第2話 冒険者登録
応接室には、すでに一人の男が待っていた。
白髪混じりの短髪に、鍛え上げられた体。無駄のない立ち姿から、現場を知る者特有の圧が静かに滲み出ている。
「……君が、レオンだと名乗っている人物か」
落ち着いた、低い声。
「そうだ」
「私はハロルド。この街の冒険者ギルド長だ。現役時代は、この街を中心に活動していた。元・銀級だ」
銀級――冒険者の中でも、十分にベテランと呼ばれる階級。 “元”とはいえ、今でもそこらの冒険者とは格が違うのは、一目で分かった。
「正直に言えば、君と深い面識があるわけじゃない」
そう前置きしてから、ハロルドは続ける。
「顔を見ただけで、本人だと断言はできん。ただ――」
一瞬、視線が俺の動きに向く。
「話し方や癖が、本人に似ているという報告は受けている」
「ああ。冒険者カードも、本物だ」
ハロルドは短く息を吐いた。
「……それでも確認は必要だ。これは私個人の疑いではない」 「ギルド長としての責任だ」
そう言って、受付嬢へ目配せする。
「あれを持ってきてくれ」
運び込まれたのは、台座に固定された石製の魔道具だった。表面には、細かな魔法陣が幾重にも刻まれている。
「《個人識別機》だ。これに触れてもらう」
「受付にあったやつとは違うのか?」
「あれは簡易型だ。これは、より詳細な照合ができる」
「なるほど」
「とりあえずここに手を置いてくれ」
俺は指さされた部分に手を伸ばした。
瞬間、淡い光が走る。
――そして、何事もなかったかのように光は消えた。
「犯罪歴も、指名手配もなし。
そもそも―― 一致する身体情報が存在しない」
犯罪歴がないのは当然だ。
そもそも、“今の俺”に対応するデータそのものが存在しないのだから。
ハロルドは目を閉じ、短く息を吐き、何かを考えるように腕を組んだ。
「君の身元を証明できない以上、ギルドとして冒険者登録はできない」
ハロルドは、はっきりとそう言った。
「これは規則だ。私個人の判断ではどうにもならん」
そう言われて、俺は肩をすくめる。
「だが」
ハロルドは、そこで言葉を切った。
「方法がないわけじゃない」
その一言に、俺は顔を上げる。
「現在の身体情報で、新規登録を行う」 「つまり――今の姿のまま、別人として冒険者になるということだ」
「当然、ランクも鉄級からだ」
鉄級。 冒険者ランクの最下位。
……とはいえ、文句は言えない。
元々の俺は銅級止まりだった。 ゴブリン相手にも手こずることがある実力だ。 新規登録できるだけ、まだマシだろう。
「ああ、それで頼む」
俺は即答した。
「そうか、分かった。それでまず、新規登録にあたってだが、名前はどうする?」
そう聞かれて、俺は一瞬だけ考えた。
本名は使えない。 かといって、深く考えるほどの余裕もない。
視線を逸らし、適当に口を開く。
「……レナ」
「レナ?」
「今、思いついた」
ハロルドは一瞬だけ眉を動かしたが、特に突っ込むことはなかった。
「分かった。では、登録名はレナだな?」
そう言って、机の上の書類にペンを走らせる。
「これは特例だ」「身元が判明した場合、登録は即時見直される」 「それでもいいな?」
「ああ」
どうせ、元に戻るまでの仮の姿だ。 問題はない。
ハロルドは短く頷いた。
「では――ようこそ、冒険者ギルドへ」
鉄級冒険者 レナ。 こうして俺は、名前も立場も変えて、もう一度冒険者としての一歩を踏み出すことになった。
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