霧の街と、沈黙の神殿
(きり の まち と、ちんもく の しんでん)
王の病を癒やした翌日、ルシエルのもとにまた新たな依頼が届いた。
それは王都の奥深く──もはや国家機密に等しい内容だった。
“霧の街。
そこに眠る《沈黙の神》の気配が、再び動き出した。
今なお、誰一人として近づけぬ結界の街へ、唯一入れる者──
それが、君だ。”
ルシエルは、ただ静かに茶をすすりながら言った。
「……あの封印、まだ生きてたんだな。」
ヴァルディアへの旅
霧に覆われた辺境、かつて人々が住んでいたはずの街。
今では誰も住んでおらず、無数の霊と呪いが街の上を彷徨っていると伝えられていた。
転移陣を越えたルシエルがその土地を踏むと、空気が一変した。
静寂。霧。腐敗。そして、意識を飲み込む“なにか”の気配。
普通の人間であれば、精神が即座に崩壊する。
だが彼は、ゆっくりと一歩、また一歩と足を進めた。
「薬の材料には、こういう土地が必要なこともある。
……ちょうどいい。」
沈黙の神殿
霧の街の中心に、それは存在していた。
黒く巨大な神殿。
天を貫くようにそびえ、どこか“空間が歪んでいる”ようにすら見える。
扉はすでに開いていた。
中には──一人の少女がいた。
白い神衣をまとい、顔の半分を仮面で隠す巫女。
「……来られたのですね。“薬師王”様。」
ルシエルの瞳が鋭く光る。
「……お前、“神巫”か。」
彼女は静かにうなずいた。
「私の名は《セリア》。
沈黙の神に仕える、最後の神巫です。」
神の気配と異変
「沈黙の神……死したはずだろ。」
ルシエルの言葉に、セリアは首を横に振った。
「彼は“完全には死んでいない”。
《眠っている》のです。
そして今、目覚めかけています。」
「……どうして?」
「原因は──“貴方の薬”です。」
ルシエルの足が止まる。
「貴方が王を救い、“神の加護”を調整したことで、
世界の“聖なる力の均衡”が揺らいだのです。
沈黙の神は、その“空白”に反応して、目を覚ましかけているのです。」
封印薬の調合
「つまり、封印を維持するためには──また“薬”が必要ってわけか。」
セリアはそっと、神殿の奥の祭壇へ導く。
「この神殿の核に、“封魂晶”があります。
それを安定させるための薬を……貴方にしか作れません。」
ルシエルは祭壇を一目見るなり、即座に理解する。
「……魂、神気、次元重力、霊素、時の凝縮……
素材、6つ足りないな。」
「それらは、神殿に巣くう“幻霊獣”たちが守っています。」
ルシエルは薬箱を背負い、ぼそりとつぶやいた。
「……ま、狩ってくるか。」
幻霊獣との邂逅
神殿の深層には、六体の幻霊獣がいた。
・時を食らう蛇
・霊を縫う鳥
・空間を喰らう犬
・夢を侵す蝶
・逆再生する狼
・そして、かつての神巫の亡霊
それらと対峙し、ルシエルは一切魔法も剣も使わなかった。
彼はすべてを“薬”で制圧した。
——毒で動きを封じ、安定剤で魔力を打ち消し、調整剤で能力を狂わせる。
すべての幻霊獣を無力化し、素材を回収。
セリアは、呆然とその様子を見ていた。
「……貴方は……もはや、薬師ではない。」
ルシエルは無表情のまま答えた。
「ただの薬屋だよ。」
封印完了、そして予兆
祭壇に素材を入れ、ルシエルが薬を調合。
魂を鎮め、神の目覚めを再び封じる《霊封薬・極光》が完成した。
霧が晴れ、神殿が静寂を取り戻す。
だがそのとき──
天井から、ひとつの“裂け目”が開いた。
《旧き神々の囁き》が漏れ出す。
「……目覚めよ……創薬の王……我らの器……」
セリアの顔が青ざめる。
「……ルシエル様……貴方に、“神の魂”が宿っている……!」