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1‐1話「おはよう」

『立ち込める炎、辺りに響く人々の歓声。今、長きに渡る戦いに終止符が打たれたのだ。

陰陽師の名門五代家。その家々の当主達が協力し妖の頭を倒した。長きに渡り妖に苦しめられて来た人々の顔は歓喜に満ち溢れていた。

そんな中妖の頭を打ち倒した張本人、巫家当主巫千景は先程まで自分たちの敵であった少女の身体を抱えて微かに震えていた。

「そ…んな…桔梗…?返事をしてくれ…桔梗!!!」

彼らが倒した妖の頭。それは千景の婚約者、琴吹桔梗であった。

「ち…かげ…」

少女の目が微かに開く、その目は澄んでいて、優しく真っ直ぐに千景の姿を捉えた。

「妖に…体を乗っ取られるなんて…巫家当主の婚約者失格だね…」

「やめろしゃべるな!!まだ…まだ止血をすれば…」

千景は大粒の涙をこぼしながら桔梗を見つめる。千景にも分かっていたのだ。桔梗はもう助からないことを。

「千景…千景…ありがとう。私に光をくれて…地獄から連れ出してくれて…苦しみしかないと思っていた人生も、貴方と共に過ごす日々はとても…とても幸せだった。」

桔梗の頬を雫が伝う。桔梗は心から幸せな様な、満足気な笑みを浮かべた。

「ありがとう。愛してる。」

そこで桔梗は事切れた。力を失った手と首が重力に従いダランと垂れる。

「うわぁぁぁぁぁあ!!!」

千景の絶叫が辺りに響いた。長く、強く…それでいて弱く。千景は泣き続けた。

これで、2人の物語は終わり。長い長い物語の終わり。あまりに残酷で、あまりに惨い。それでもこの2人に相応しい、この2人らしい終わり。

でもこれは終わりでは無い。始まり。

新しい出会い、新しい人生の始まり。ここから始まる物語は、誰も知らない。

「神の巫」 完。 』



その。』を見た瞬間に読者、藤野ハルはブチ切れた。

「はぁぁぁあ!?なんで桔梗が死ぬの!?意味不明なんですけど!?」

高校生の藤野ハルはこの人気小説「神の巫」の読者であった。「神の巫」は高校生から成人女性に人気の和風ファンタジー小説だ。主人公巫千景とヒロイン琴吹桔梗を中心に展開される妖との戦いや2人の恋愛が人気で幅広い世代から人気を集めていた。

しかし物語も終盤に差し掛かった頃に小説の内容は転機を迎えた。長年人間を苦しめた敵のボスである妖の頭を倒すことに成功した千景と桔梗。喜びに包まれたのもつかの間、死んだはずの妖の頭の魂が桔梗の体を乗っ取ったのだ。桔梗の姿は妖の頭そのものになりそのことを知らない千景は復活した妖の頭と再び戦うこととなる。長い激闘の末、千景は妖の頭の胸に刀を突き立て勝利する。だがその瞬間、妖の頭の魂は消え体は元の姿へ戻った。そう、琴吹桔梗の姿に。絶望した千景は桔梗を抱き抱えるが桔梗はそのまま命を落としてしまうという何とも腑に落ちない終わり方であった。

「おのれ作者…いや出版社?編集者?誰にせよ私の推しを殺すなんてーー!!妖の頭を殺した付近で幸せハッピーエンドでよかったでしょ!?」

桔梗推しのハルはその終わり方にブチ切れていた。

「桔梗…やっと幸せを手にして前を向いて歩き出したって言うのにこんな死に方…辛すぎるよ…。」

ハルはベットの枕に顔を埋めてズビズビと鼻を鳴らして文句を言っていた。

「私なら絶対桔梗を殺させないのに…あーー!もう!小説の中に入ってやりたい!!そしてこの終わりどうにか変えてやりたいよぉ〜!!」

そんなフラグを立てるようなセリフ叫びながらハルはそのまま眠りについた。いつしかの表紙にあった桔梗の笑顔を思い浮かべながら…。


「はる…はる!」

誰かに呼ばれる声がしてハルの意識は段々と色づいてきた。

「おかあさぁん…もうちょっと寝させて…」

寝起きの悪いハルはモゾモゾと布団に潜った。

「誰がお母さんだって?あんまり起きないと…殴るよ?」

母にしては物騒過ぎるその言い方にハルの意識は一気に目覚め勢いよく飛び起きた。

「…え?」

「あ、起きた?おはよう。」

ハルは目をパチクリさせた。目の前の人物があまりに非現実的過ぎるて脳の処理が追いつかない。

青くウェーブのかかった髪、白く玉のような肌にサファイアのような鮮やかな瞳。右の半分は包帯で覆われていて服は黒のハイネックという外を歩いたら職質されそうな異質な装い。しかしその異質さも神秘さに変える様な顔出しの良さとオーラ。

昨晩小説で残酷な死を迎えた「神の巫」のヒロイン琴吹桔梗。小説の描写そのものの小説がハルの布団の隅に座って微笑みながらこちらを覗いていた。

いや、そこはハルの部屋ではなかった。ベッドであったはずの寝具は何故か高そうな敷布団。6畳程の狭い自室は畳の広々とした和室になっていた。

驚いて自分の顔に触れてみるとことにはボブのハルには無いはずの黒く長い髪が頬に触れる手を邪魔していた。

「おはよう千春。」

ハルと聞こえたその名はハルでは無く千春と呼ばれていた。

ハルは目覚めると、全くの別人になっていたのだ。

「えぇぇぇええぇぇぇえ!?どういうことーー!」

「あは、耳キーン」

叫ぶハル…千春を桔梗は笑いながら見つめていた。

終わった物語が、再び始まりだしたのだった。

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