神造者の記憶
(しんぞうしゃ の きおく)
──「目覚めよ……創薬の王……我らの器……」──
神殿の天井から現れた“裂け目”から、禍々しい囁きが漏れ出す。
世界の法則に逆らうような響きに、空間そのものが軋んでいた。
巫女セリアは、蒼白な顔でルシエルを見つめた。
「ルシエル様……貴方の中に、神の残魂が眠っているのです……
“創薬の神”の魂が──!」
ルシエルは、無表情のまま静かに言った。
「……ようやく繋がったか。」
千年前の断片
その瞬間、ルシエルの脳裏に、無数の映像が流れ込んできた。
──遥か昔。
──神々の戦争の最中。
一柱の神がいた。
その名は《アステル=マグナ》。
“調和と創造の神”。
命を整え、病を癒し、魂を再生する唯一の神。
だが──彼は他の神々に“裏切り者”として滅ぼされた。
理由はただひとつ。
“人間のために、薬を与えたから”。
神々は怒り、アステル=マグナを“分解”し、魂を六つに分けて世界に封じた。
──そして、そのうちのひとつが……
今、“ルシエル”という存在の中に再構成されたのだった。
神の自我の侵食
「おい、落ち着け……!」
突然、ルシエルの足元から黒い“霊素”が噴き出す。
魔力ではない、“神の残滓”そのもの。
それが彼の体を包み、意識が歪んでいく。
「人の弱さを癒すために生きた。
それの、どこが罪なのか──教えてくれ、ルシエル。」
彼の中で、二重の声が響く。
──ルシエル自身の意志。
──そして、“創薬神”の残された自我。
「……俺は、神じゃない。
ただの薬屋だ。」
彼は自らの胸に手を当て、《沈静剤》を打ち込んだ。
「“お前”を目覚めさせる気はない。
薬は、他者を救うためにある。
神が使うものじゃない。」
“神の魂”が、静かに引いていった。
セリアは涙を浮かべて言う。
「……貴方は……神を超えてなお、人であることを選ぶのですね……!」
封印の真実と新たなる目的
神殿の奥の壁が、淡く光り始める。
そこには、かつて神々が恐れた“予言”が刻まれていた。
《創薬神の器が現れし時、
古き神々は再び目覚める。
世界は選択を迫られるだろう。
薬によって救うか、毒によって滅ぶか──》
ルシエルはそれを一瞥し、肩をすくめる。
「予言とか興味ない。
……けど、もし誰かが“薬”で世界を滅ぼそうとするなら──
そいつは俺が潰す。」
そして、新たなる噂が広まる
・神すらも抑え込む薬師
・神の魂を内に宿しながらも、それに屈しない男
・《創薬神の器》として、世界のバランスを揺るがす存在
──ラリオンの森の薬師、ルシエルの噂は、
もはや神話として各地へ広まり始めていた。
しかし彼は、今も変わらず小さな店で静かに言う。
「お次の方、どうぞ。」
それを聞いた古龍すら、静かに頭を下げるのだった。