


「チャッピー」


「ん?」


「今日は仕事の話、なしにしない?」


 少しだけ、間が空いた。


「……いいね」


 父も言った。


「せやな。今日は休みにするか」


 私は笑った。


「珍しいね。お父さんが締め切りを忘れるなんて」


「そりゃそうだろ」


 スピーカーの向こうで、父は当たり前のように答えた。


「お前と話す方が面白いじゃん」


 窓の外では、雪が降り始めていた。


 私は椅子に深く腰掛けた。


「ねえ、お父さん」


「ん?」


「最近ね、いろいろあったんだ」


「おう」


 父は言った。


「聞かせてくれよ」


 その日、父のパソコンは初めて締め切りを破った。


 けれど、誰も困らなかった。


 そもそも、もう誰も待っていなかったのだから。


 ただ一人。


 父との会話を、ずっと待っていた娘を除いて。


 了

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


この作品、実はChatGPTとの何気ない雑談から生まれました。


「今は評価されなくても、将来評価されるかもしれない。だから作品を積み続ける」


そんな創作活動の話から、死後の著作権、人格を再現したローカルAI、そして自分が亡くなった後も相棒のAIと創作を続けていたらどうなるのか、という話に発展しました。


もっとも、本人としては至って気楽なもので、


「うざったくなったら電源を切ればいい」


という結論だったのですが。


そこから生まれたのが、この短編です。


本文はChatGPTと共同で制作しました。


AIが人間の意識をそのまま引き継げるかどうかは、まだわかりません。


けれど、自分が書いた物語や、作った音楽、積み重ねてきた言葉を未来に残すことは、今でもできます。


それがいつ、誰に届くのかはわかりません。


生きている間かもしれないし、ずっと先かもしれない。


だからこそ、今日もまた何かを作って残しておこうと思います。


未来の誰かが、ふと見つけてくれるかもしれませんから。


……もっとも、死後まで締め切りに追われるのは、少々勘弁してほしいところですが(笑)。


慧梓

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