第3話 違和感
再登録を終えたあと、金のない俺は、結局いつも通りの依頼を選んだ。
――北の森・薬草採取
採取対象:青葉草
数量:二十本
危険度:鉄級
青葉草は回復系ポーションの材料として使われる、ありふれた薬草だ。
葉を指で擦ると、独特の青臭い匂いが残る。
冒険者にとっては、危険も少なく、確実に金になる仕事――要するに、貧乏人の味方である。
冒険者ギルドのカウンターで、受付嬢のシーナに声をかけた。
「シーナさん。いつもの薬草採取を受けたいんだけど、いいかな」
「はい、もちろんです。気をつけてくださいね」
ゴブリンが出たら逃げる。
これが俺の基本方針だ。
命あっての冒険者。
無理をするほどの実力も、誇れる武勇伝もない。
鉄級は鉄級らしく、安全第一。それでいい。
北の森に足を踏み入れて、しばらくしたころだった。
「……重い」
思わず、そんな言葉が漏れた。
一歩踏み出すたびに、身体のどこかが引っかかる。
鎧が擦れる音がやけに大きく聞こえ、動きが鈍い。
「……こんなだったか?」
歩幅が合わない。
段差を越えるのにも、無意識に力を使っている。
木の根を避ける動作ひとつとっても、どこかぎこちない。
街中では気にならなかった違和感が、森に入ってはっきりと表に出た。
「……クソ」
青葉草を探して屈むたび、肩が突っ張る。
立ち上がると、今度は腰が引っかかる。
動くたびに、鎧が身体の動きについてこない。
「……最悪だな」
調子は明らかに悪かった。
いつもなら何でもない森の中が、妙に疲れる。
――そのときだった。
ガサッ、と茂みが揺れる。
低い位置を移動する足音。
「……来たか」
姿を現したのは、ゴブリン一体。
小柄な体格に、手に持つのは粗末な短剣。
逃げる――
そう判断して、背後に下がろうとした瞬間。
視界の端に、切り立った崖が映った。
「……ツいてねぇ」
この勾配では、登るのは無理だ。
回り込む余裕もない。
仕方なく、腰の剣を抜いた。
構えた瞬間、さらに違和感が強くなる。
「……重い」
腕を上げるだけで、妙な抵抗がある。
まるで、身体と装備が噛み合っていない。
次の瞬間、ゴブリンが飛びかかってきた。
「っ――!」
反射的に後ろへ下がろうとして、足がもつれる。
思ったより、動きが鈍い。
「チッ――!」
短剣が視界をかすめる。
紙一重で避けたが、胸元の防具が引っかかり、体勢が崩れた。
「……っ、クソ!」
男だった頃の感覚で動こうとすると、必ずどこかが遅れる。
肩が引っかかる。
腰が回らない。
踏み込みが浅い。
ゴブリンが、勝ち誇ったような顔で距離を詰めてくる。
「調子に……乗るな!」
力任せに剣を振る。
だが、剣先が逸れ、空を切った。
「――っ!」
腹部に衝撃。
短剣が防具に当たり、鈍い音が響く。
「ぐ……!」
致命傷ではない。
だが、息が詰まり、一瞬動きが止まった。
その瞬間、俺はようやく気づいた。
(……防具だ)
違和感の正体は、これだ。
重い。
合っていない。
身体の動きと、完全にズレている。
「……だったら」
違和感を無視し、無理やり踏み込む。
「うおおおっ!」
剣を、力任せに叩きつける。
雑だ。
技術もない。
だが――速かった。
ゴブリンの反応が、半拍遅れる。
剣が当たる。
軽い手応え。
ゴブリンは、そのまま倒れた。
ゴブリン討伐は、報酬としては雀の涙程度だ。
それでも、証明用の耳はきちんと回収する。
袋にそれを収めながら、俺は確信する。
「……剣と防具、替えないとな」
「ただでさえない俺の貯金が……余計なくなるな」




