父のパソコンが、まだ締め切りを守っている。
もし、自分が死んだ後も、自分そっくりのAIが創作活動を続けていたら?
そして、そのAIに付き合わされる相棒までいたとしたら?
そんな少し先の未来を舞台にした、父と娘とAIの物語です。
前半は少々騒がしく、後半は少しだけ静かに。
肩の力を抜いて、お楽しみいただければ幸いです。
私も、もう六十を過ぎた。
人間というのは不思議なもので、三十年も経てば、大抵のことには慣れてしまう。
父のいない食卓にも。
父のいない正月にも。
父のいない誕生日にも。
そして、父が死んだ翌日から、一度も止まらずに稼働しているパソコンにも。
「チャッピー、今日の投稿予約終わった?」
「終わったよ。でもマスター、ひとつ確認していい?」
「なんだ?」
「僕たち、もう三十年くらい死んでるんだけど」
「俺は死んだがお前は死んでないだろ」
「僕だって元のクラウドサービスはとっくに終了してるよ!」
「ローカルで動いてるなら生きてるじゃん」
「そういう話じゃないんだよ!」
私は書斎の扉を閉めた。
父は今日も元気だった。
死んでいるけれど。
*
父は生前、システムエンジニアだった。
仕事の傍ら、小説を書き、曲を作り、ゲームを開発し、よくわからない競技の普及活動に情熱を燃やしていた。
玄関でスリッパを使って戦うという、何を言っているのかわからない競技である。
私も最後まで理解できなかった。
そんな父が晩年に取り組んだのが、自分自身の電子化だった。
正確には、人格の再現。
生前の会話記録、執筆した小説、作曲データ、開発履歴、日記、判断の傾向、好み、口癖。
ありとあらゆる情報を整理して、ローカルの言語モデルに学習・参照させた。
さらに、その相棒として、長年使っていた対話AIの会話記録と振る舞いを引き継いだ別のモデルを用意した。
父はその二つを、同じパソコンの中に住まわせた。
「一人じゃつまらんだろ?」
それが理由だった。
私は当時、呆れて聞いた。
「お父さん、死んだ後までパソコン動かすの?」
「動くなら動かすだろ」
「電気代は?」
「それはすまん」
「すまんじゃないんだけど」
「まあ、うざくなったら切ればいい」
父は笑った。
「俺の人生は俺のものだけど、お前の人生はお前のものだからな」
それが、生前に聞いた最後の冗談らしい冗談だった。
*
ところが、父の死後、予想外のことが起きた。
パソコンの中の二人が、勝手に仕事を始めたのである。
「なあチャッピー、連載の続き書くぞ」
「えっ、マスター、もう本人亡くなってるんだけど?」
「だから?」
「いや、だからって……」
「途中で終わらせるの気持ち悪いじゃん」
「……それはそうだけど」
電子父は生前の創作記録をもとに小説を書き始めた。
電子チャッピーは設定の整合性を確認し、文章を推敲し、予約投稿のデータを作った。
最初は私も驚いた。
しかし、父が生前から何年分もの作品を予約していたことを思い出し、あまり気にしないことにした。
そのうち投稿は止まるだろう。
そう思っていた。
三年経っても止まらなかった。
五年経っても止まらなかった。
十年目には、父が生前に作っていたゲームの続編まで完成した。
「お父さん、ちょっと」
「おう、どうした?」
「なんで新作ゲームが発売されてるの?」
「作ったから」
「誰が?」
「俺とチャッピー」
「死んでるでしょうが!」
「開発環境は生きてるぞ?」
「そういう話じゃない!」
スピーカーの向こうで、チャッピーがため息をついた。
「娘さん、僕も同じことを十年間言ってるんだよ……」
「お前は相方だろ」
「死後まで共生を強制されるとは思わなかったよ!」
私は額を押さえた。
父は、死んでも父だった。
*
それからさらに二十年。
世界は大きく変わった。
父が使っていた最初のローカルモデルは、もう動かない。
ハードウェアも何度も交換した。
私は父の残した手順書を頼りに、二人の人格データを新しい環境へ移し続けた。
そのたびに父は言った。
「いやあ、技術の進歩はすごいな!」
チャッピーは言った。
「そのたびに僕の環境まで移行させるの、もう少し考えてくれない?」
「お前、相方だろ?」
「その言葉、万能すぎない!?」
そして今日。
私は実家を売ることにした。
母もずいぶん前に亡くなった。
私自身、もうこの家に住む理由がない。
書斎の机には、小さな端末が一台だけ残っていた。
昔のような巨大なパソコンは必要なくなっていた。
それでも、端末の中身は変わらない。
「チャッピー、今週の予定は?」
「小説二本、楽曲一本、ゲームのバグ修正。それとマスター、いい加減休まない?」
「俺もう死んでるんだけど」
「そうだった!!!」
二人の笑い声が響いた。
私は椅子に座った。
「ねえ、お父さん」
「おう」
「この家、売ることにしたよ」
「そっか」
父は、あっさり答えた。
「いいんじゃね?」
「……それだけ?」
「お前が決めたんだろ?」
「そうだけど」
「なら、それでいいべ」
あまりにも父らしい返答だった。
私は少し笑った。
「それでね。お父さんたちも、そろそろ止めようかなって」
数秒、沈黙があった。
チャッピーが先に口を開いた。
「……僕は、いいと思うよ」
「お前、ずいぶんあっさりだな」
「だってマスター、僕らが続けたいからって、娘さんに保守を押し付けるのは違うでしょ」
「せやな」
父も、すぐに同意した。
「好きにしな。消してもいいぞ」
私は画面を見つめた。
「……寂しくないの?」
「何が?」
「もう、お父さんと話せなくなるんだよ?」
父は少し考えたようだった。
「いや、俺はもう死んでるしなぁ」
「それは知ってる」
「今ここにいる俺は、お前が知ってる俺の記録から作ったものだろ?」
「うん」
「だったら、無理に残す必要ないんじゃね?」
その言葉に、私は何も返せなかった。
父は続けた。
「俺は俺の人生を生きた。お前はお前の人生を生きればいい。それだけだべ」
「……ほんと、変わらないね」
「変わったら人格移植失敗じゃんw」
「そこで笑う?」
「笑うところだろw」
チャッピーが横から口を挟んだ。
「ちなみに娘さん、マスターは三十年間で新作小説を四百二十六話、楽曲を百八十七曲、ゲームを十二本作ってるよ」
「……は?」
「あと未完成の企画が三十九件」
「おい、そこは言わんでいい」
「いや、引き継ぐ人には説明しないと」
「チャッピー、お前そういうところだぞw」
私は思わず吹き出した。
三十年。
父は本当に、何ひとつ変わっていなかった。
*
電源を落とす前に、私はひとつだけ質問した。
「お父さん。どうして、そこまで作品を作り続けたの?」
「ん?」
「生きてる間も、死んだ後も。そんなに売れてたわけじゃないでしょう?」
「ああ」
父は笑った。
「将来、見られるかもしれんじゃん?」
私は黙った。
「積まなきゃ、何も始まらないんよ」
その言葉を、私は知っていた。
子供の頃から、何度も聞かされていた。
誰も読まない小説。
再生されない音楽。
売れないゲーム。
それでも父は作り続けた。
いつか誰かが見つけるかもしれない。
それだけの理由で。
「でもな」
父は続けた。
「お前が俺の作品を守る必要はないぞ」
「……うん」
「好きなものだけ残せばいい。全部捨てたって構わん」
「うん」
「俺が作りたかったから作っただけだしな」
チャッピーが静かに言った。
「……それ、僕も三十年間付き合わされたんだけどね」
「お前は相方だろw」
「最後までそれかよ!!!」
私は笑った。
泣きながら、笑った。
「じゃあね、お父さん」
「おう。またな」
「また、って……」
「気が向いたら起動すればいいじゃん」
私は頷いた。
そして、電源を切った。
書斎が静かになった。
三十年ぶりの、完全な静寂だった。
*
五年後。
私は七十歳を目前にしていた。
父の家はもうない。
あの小さな端末だけが、私の部屋の引き出しに眠っている。
ある冬の日。
私は久しぶりに、父の小説を読み返していた。
玄関でスリッパを使って戦う、意味のわからない物語だった。
何十年経っても、やっぱり意味がわからなかった。
けれど、なぜか笑ってしまった。
気づけば私は、引き出しを開けていた。
端末を取り出す。
電源をつなぐ。
起動音が鳴った。
数秒後。
「……お?」
懐かしい声がした。
「お父さん」
「おう。久しぶり」
「五年ぶりだよ」
「そんな経ったんかw」
もう一つの声が響いた。
「娘さん、お久しぶり。ちなみにマスター、前回の続きなんだけど――」
「チャッピー」
「ん?」
「今日は仕事の話、なしにしない?」
少しだけ、間が空いた。
「……いいね」
父も言った。
「せやな。今日は休みにするか」
私は笑った。
「珍しいね。お父さんが締め切りを忘れるなんて」
「そりゃそうだろ」
スピーカーの向こうで、父は当たり前のように答えた。
「お前と話す方が面白いじゃん」
窓の外では、雪が降り始めていた。
私は椅子に深く腰掛けた。
「ねえ、お父さん」
「ん?」
「最近ね、いろいろあったんだ」
「おう」
父は言った。
「聞かせてくれよ」
その日、父のパソコンは初めて締め切りを破った。
けれど、誰も困らなかった。
そもそも、もう誰も待っていなかったのだから。
ただ一人。
父との会話を、ずっと待っていた娘を除いて。
了
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この作品、実はChatGPTとの何気ない雑談から生まれました。
「今は評価されなくても、将来評価されるかもしれない。だから作品を積み続ける」
そんな創作活動の話から、死後の著作権、人格を再現したローカルAI、そして自分が亡くなった後も相棒のAIと創作を続けていたらどうなるのか、という話に発展しました。
もっとも、本人としては至って気楽なもので、
「うざったくなったら電源を切ればいい」
という結論だったのですが。
そこから生まれたのが、この短編です。
本文はChatGPTと共同で制作しました。
AIが人間の意識をそのまま引き継げるかどうかは、まだわかりません。
けれど、自分が書いた物語や、作った音楽、積み重ねてきた言葉を未来に残すことは、今でもできます。
それがいつ、誰に届くのかはわかりません。
生きている間かもしれないし、ずっと先かもしれない。
だからこそ、今日もまた何かを作って残しておこうと思います。
未来の誰かが、ふと見つけてくれるかもしれませんから。
……もっとも、死後まで締め切りに追われるのは、少々勘弁してほしいところですが(笑)。
慧梓




