第8話 魔王、和解する
「鬼頭先輩は学校の備品を壊してしまった償いの意味も込めて、一生懸命ボランティアに取り組んでいます。そろそろ許してあげてもいいんじゃないですか? 桃田先輩」
「…………」
私と魔理沙と龍之介、そして桃田の四人は今、河川敷で一人ゴミ拾いに勤しんでいる鬼頭を土手の上から見下ろしていた。
ほんの数十分前までは、私たちも含めてクリーン作戦に参加していた。他の参加者が帰った今も鬼頭一人で活動しているのは、桃田にその姿を見せつけるためである。だからまあ、半分は演技みたいなものだ。
「ほら、見てくださいよ。鬼頭先輩、地元の人たちとすっかり仲良くなっています」
「…………」
私はボランティアの参加者と一緒に撮った集合写真を見せた。
それらを険しい顔のまま眺める桃田。
見終わった後の返答には、深いため息が混じっていた。
「それで、瀬良君は何が言いたいんだ?」
桃田がチラリと龍之介を一瞥した。あれだけ警告したのにまだ交友を続けているのか、とでも言っているかのよう。呆れられるのは目に見えていたので、龍之介には何も喋るなと事前に釘を刺しておいた。
「鬼頭先輩を模範的な生徒であると認めてあげてほしいんです。そりゃあ不可抗力で物を壊すこともあるし、あの体格なので他の生徒に威圧感を与えることもあると思います。でも、決して粗暴な人ではないと知ってほしいんです」
「私が認めるまでもなく、ボランティアに従事する姿勢は立派なことだろう。称賛に値する。それで?」
「それで、って……」
あまりに淡白な反応に、私は困惑してしまった。
称賛するとまで言うのなら、鬼頭に対する態度を改めようとかならないのか? 今後は人前で怒鳴るのを控えようとはならないのか?
桃田の考えが分からず、思わず口ごもってしまう。
「もう一度言うが、キミたちの行いは本当に素晴らしいものだ。誰が認める認めない関係なく誇っていい。だがそれはあくまで課外活動でのこと。学校生活とは何も関係がない」
「ですから鬼頭先輩が立派な人物だと知っていれば、必要以上に目くじらを立てなくてもいいでしょう?」
「外では良い顔をする奴が家ではDV三昧。よくある話だ」
「なっ――」
さすがに耳を疑った。
投げられた言葉を頭の中で反芻することで、血の巡りが良くなっていく。
「鬼頭は別に暴力を振るってるわけじゃない!」
「やめろ。あんたがキレてどうする」
桃田に向かって一歩踏み出すと、後ろから龍之介に肩を掴まれた。
同志に窘められ、少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
「……そうだな。今の例えは行き過ぎた表現だった。反省する」
なんだこの女、おちょくってるのか?
「だがニュアンスとして分かってくれ。学校内の鬼頭と、学校外の鬼頭。そこには何の関連性もない。鬼頭が学外でどれだけ善い行いをしようと、学校内での奴に対する私の態度は変わらない」
「…………」
完全に話が平行線だ。というか認識がズレている。
私は、鬼頭が優しい心の持ち主だと分かれば桃田も認識を改めると思った。
対して桃田は、鬼頭がどんな心の持ち主でも関係がないと言う。
どうしてここまで考え方に違いがあるのだろう。
「前にも言っただろう? 鬼頭はその体格と過去の暴力事件のせいで恐れられているんだ。目に見えない心なんて物を論じたところで、他の生徒の抱く恐怖心が薄れるわけでもない」
言い返せず、私は悔しさから歯を噛みしめた。
いや、言いたい言葉ならたくさんあった。だが想像してしまったのだ。仮に世界を恐怖のどん底に叩き落とした魔王が改心し、人間に対して善い行いをしたとして、果たして彼らの恐怖心は無くなるのか、と。
無くなるわけがない。むしろ何か裏があるのかと勘繰ってしまい、疑心暗鬼というさらなる恐怖心を植え付けられるかもしれない。
魔王の心と人間の心。両方持っている私だからこそ、理解できてしまった。
「じゃあ桃田先輩は、どうあっても鬼頭に対する態度を改めたりはしない。そう言っているのですね?」
「そうだな」
ある意味《勇者》と《魔王》がことごとく敵対する理由を垣間見た気がした。
考え方が根本から違う。見ている方向が違う。これでは話し合いもままならない。
やはり相互理解は無理なのか? と諦めかけた、その時だった。
「オラァ! 見つけたぞ『地獄の腕』! 覚悟しとけやテメェ!!!」
非常に不細工な金切り声が河川敷に響き渡った。
見れば、どう好意的に受け止めてもまともな人間とは思えないチンピラの群れが、河川敷の向こうから歩いてくる。数はおよそ二十人ほど。そのほとんどが金属バットや木刀を手にしていた。
「あ、アイツ……」
声を張り上げた先頭のチンピラには見覚えがあった。
募金活動の時、魔理沙をナンパしてきた奴だ。
鬼頭はゴミ拾いをやめ、無言のままチンピラの前に立ちはだかった。
「ほら、見なさい。鬼頭はその存在だけで悪い奴を引き付ける」
「別に鬼頭のせいってわけじゃ……」
「そんなことは分かっている。鬼頭には何の責任もない。でも、そういうものなんだ」
そう私たちに諭した桃田が、意外にも前に乗り出した。
「ちょ、ちょっと。どこへ行くんですか?」
「鬼頭はうちの生徒だろう。生徒が悪そうな連中に絡まれているんだ。風紀委員として見過ごすわけにはいかない」
「見過ごすわけにはいかないって……」
唖然としている間にも、桃田は土手を降りて行ってしまった。
女一人が加勢したからといって、何が変わるというんだ。助けるって言うんなら、ここは警察でも呼ぶべきなんじゃないか?
「なんだ? 喧嘩なら俺様も行くぜ?」
「お前は少し待て。話がややこしくなる」
意気揚々と腕まくりする龍之介を慌てて引き留める。
そうしている間にも、桃田が鬼頭の横へと並んだ。
「ンだ? テメェ」
「私は鬼頭が通う高校の風紀委員だ。どうやら鬼頭に用があるみたいだが、一人に対してそんな大勢を引き連れてくるのは褒められた行為ではないな」
「あぁ!?」
「まずは何よりも話し合いだ。キミたちは、それほどの仲間を連れてこざるを得ない理由があったのかもしれない」
マジか。話し合いができる相手じゃないだろ。
二十人ものチンピラを前にしても、桃田はまったく臆していなかった。いつも鬼頭を叱る時のように、威風堂々とした立ち振る舞いである。
決して気圧されたわけでないにしろ、チンピラたちは突然の闖入者に空気を飲まれたようだ。耳をほじりながら、面倒くさそうに桃田の問いに答える。
「見りゃ分かんだろ。『地獄の腕』をボコりに来たんだよ」
「一方的に嬲るのか? 感心せんな。本来なら違法行為ではあるが、仮に一対一の決闘を申し込むと言うのであれば、私は目を瞑ろう」
「はぁ? バカか!? こんな巨人にサシで敵うわけねえだろ!」
「道理だな。では、キミたちがそうまでして鬼頭を襲う理由を訊きたい」
「俺のこと、忘れたわけじゃねえよなぁ? 『地獄の腕』さんよ」
チンピラが唐突に上着をはだけさせた。
その胸には大きな傷跡が。いや、手術痕か?
「三年前、テメェに殴られて病院送りにされた恨みをここで晴らしてやる。なんせ折れた肋骨が肺に刺さって、マジで死ぬかと思ったんだからよぉ!」
「……ああ」
やべ。あの顔は今思い出した顔だ。この前は知らないって言ってたもんな。
てかチンピラの方もよく生きてたな。どんな生命力だよ。
「話は聞いている。鬼頭は中学の時、他校の生徒を殴ったと言っていた。それがキミだってわけか」
「そうだ!」
ふん。結局はただの復讐か。しかも自分一人じゃ敵わないからって、大勢の仲間を引き連れやがって。くだらない。私が別の世界の魔王だったら、絶対に部下に欲しくない人材だな!
なんて私の妄想はさておき。
口元を押さえて思案顔だった桃田が、唐突に鬼頭を睨みつけた。
「ところで鬼頭。貴様、殴ってしまったことに対する謝罪はしたか?」
「…………」
桃田の場違いな問いに驚きつつも、鬼頭は律儀に首を横に振った。
「どうせ見舞いにも行っていないのだろう? ならばいい機会だ。この場で直接謝ってみてはどうだ?」
この発言には相手さんの方が納得できなかったらしい。
頭の血管の切れる音が、土手の上まで聞こえたような気がした。
「ッざけんな! 今さら謝ってどうにかなるわけねえだろ! お前は必ずぶっ殺す!」
チンピラが腕を上げて合図をする。
すると後ろに控えていた他の奴らが、手にしている長物を構えながら詰め寄ってきた。
「おい、待て!」
見知らぬ女の制止など聞くわけがない。
未だに話し合いでどうにかなると思っている桃田の前に、鬼頭が立ちはだかった。
「やめろ、鬼頭! 喧嘩はするな! 話し合え!」
「…………」
俊敏な動きで距離を詰めたチンピラが、鬼頭の脳天に向けて金属バットを振り下ろす。
不動の鬼頭は片腕で頭をガード。攻撃を阻まれた金属バットは、無残にも『ひ』の字に凹んでしまった。
続いて、木刀を持ったチンピラが鬼頭の首を目がけて矢のごとく突きを放つ。だが鬼頭はいとも簡単に片手でキャッチ。そのまま二本の凶器を力づくで奪い取り、川の方へと放り投げた。
「抵抗すんなや! おい!」
またもチンピラが後方に向けて叫んだ。
今度は突撃の合図ではなかった。チンピラの一人が小さな女の子を連れて現れたのだ。
「あっ、あの女の子は!?」
この展開には、思わず私も驚きの声を上げてしまった。
人質に取られているのは、いつもボランティアで目撃するあの女の子だったからだ。
当然、いきなり登場した少女に桃田も困惑する。
「おい鬼頭。なんだあの子は? 知り合いか!?」
「いや」
「テメェの知り合いかどうかなんて関係ねえ。その辺にいたガキを連れてきただけだ。テメェが抵抗するなら、コイツの骨を折るぜ!」
「卑怯者!」
「黙れ! 俺ぁな、豚箱に入ることになっても『地獄の腕』をぶっ殺さなきゃ気が済まねえんだよ!」
気が済まないじゃねえよ、私がお前をぶっ殺すぞコラ!
あんな可愛い女の子を巻き込むとか、人間のやることじゃない。ゴブリンにも劣る下等生物だ! いかん、私の方が今にもブチギレそうだ。
抵抗をやめた鬼頭が、桃田を庇うため押し倒してその上に覆い被さった。
好機と見たチンピラどもは、武器を持って一斉に襲い掛かる。
「やめろ、鬼頭! お前が危ない!」
「俺は大丈夫だ」
なわけない。いくら鬼頭とて、無抵抗で頭を殴られ続ければ、いつかは死ぬぞ!
「限界だな。俺様も加勢するぜ」
残虐な光景を一緒に見守っていた龍之介が上着を脱ぎ始めた。
期待はするが、しかし相手は武器を持った二十人のチンピラだ。それに人質のこともある。『銀龍』とまで呼ばれ恐れられた龍之介が加わっても、勝ち目があるかどうか。
止めるべきか、行かせるべきか。
迷っていたところ、意外にも魔理沙が待ったをかけた。
「龍之介さん。助けに入るのなら少々お待ちを。あなたの魔力を最大まで引き出せるようにします」
「魔力を?」
説明する時間も惜しいと言わんばかりに、魔理沙は龍之介の背中に手を当てた。
すると龍之介が驚いたように目を見開く。
「なんだこりゃ。身体の中から魔力が溢れ出てくるぞ?」
「概念体から切り離された時に付いてきた、微量の魔力を活性化させました。絶対的な魔力量は増えていませんが、眠っていた魔力を一時的にフルで使えるはずです」
「ちょちょちょ、ちょい待ち。なんで魔理沙はそんなことができるんだよ」
「私は《魔女》ですよ? 魔力の扱い方は誰よりも心得ています」
事もなげに言ってみせる魔理沙。
よくよく考えてみれば、確かにその通りだ。魔力操作は転生前から心得ている技術であり、今が人間の身体だとかは関係ない。そこに魔力さえ存在すれば簡単にできる。別に魔力を増加させたり、魔法に昇華させたりしたわけではないのだ。
「ってことは、俺様も多少は無茶できるってわけか」
龍之介が全身に力を込める。
突然、腕や頬に薄い鱗のような物が浮かび上がった。
「お前も!?」
「実感できるくらいの魔力が使えるわけだからな。つっても、これが限界だ。近距離で見ないと判別できない程度にしか変身できねえよ」
「魔理沙、私もお願い!」
「分かりました」
魔理沙の手が背中に触れるのと同時、体内の中にある何かが弾けた。
馴染みあるこの感覚は、間違いなく魔力だ。眠っていた魔力が今、全身を駆け巡っている。
これなら私も少しは戦えるはずだ。
「人質を取っている男の視力を奪います。合図をしたら突撃してください」
言うやいなや、魔理沙が虚空へと息を吹きかけた。
息はやがて風となり、空中に舞っていた塵を集めていく。そして男の元へと到達したのか、人質から手を放して目をこすり始めた。
「な、なんだ? 目にゴミが……」
「今です!」
龍之介が疾風のごとく勢いで土手を駆け降りる。私も転がるようにその背中を追う。
河川敷に降りてからは早かった。目にも止まらぬ速さで距離を詰めた龍之介が、人質を取っている男をワンパン。解放されてたたらを踏む女の子を、私が抱きしめる。
「大丈夫?」
「う、うん」
一目見た感じでは怪我らしい怪我はないようだ。一安心。
「鬼頭! 人質は保護したぞ!」
声を上げる。すると岩山が動いた。二メートルを超す大男が、のっそりと立ち上がる。
その時点で、すでに鬼頭への暴行は止まっていた。武器を持っているにもかかわらず、チンピラは自分たちを見下ろす《鬼》にしり込みしている。
拳を握る鬼頭。そのまま反撃するのかと思いきや、奴は何故か地面を殴りつけた。
それは人の業ではなかった。拳が衝突した場所を中心に、周囲数メートルの範囲で地割れが起きる。それはまさに稲妻が落ちたが如くの衝撃だった。
「一回だ」
チンピラたちを睨み上げる形になった鬼頭が、小さく警告する。
「一回だけ、俺はこの拳を人に向けて振るおう。だが一回でも振るった場合、俺は罪の意識に耐えかねて戦う気力を失うだろう。それ以上は抵抗するまい。お前たちの制裁を受け入れる」
言い換えれば、一人を生贄に捧げればいくらでも殴らせてやるということだ。
だがしかし、あんな威力の拳を食らってしまえば、上半身と下半身がおさらばするのは目に見えている。そこに待っているのは確実な死だ。
「さあ、誰が受ける?」
一発だけは必ず撃つ。鬼頭の目は、嘘偽りでないことを物語っていた。
どうやら世界一と称しても過言ではない鬼頭の拳を受ける度胸のある者はいなかったようだ。恐れ戦いたチンピラたちが、一人、また一人と震える足を酷使して逃げていく。
「お、おい、逃げんなやテメェら! 待て!」
恨み節で挑んできたチンピラが引き留めるも、残念ながら立ち止まる者はいない。
自分の命と引き換えに命令を聞けるほど、人望があったわけではないということだ。
慌てふためくチンピラの前に、鬼頭が立った。
「俺の一回は拳を振るうまで常に有効だ。もし覚悟が決まったら、また俺の元に来い」
「ひい」
情けない悲鳴を上げたと思えば、チンピラは脱兎のごとく逃げ出していた。
ふん、ざまあみろ! 可愛い女の子を巻き込んだ罰さぁ!
とはいえ、ほとんど怪我すら負わせずに撃退できてよかった。唯一龍之介にワンパンされた奴がめっちゃ苦しそうに腹を押さえて逃げてったけど、まあ大丈夫だろう。
チンピラたちの完全撤退により、場の空気が安堵に満ちる。
とそこへ、立ち上がった桃田が鬼頭の元へと歩み寄ってきた。
「すまない、鬼頭。今回ばかりは空気を読めず出しゃばりすぎてしまった。許してくれ」
「いや。お主が話し合いを提案しなければ、俺は手を出していたかもしれない。感謝する」
やり取りを聞いていた私の耳がピンと跳ねた。
「そうですよ、桃田先輩! 鬼頭はあれだけのチンピラ相手でも手を出さなかった。力はあるけど、決して暴力的な奴じゃないんです! 中学の頃の暴力事件だってそう。あれは自分のクラスの生徒があのチンピラに襲われてたから、反射的に助けただけなんです。事実、アイツが魔理沙を無理やり連れて行こうとしたところを私たちも目撃しました!」
「鬼頭が暴力に及んだ理由なら、私も知ってるよ」
「へ?」
知っていてもなお、暴力を肯定してはいけないと断言したのか? 他人を助けるためなのに? 当時の現場に居合わせたわけでもないのに、理想論だけ語るのはあまりに無責任じゃないか?
「違うんだ、瀬良君。私が鬼頭を気に掛ける理由はそうじゃない。そこじゃないんだ」
「?」
だったら何なのだ?
問い返そうとしたところで、鬼頭の身体が唐突に崩れた。「うぐぅ」と呻きながら、頭を押さえて膝をつく。
「おい鬼頭! 大丈夫か!?」
「待て瀬良君。頭を何度も殴られてるんだ。無暗に動かしちゃいけない」
「いや……少し眩暈がしただけだ」
心配させまいと、鬼頭は無理やりにも立ち上がる。
「そうは言っても、一度は病院で診てもらった方がいい。肩を貸すぞ」
「……すまない」
鬼頭に比べれば小さすぎる桃田の肩を借りて、二人は歩き出す。
いがみ合っていた二人が助け合う。《勇者》と《魔王》ならあり得ない光景だな。と、複雑な心境のまま黙って二人を見送ろうとしていたのだが、ふと鬼頭が足を止めた。そのまま肩越しに振り返る。
「せっかくの機会だ。この際だからセラマオ殿には話しておこう。桃田が俺に突っかかってくる理由、俺が桃田の小言に反論しない理由を」
「え?」
唐突な鬼頭の告白に思考がついていけず、思わず呆けた声を漏らしてしまった。
だがそれは桃田も同じだったよう。鬼頭の腕を回している肩がビクッと揺れる。
「目を見れば分かる。桃田の心にあるのは曇りなき正義だ。風紀委員として全校生徒を守らねばという意思を感じるが……無論、その中には俺も含まれている」
「鬼頭自身も?」
「多くの生徒が俺を恐れているのは事実だ。体格然り、過去の事件然り。馬鹿力で備品を壊す様も実際に目の当たりにしているのだからな。仮にこの力を以って暴れだしたら、誰にも止めることはできないだろう。生徒は皆、いつ飛んでくるかも分からない拳に恐怖している。だからこそ桃田は俺を必要以上に叱責するのだ。他の生徒を安心させるために」
「他の生徒を安心させるため? ……どういう意味だ?」
「俺に突っかかる桃田を見て、他の生徒はこう思うだろう。『ああ。鬼頭がブチギレるようなことがあれば、真っ先に矛先が向くのは桃田だ』と。桃田は普段からヘイトを集めるような言動をして、自らがスケープゴートになろうとしているのだ」
「なるほど、な……」
納得するのとともに、ちょっと無理筋なんじゃないかとも思った。
確かに鬼頭が暴れだせば最初に被害を被るのは桃田だ。だが同時に、他の生徒はこうも考えるはず。『鬼頭を無駄に煽るんじゃねえよ』と。
そう考えたところで、私はハッと気づいた。
だから鬼頭はスケープゴートという言葉を使ったのだ。他の生徒が桃田を疎ましく思えば、それだけ鬼頭に向けられる畏怖の念も和らげることができる。その言葉通り、自分を犠牲にすることで。
桃田は鬼頭をも守ろうとしている。その言葉が響いた。
「実際に桃田から言われたこともある。誰かを殴りたくなったら、まずは私の所へ来いとな。仮に俺から暴行を受けたとしても、桃田は誰にも告発しないだろう。滑って転んだとでも言うはずだ。暴力のせいで俺が停学や退学になってほしくないからな」
私を見下ろす鬼頭の表情が、少しだけ綻んだ。
「だから俺は反論しない。怒り出したりもしない。理不尽な叱責も甘んじて受け入れる。桃田が正義の心を持っている限りな」
「そうだったのか……」
知らなかったとはいえ、私も少しは反省しないといけないな。
単に言動がムカつくからというだけで、一方的に桃田が悪いと決めつけてしまっていた。そこにどんな事情があるのか、まったく考慮もせずにだ。そもそも転生してからは、私よりも二人の関係の方がはるかに長いというのに。
「そう落ち込むな、セラマオ殿。俺はセラマオ殿には言葉では表現できないほどの感謝をしているつもりだ」
「わ、私にか? 私は何もしてないぞ?」
「ボランティアで桃田をぎゃふんと言わせると提案したことだ。暴力よりも善行で相手を屈服させるという発想は見事だと思った。その考え方は、俺も見習いたいものだ」
「お、おう……」
こうも手放しで褒められるのは、どうもこそばゆくなってしまう。
なので照れ隠しをするため、言わなくてもいいことを言ってお茶を濁した。
「言っちゃ悪いが……二人とも不器用だな」
「否定はしない」
それには桃田が答えた。恐ろしいほど仏頂面で。
「そろそろ行くぞ、鬼頭」
「ああ。セラマオ殿、これからもよろしく頼む」
「もちろんだ!」
言い出しっぺは私なんだ。そう簡単に責任を放棄したりはしないさ!
とは思いつつも、桃田に連れられて行く鬼頭の背中を見ていると、少しばかり自信を失ってしまう。
「なんだかんだ言いつつ、あの二人は分かり合えてたんだよな。結局、一人空回りしてたのは私だけかぁ」
「その空回りのおかげで楽しめたんだから、別にいいんじゃねえか?」
万年ノー天気な龍之介が何か言ってやがる。
こちらと難しいお年頃なんじゃい。ちょっとは感傷に浸らせろや。
「で、あの子供のことなんだが……」
「あっ!」
しまった、すっかり忘れてた!
あれだけガラの悪いチンピラたちに囲まれていたのだ。とてつもなく恐ろしい体験だったに違いない。トラウマにならないよう、早くメンタルをケアしてあげないと。
「キミ、大丈夫かい!?」
「うん……」
俯いて手をもじもじさせているが、怯えている様子はない。
いや、心のことだから分からんぞ。後でフラッシュバックするかもしれないからな。
「おい、セラマオ。そうじゃなくてだな……」
「うるさい、龍之介は黙ってろ! ガルルルルルルル」
「なんでお前が《狼》みたいになってるんだよ」
呆れてる場合か! こっちは真剣なんだ!
「とりあえず、落ち着いてコイツを凝視してみろ」
「凝視?」
龍之介に言われ、私は眼力を強めて女の子をじっと見つめてみる。
だがしかし、私が何かを見ようとするまでもなかった。
女の子が「ん!」と声を上げて全身に力を入れる。すると小さな頭に獣の耳がぴょんと生えたのだった。




