忘れられた女神と、禁断の楽園
(わすれられた めがみ と、きんだん の がくえん)
ある雨の朝──
ルシエルは店の裏に咲いた《光苔》を採取していた。
淡い光を放つその苔は、極上の鎮静剤の素材だ。
「ふぅ……静かだな。
平和な時間が、一番だ。」
そうつぶやいたときだった。
ポタリ──
頭上から、一滴の金色の雫が落ちてくる。
それは、どこからともなく現れた古びたガラス瓶から漏れていた。
瓶の中には、見たことのない“液体”。
淡く輝き、触れるだけで心が安らぐ不思議な力があった。
「……これは……“神水”?
いや、それより……柔らかい。優しすぎる。」
瓶には、古代語でひとことだけ刻まれていた。
「わたしは、まだここにいます」
忘却の神女
その夜──ルシエルは奇妙な夢を見る。
霧の中、白い花が咲く野原。
その中心で、少女のような女性がこちらを見ていた。
銀髪に白いローブ、目元を隠すヴェール。
そして、背には“薬壺”のような紋章。
「ルシエル……あなたにだけは、伝えておきたかった……
わたしの名前は、《アリア》。
かつて、“癒しの女神”と呼ばれた存在。」
彼女は悲しげに語る。
「神々の戦争のなかで、わたしは“役に立たない”とされ、神々から消された。
でも──本当は、“創薬神”と共に最後まで人を守ろうとしたの。」
「……アステル=マグナと、あんたは……?」
「わたしは、彼の“想い”から生まれた存在。
彼の力が人を癒し、安らぎをもたらすことを祈った、その“残響”。
いわば、彼の《もうひとつの心》……」
そして、彼女は警告を残す。
「……近づいています。
薬を《武器》としか見ない者たちが──
創薬神の力を、再び“神殺しの兵器”として利用しようと……」
「……だから、君に託したの。
本当の“癒し”を、未来へつなげるために。」
禁断の楽園
アリアの消滅とともに、ルシエルは目を覚ます。
目の前には、彼女の神気の残り香を辿った転移座標。
目的地は──
古代に存在したとされる、神々の研究都市。
そこは現在、結界により完全に隔離され、
“いかなる存在も立ち入ってはならぬ地”とされていた。
だが、ルシエルは迷わず向かう。
「もしアリアの言葉が本当なら──
そこに、“創薬の真実”がある。」
《楽園》での発見と罠
テオレアは、美しくも不気味だった。
街全体が“動いている”。
空気は生きており、建造物の内部に“記憶”が宿っているようだった。
ルシエルは、中央の神殿である《薬師の塔》に辿り着く。
そこには、数え切れないほどの“薬の原典”、禁忌の調合法、古代神の器官──
そして、ひとつの“実験報告”が残されていた。
《プロジェクトNo.00:ルシエル》
対神用安定薬師計画──成功
統合対象:神魂断片α、β、ε、δ、θ、ω
状態:安定・自我強化・人間形態定着
「………………俺、作られてたのか。」
来襲:神の狩人たち
その時──塔の外から、轟音が響く。
黒衣の騎士たち。
かつて創薬神を葬った神族直属の“狩人部隊”《アニマ・セクター》が現れた。
「創薬神の器──“実験体ルシエル”、確保対象だ。」
「……なるほどな。」
ルシエルは背負った薬箱から、一本の瓶を取り出す。
「ちょうど試したかったんだ。“人間型対神術特化・第六式”。」
「対象:全員、無力化。」
――神殺しの“薬”が、解き放たれる。