王の病と、語られざる神々
(おう の やまい と、かたられざる かみがみ)
「──ルシエル様。これより、王都への直通転移を開きます。」
薬師ギルドから再び現れた使者・アルメリアは、厳しい表情で言った。
その手には、王家の紋章が刻まれた《黄金の招待状》。
“至急、王ルゼフ・アルグランを救っていただきたい。
あなた以外に道はない。”
「……王様ねぇ。今度はどんな病?」
「“聖なる刻印病”です。
これは……神の加護が暴走した結果、肉体を蝕む呪いのような病。」
ルシエルは眉をひそめた。
「神の加護が……暴走?」
それはつまり、神自身が関わっているということだった。
王都・聖域宮殿
王宮最奥、《白銀の間》──
王・ルゼフは、黄金の装束をまとい、玉座の背に倒れていた。
皮膚は赤くただれ、聖なる刻印が浮かび、体中に光が暴れている。
その横には、神官たちと聖騎士たちが祈りを捧げていた。
「……王よ、どうか神の光とともに……」
そのとき。
扉が静かに開く。
無表情の黒衣の青年。
薬瓶の音だけが静寂を破った。
「神の加護ってのは、便利だけどな。
使い方を間違えば、毒になる。」
全員が凍りつく。
まるで、神そのものが歩いてきたかのような存在感。
だがルシエルは気にせず、王のそばに近づき、脈を取り、皮膚の反応を確かめた。
「……やっぱり、“聖刻の侵食”。
これはもはや“祝福”じゃない。“呪い”だ。」
神々の名残
その言葉に、最年長の神官が震える声で言った。
「……この症状は、かつて神々が戦った時代の……
“古き戦争の傷痕”……」
「つまり、“神殺し”に関わる病か。」
ルシエルの目が鋭く光る。
――この世界の神々は、完全なる存在ではない。
かつて、神々の間に戦争があった。
勝者は世界を治め、敗者は忘れ去られ、呪いだけを残した。
「これは“沈黙の神”の残滓だ。
おそらく、王の体に眠る血脈がそれを呼び起こした。」
アルメリアが驚く。
「……では、王家は……神の血を……?」
「知らないほうが幸せなこともある。」
神鎮めの薬、創造
ルシエルは薬箱から、真紅の実、白銀の花粉、深淵の泥を取り出す。
「これを合わせて、世界法則すら一時的にねじ曲げる“神鎮め”を作る。」
「し、神を抑える薬なんて……!」
「できるよ。
作ったことあるし。」
誰もが沈黙した。
──薬ひとつで神を抑えたという言葉。
だがそれは、彼の“過去”を物語る。
もしかして彼は、
かつて神を越えた存在だったのでは──?
ルシエルは調合を終え、王の額に数滴垂らした。
その瞬間。
王の体から暴れていた光が沈黙し、刻印は蒸気のように消えていった。
ルゼフ王の瞳が、静かに開いた。
「……君が、“森の薬師”か……」
「うるさくされると困るんで、黙っててください。」
世界が動き出す
その日を境に、「森の薬師」の名は、世界中に知れ渡ることになる。
“神を超える薬師”
“加護をも無効化する者”
“神殺しの知識を持つ影の存在”
王は密かに、ルシエルにこう告げた。
「……この世界には、まだ“旧き神”が目覚めようとしている。
それを抑えられるのは……君だけだ。」
だが、ルシエルは肩をすくめるだけだった。
「俺は、薬屋。
世界を救うつもりはないよ。
ただ、必要とされれば、作るだけ。」
王は苦笑した。
「……ならば必要とさせてもらおう。世界のすべてをな。」