第19話 魔王、戦う2
突如として世界が変わる。周囲の環境音が消え、私たち以外のすべての物体が色褪せ、人の気配が完全に無くなった。まるではっきりと意識を持ったまま夢の中へと迷い込んでしまったかのように、河川敷一帯が虚ろに染まってしまったようだ。
「『空白空間』の応用さ。現実と隔絶された空間をここら一帯に張り巡らせた。この中で何が起ころうとも誰も気づきやしないよ!」
言うやいなや、女神の身体が宙に浮いた。
「待て、逃げるな!」
「逃げる? はん、笑わせてくれる」
なに笑ってんだよ。こっちはお前のパンツなんて見ても面白くないっつーの!
「私は逃げないさ。女神は女神らしく、人間たちが争う様を高みから見物するだけだよ」
「は?」
意味が分からず呆けていると、川の付近に人の姿があるのを見つけた。
六人。様々な学校の制服を着た少年少女たちが、ゾンビのような足取りで歩いてくる。
「私が確保した《勇者》候補さ。少しばかり意識を奪って操らせてもらっている。お前らはこいつらに殺してもらうことにするよ!」
「ふざけるな! お前が下りて戦え、卑怯者め!」
自分の力がまだ戻りきっていないからって……汚い奴だ!
「瀬良君、どうする?」
「どうするもこうするも、あの人たちは操られてるだけだから手荒いことはできない。空に浮いてる女神の方を何とかしないと……」
とはいえ、今のところ手段は何も思いつかない。ひとまず《勇者》候補たちの襲撃を防ぎながら、女神を地面へ引きずり降ろす方法を考えるしかない。
だが再び《勇者》候補の方へ視線を向けた私は、驚愕の光景を目の当たりにする。
六人の《勇者》候補たちが掲げる両手の上には、自動車大の火球が作り上げられていたからだ。
「はあ!?」
そんなバカな! 魔力の扱い方を知っているのは女神が意識を操っているからだとしても、あれほど大きな魔法を発現できる魔力などあるはずがない。せいぜい指先からマッチ程度の火を灯すくらいだ。
まさかあの女神……。
いや、考えるのは後だ。あんなデカい火の球、どうやって防げばいいんだよ!
魔理沙から魔力を覚醒させられている今なら、私でも一つくらいはかき消せるだろう。だが連発されたり同時に放たれたりでもしたら……。
「ダメだ、逃げるぞ! 追尾性能が無いことを願ってタイミングよく躱せ!」
みんなに指示している間にも、六つの火球が隕石の如く頭上から降り注ぐ。
鬼頭は未だ膝をついている桃田に肩を貸し、私は寧々子ちゃんを抱きかかえる。火球が直撃しない逃走経路を一瞬で見極めなければ……。
しかし実際に足を動かす必要はなかった。火球が私たちの元へと到達する前に、まるで夜空に打ち上げられた花火のように爆発してしまったのだ。
その現象に最初に驚いたのは、空から全体を俯瞰している女神だった。
「な、何が起きた!?」
「お待たせしました」
女神の叫び声と重なって、私の横から聞き慣れた声が届く。
いつも通りのすまし顔で虚空に向けて手を伸ばしている魔理沙がいた。
「私自身、攻撃的な魔法を放てるほどの魔力はありませんが、密集した魔力を分散させる技術は健在です。魔法系の防御ならお任せを」
「魔理沙! ナイスタイミングだ!」
『空白空間』の中は時間の流れが遅い。おそらく外では十数分ほど経過していることだろう。地上に展開された『空白空間』を見て異常に気づき、駆けつけてくれたのだ。
「チィ! 面倒くさい女が現れやがったな!」
女神が不機嫌を露わにする。そういえば先日も魔理沙だけは異様に敵視してたっけ。
私たちの身体能力はほとんど人間と変わらない。だが魔理沙の技術は生まれ持ったものではなく、概念体から引っ張ってきたものだ。つまり無数の世界に存在する《魔女》の知識を丸ごと所持していることになる。魔法をメインに使う女神にとって、魔力の扱い方を熟知している《魔女》は天敵なのかもしれない。
……っていうか今考えると、初対面の時の振る舞いも言葉も嘘だったんだよなぁ。知能は常人並みしか無いと言ってた割には、いろいろ詳しかったし。ああいや、知能は常人並みでも知識に関しては言及していなかったか。分かりづらいんだよ!
「龍之介と須野さんは?」
「須野さんは外で待機してもらっています。龍之介さんは……」
その瞬間、突風が吹いた。エッチな風が私と魔理沙のスカートを捲り上げる。
龍之介だ。龍之介が目にも止まらぬ速さで《勇者》候補たちの元へと駆けていく。そして力任せに一人の少年の顔を殴りつけた。
「待て、龍之介! そいつらは操られてるだけだ! 手を出すな!」
「いや、ノーダメージみたいだぜ」
カウンターを警戒した龍之介が、私たちの元まで飛び退いてくる。
殴られた少年はよろめきはしているものの、怪我をしているようには見えなかった。
「異常な魔力でガードしてやがる。こりゃガチでやらなきゃ厳しいな」
「魔力だと?」
さっきの火球といい防御力といい、もう間違いない。女神が彼らに魔力を与えているのだ。
「おい、どういうことだ! そいつらは《勇者》候補なんだろ!? お前が魔力を与えてどうするんだ!?」
「ふん。これくらいなら保持したまま異世界転移させても弊害にはならないし、邪魔になったら取り除けばいいだけさ」
「……は?」
耳を疑った。言葉の意味を理解するのと同時に怒りがこみ上げてくる。
人体から魔力を取り除くのは、それなりに危険が伴う。廃人になったり、それこそ死に至ったりすることだってあるのだ。それをさも当然のように言い放つコイツは、人間を道具としか見ていない。本当に自分のことしか考えていない、ただのクズだ!
「魔法がダメなら物理で応戦するまでさ」
女神が手を振り上げると、空から剣や槍が降ってきた。
無駄に派手な外見から判断して、おそらく異世界から召喚した武器だろう。あれらは強化魔法などのエンチャントを施すための装飾だ。武器の質にもよるが、少なからず魔力が付属しているはず。女神も、もう魔力由来の物を地球に持ち込むのは躊躇わなくなったってことか。
地面に刺さった六本の武器を、それぞれ《勇者》候補たちが握った。
マズい、この状況は想定していなかった。敵は女神だけだと思っていたため、魔法に対抗する用意しかしてこなかったのだ。武器に秘められる特殊な効果は無効化できても、物理的なダメージまでは防げない。
などと悔やんでいる間にも、少年の一人が目の前まで迫ってきた。
「のわっ!」
脳天目がけて振り下ろされた剣を紙一重で躱す。
続いて二撃目。こちらも直線的な攻撃なので難なく避けられた。操られる際に意識を奪われているためか、おそらく今はまだ単純な攻撃命令しか出せないのだろう。
少し余裕が出てきたので、少年の斬撃を躱しながら戦況を見渡してみる。
戦闘力の無い寧々子ちゃんは後方に避難。その手前で、魔理沙が魔法による支援を行ってくれている。女神が使う拘束魔法はすでに分析が済んでいるのか、私たちが拘束されれば即座に解除し、逆に魔理沙の方からも《勇者》候補へと放っている。お互い、たまに動きが鈍くなる理由はこのためだ。
二人が前線から退いているため、私と桃田は一人、鬼頭と龍之介は二人を相手取っていた。
はっきり言って、魔理沙の支援があれば鬼頭と龍之介の二人で完封できるだろう。だがこの戦いは勝ってしまってもダメなのだ。勝てる見込みがないと判断したら、女神は間違いなく逃走する。奴が私たちの死亡を見届けるため、気楽に観戦している間が勝負だ。その間に女神を地面に引きずり降ろす方法を考えないと。
それに……。
「ごめんよ!」
少年の懐に潜り込んだ私は、思いきり股間を蹴り上げた。しかし少年は怯んだ様子もなく剣を振り下ろす。
やっぱりだ。龍之介に殴られた時と同じく、まったく痛みを意に介していない。おそらく手足がもがれても襲ってくるだろう。こちらが本気を出してしまえば、彼らの方にも犠牲者が出てしまう。
隙を見て魔理沙に目配せする。
魔理沙も理解しているようで、頷いて見せた。
「このままでは埒が明きません! 龍之介さん、鬼頭さん、一度私の所に来てください!」
「何するんだ!?」
「お二人には無理をしていただきます!」
何をするかは分からないが、魔理沙には何か秘策があるみたいだ。ひとまず任せよう。
ただ後方へ下がれと一言で言っても難しい。鬼頭と龍之介には二人ずつ、計四人と戦っているのだ。果たして女神がそれを許してくれるのか。
「あのいけ好かない女が何かしようとしているね。悪いけど阻止させてもらうよ!」
ほらぁ、大声出すから女神にも聞こえちゃったじゃないか!
私と戦っていた少年も身を翻すと、魔理沙たちが接触するのを阻むため駆けていく。
「セラマオさん、桃田さん。少しでいいので時間稼ぎをお願いします!」
「時間稼ぎしろって言われても……」
んな無茶な! 私と桃田の二人で六人も相手できるわけないし!
もちろん私も追うが、痛みを感じない彼らを止めるのは難しい。加えて武器による反撃が怖い。躱すのは簡単だけど、あまりに接近しすぎるのは未だ腰が引けてしまう。一応魔石はいつでも投げられるようにしてあるが、果たして効果はあるのか……。
魔理沙の奥の手は、どうやら鬼頭や龍之介と接触しないと使えないらしい。
だが《勇者》候補の少年少女たちが、彼らの行く手を阻もうとする。
このままではジリ貧だ。いったい、どうすれば……。
頭の中が焦りに満ち始めた……その時だった。
六人の《勇者》候補が一斉に動きを止めた。まるで透明な紐で全身を縛られているかのように、身を縮めて立ち止まる。
「――えっ?」
「はああ!?」
私も驚いたが、この場で誰よりも呆気に取られたのが女神だった。
それもそのはず。魔理沙が拘束魔法を放った素振りはなかったし、全員同時に拘束できるなら最初からやっているはずだ。それに魔理沙自身も何が起こったのか分からないと言いたげに呆けているのが、彼女の仕業ではない何よりの証拠だった。
「お困りのようだね、少年少女たち!」
「ッ!?」
唐突に轟いた第三者の声に、誰もが振り返る。乱入者は土手の上に立っていた。
一人は全身タイツ姿の男性だった。いわゆるヒーロー衣装というやつだ。戦隊もの特有の赤いカラーを前面に押し出し、無駄に凝った作りのベルトや胸当てを装備している。被り物はなく素顔を晒しているが、首には赤いマフラーが巻かれていた。
もう一人は魔女っ娘だった。頭の上にはとんがり帽子が載っており、ゴシック調のフリフリ衣装はまさにビスクドールといった風体。横に広がるスカートから覗くドロワーズが眩しい。キャッチーなステッキを向けていることから、こちらの魔女っ娘が拘束魔法を放ったのだと窺える。
武器を持つ《勇者》候補の動きを止めたってことは、私たちの味方でいいんだよな? と思うも、珍妙な恰好をした二人組を見た瞬間、私は全身に寒気が奔るのを感じた。
「あッ……あッ……」
この場にいる全員が驚き、戸惑い、その正体に心当たりがないか記憶を照らし合わせていたことだろう。
だが私だけは違う。私だけはすべてを理解し、そして絶望に打ちひしがれていた。
私は今日、いろんな意味で死ぬかもしれない。
「何者だ!?」
予定外の登場人物に、女神が激昂する。
すると助っ人二人は口の端を吊り上げ、自信満々な笑みを浮かべてみせた。
「なんだかんだと訊かれたら!」
「答えてやるのが世の情け! とう!」
ヒーローと魔女っ娘が跳んだ。速い。ものすごいスピードで土手を駆け降りてくる。そして拘束魔法で縛られている《勇者》候補の前まで突進すると、
「うちの娘に何してくれとんじゃ、ゴラァ!」
ヒーローが少年の一人に跳び蹴りを食らわせた。少年は為す術もなく川の方へと吹っ飛んでいく。
ってか結局、女神の問いには答えてやらないんだな。
「しまっ……」
傀儡が一人視界から消えてしまったことで、唖然としていた女神はようやく正常な思考を取り戻したようだ。《勇者》候補たちの拘束魔法を慌てて解きにかかる。が、身体が自由になった途端、魔女っ娘が再び同じ魔法を放った。動きを封じている間にも、一人また一人とヒーローが《勇者》候補たちを遠方へと投げ飛ばしていく。
「な、なんだかよく分かりませんが、龍之介さん、鬼頭さん、今のうちにこちらへ」
阻む敵がいなくなり、二人が魔理沙の所へと後退できた。
投げ飛ばされた《勇者》候補たちが体勢を立て直している間、魔女っ娘が私の元までやって来る。そのまま熱い抱擁を受けてしまった。
「真央ちゃん、大丈夫だった? もう、帰りが遅いから心配したんだからね」
「えーっと……ママ、だよね?」
「そうよ」
あー……実は別人だったという、わずかな希望も潰えたわけだ。魔女っ娘はママ、正義のヒーローはパパ。残念ながら確定!
「……その恰好は?」
「うふふ。やっぱりママが戦うならこの衣装が良いかなぁと思って、押し入れから引っ張り出したのよ」
だとしてもだよ! それ、私が生まれる前にドラマ撮影で使ってたやつでしょ!? なんなら今の私の年齢くらいの時のやつじゃん! よく着れたな! じゃなくて、アラフォーの母親が少女の時の衣装を着て往来を闊歩するなんざ、娘にとってはいい迷惑だよ! めっちゃ恥ずかしいよ! 恥ずかしすぎて死にそうだよ! ああああああ顔から火が噴きそうだああああああああ!!!
でも、一つだけ安心した。結局、私が痛々しいのは個人の性格ではなかった。ただの遺伝だと判明したわけだ! 両親がはっちゃけてるから、私がこんなんでも仕方ないよね!
って、ちがーう!!!
「あの魔法は何なのさ!」
「ふふ。子供を守る時の母親は際限なく力が湧いてくるものなのよ」
「そんな抽象的な回答じゃなくてさ……」
どこまでボケるんだ、この人。
「実はママね、昔からちょっと不思議な特技があったのよ」
「不思議な特技?」
「いろんなことが見ただけでマネできちゃうの。吸収が早いっていうのかな? 楽器の演奏だったり、ダンスだったり、スポーツだったり。一流の動きを見て、ちょっと練習すればほぼ完璧に模倣できるわ。今でもこの特技はお芝居なんかで役立てているの」
「見ただけでマネできるって、そもそも魔力が無きゃ魔法なんか……あ」
言ってて気づいた。抱きしめられている今の状況から察したのだ。
魔力を所持している者と強く接触すると『魔力の種』が移る。だとしたら、ママは普通に魔力を持っていてもおかしくはない。だって私、十ヶ月近くもママのお腹の中にいたんだから。
須野さんと同じで、ママも元から少し特殊な能力を持っていた。それが魔力を得ることでさらに開花したのだ。拘束魔法自体は、魔理沙と女神の攻防を見て学んだのだろう。
けど、未だに疑問は残る。魔理沙や女神ですら一度に一人ずつしか拘束魔法を掛けられなかったのだ。それをママは六人同時、しかも連発してみせた。並みの魔力量じゃない。魔理沙も今は人間の枠に囚われているとはいえ、《魔女》をも凌ぐ魔力を、どうしてママが所持しているのか。
「もしかして……」
確信はない。けど今までのことを振り返ってみれば、だいたい想像ができる。
他の同志たちに比べ、何故か私だけ著しく魔力の量が少なかった。単純な総量なら圧倒的に勝っていても不思議じゃない《魔王》であるこの私がだ。つまり特殊能力の開花したママが、何らかの形で私から魔力を吸い上げていたとしても不思議じゃない。
「ママね、真央ちゃんが普通の子供じゃないって、お腹の中にいた時から分かってたの」
「そ、そうだったんだ」
「だからね、真央ちゃんが普通に生まれてきて、普通の女の子として生きていけるように、ママ、ずっと祈ってたのよ」
「…………」
その祈りが魔力吸収に繋がったのかな? と思うも、どこまで信憑性があるかは分からないな。あるのは状況証拠だけだ。本人も自覚が無さそうだし。
ただ一つ言えるのは、母は強しってことだ。
「って、ちょっと待って。じゃあパパは? なんであんなに動けるの?」
赤ん坊の頃から一緒にいるんだ。『魔力の種』が移っていることは疑いようがない。でも夫婦揃って特殊能力持ちというわけでもなさそうだし、意図的に身体強化ができるほど魔力を持っている理由が分からない。
「そんなのは簡単なことさ!」
と、《勇者》候補たちを一掃したヒーロー……パパが隣へと着地した。
そして堂々と宣言する。
「パパはママとセックスしたからな!」
「いやああああああああああああ!!!」
聞きたくなかったあああああああああああ!!!
そりゃそうだよ! 夫婦なんだから人間にとって一番強力な身体的接触しちゃってるってのは、ちょっと考えれば分かるさ! 私には弟もいるんだし! でもさ、普通それ娘の前で言うかぁ!? しかもそんな得意げな顔してさぁ! こっちは両親の夜の事情とか知りたくねえんだよおおおおおおおおおおお!!!
「ぬぬ?」
耳を塞いで悶絶していると、おもむろに桃田が近づいてきた。
「その声……貴方はもしや、本物のエンダー仮面なのか?」
「ほう? その歳でエンダー仮面を知っているとは珍しい子もいたもんだな」
「むしろドンピシャさ! 子供の頃、毎週日曜日の朝八時は人生で一番楽しみな時間帯だったからな! うわぁ、感激だ! あとでサインください!」
「うむ、いいだろう」
なんか意気投合しているし。まあパパは私たちが幼稚園児の頃に特撮ヒーローの主人公をやってたこともあるから、知ってても不思議じゃないんだけど……桃田の奴、どんだけ嬉しいんだよ。真っ暗闇でもライトが要らないほど目が輝いてんぞ。
「クソがッ! 誰だか知らんが、邪魔しやがって!」
空に浮かぶ女神が再び悪態をついた。
けっこう呑気に駄弁ってたのに、まったく攻撃してこなかったな。いや、吹っ飛ばされた《勇者》候補たちに、さらに強力な魔力を送っているよう。やはり女神自身には、まだ直接戦える力は無いんだ。
とはいえ、《勇者》候補たちに今よりパワーアップされては危険なのも事実だ。
「魔理沙!」
「大丈夫です! 準備は整いました!」
見れば、龍之介と鬼頭の姿が異形のものへと変貌していた。
龍之介は全身が暗緑色の鱗で覆われ、四本に分かれた指は鋭い鉤爪を有している。元々爬虫類系だった顔つきはさらに尖り、背中からは禍々しい翼が生えていた。
鬼頭は普段よりも筋肉が大きく膨れ上がっていた。血行が良くなったのか肌が全体的に赤く変色し、髪の隙間からは角らしき物が窺える。
彼らの正体を知らない桃田やパパママはもちろん、同志たちの見慣れない姿には私も驚きを隠せなかった。
「ま、魔理沙。いったいこいつらに何をしたんだ?」
「魂を覚醒させました。以前から寧々子さんの身体を調べておりまして、私たちも部分的に元の姿になれないかと研究していたんです。龍之介さんは前々から少しは変身できるようでしたので、成功する確信はあったのですが……」
なにぃ? 寧々子ちゃんの身体を自由に弄り回していただとぉ!? 魔理沙め、羨まけしからん!!
と、冗談を言える気分ではなかった。
魔力を使い果たしたのか、魔理沙が疲労を隠そうともせず肩で息をしていたからだ。
「最後の手段でした。完全覚醒は私の魔力が底をついてしまいますし、何より無理やり魂を変異させているので、お二人の人間としての寿命は間違いなく縮みます。そのため出し惜しみしていました」
「寿命が縮むって……大丈夫なのかよ!?」
「今死ぬよかマシだろ」
爬虫類のように縦に割れた龍之介の瞳が上空の女神を睨みつけた。
「時間がねえ。速攻でケリをつける」
龍之介が飛んだ。初速など物理法則の向こう側に置いてきてしまったように、一気に女神との距離を詰める。
「なっ……んだとぉ!?」
私たちの中で誰かが飛ぶことなど想定していなかったのか、とても女神とは思えない醜い顔で狼狽していた。ただ驚愕を露わにしつつも、反射的に横へ跳び退くことで龍之介の突進を避ける。
しかし龍之介は何も花火のように打ち上げられたわけじゃない。自前の翼で飛行をしているのだ。当然、追撃は続く。旋回した龍之介は、今度は上空から女神を襲った。
「クソがぁ! 女神を舐めるなぁ!」
女神は正面に防壁魔法を展開。龍之介の蹴りは透明なバリアによって阻まれる。
続いて女神が炎系魔法を放った。龍之介の身体が骨をも焦がす炎の渦に飲み込まれる。わずか一メートルほどの近距離だったため直撃したけど……大丈夫なのか!?
「バーカ。ドラゴンに炎が効くわけないだろ」
「くっ……」
いや、アレは龍之介の強がりだ。
確かにドラゴンは炎属性に強い。だが、それは決して効果が無いわけではなく、攻撃を無効化しやすいという意味である。龍之介は今の攻撃を防ぐため、魔力のリソースを割いてしまった。つまり変身していられる時間がわずかに短縮されてしまったのだ。
タイムリミットが目前まで迫っていると悟った龍之介は、一気に決めにかかる。
ラッシュだ。二本の腕と二本の脚、計四本の攻撃がほぼ同時に繰り出される。
しかし女神には届かない。ただ防壁魔法を殴りつけているだけで、何か手応えがあるようには見えなかった。
「はーっはっはっは! おらおら、どうしたぁ!? そんな弱っちい攻撃じゃあ、私の防壁魔法は破れないよ!」
とはいえ、女神も常に防壁魔法へ魔力を送り込んでいる状態だ。地上にいる《勇者》候補たちの操作は疎かになっている。気を抜けばやられてしまうという、何よりの証拠だった。
すると突然、龍之介の手が止まった。疲れ果て肩で息をしながら、女神を睨みつける。
「なんだぁ? もう終わりか? だったらさっさと地上に落ちろよ、クソトカゲがぁ!」
「そうだな、俺は落ちる。だがそれはお前も一緒だぞ? クソ女神」
「は?」
龍之介が勝ち誇ったように口の端を吊り上げた瞬間、女神は気づいた。
「……あっ」
「後は頼んだぜ! 鬼の旦那!」
そう。女神は龍之介のラッシュに気を取られすぎていて、高度が落ちていることに気がつかなかったのだ。
鬼頭の射程範囲内。跳躍で十分届く高さ。
女神が振り返るが、もう遅い。走り幅跳びの要領で跳んだ鬼頭が迫る。
「いけええええええええええええええ!!!!」
思わず私も興奮気味に叫んでしまった。
苦し紛れの防壁魔法も意味を為さず。ガラスのように砕け散ったバリアとともに、鬼頭の拳は女神の腹部を貫いた。
「ぐっ、が……」
白目を剥いた女神が弾丸の如き勢いで吹っ飛んでいく。水を切る石ころのように水面で何回かバウンドした後、そのまま女神は川の中ほどで沈んでいった。




