黒衣の錬金術師と禁忌の薬
(こくい の れんきんじゅつし と きんき の くすり)
ラリオンの森では、今日も変わらず静寂が流れていた。
薬草の甘い香り、遠くで響く魔獣の咆哮、そして……店先に並ぶ奇妙な客たち。
「じゃあ、次の方どうぞ。」
ルシエルのその一言で、死霊の騎士が立ち上がる。
「ひ、膝関節が……もう限界でして……」
「はいはい、“霊体関節潤滑液・特濃”をどうぞ。飲むんじゃなくて、膝に塗るの。」
死者すら診る薬屋──
それがルシエル薬局の日常だった。
だが、その日。
一通の手紙が届くことで、空気は一変する。
暗黒の手紙
『──我が名はゼノス。
かつて錬金術の王と呼ばれ、今や死を超える者なり。
君の作る“薬”に、深い興味がある。
ぜひ一度、我が館へ訪れ給え。』
手紙には、地図とともにひとつの“薬の欠片”が同封されていた。
それを見た瞬間、ルシエルの眉がわずかに動く。
「……懐かしいな、この処方。まだこんなの作る奴がいたとは。」
忘れられた塔《煉獄の尖塔》
ルシエルが地図を辿ると、森の奥深く、瘴気に包まれた古の塔がそびえ立っていた。
塔の中には、無数のホムンクルス(人造生命体)が静かに作業を続けている。
そして、最上階──
「久しいな、ルシエル。」
黒いローブをまとい、異様なオーラを放つ男が立っていた。
彼の名はゼノス・カロス。
かつて王都の錬金術ギルドで“神童”と称された男。
だが、禁術に手を出し、魂の融合・死体錬成・時空改変にまで及び……追放された。
「君の“命の調和理論”には感銘を受けたよ。
だが、私の“死の超越”も、完成に近い。
今日こそ、決着をつけようじゃないか。」
ルシエルは答える。
「……決着なんてものは、最初からない。
俺は薬屋、お前はただの壊れた研究者だ。」
禁忌の薬
ゼノスは赤黒い瓶を取り出す。
「これは“呪詛を逆転させて生命を増幅する”薬。
だが副作用は……世界の法則そのものを狂わせる。」
彼はそれを、自身の胸に突き立てた。
《ゼノスは変異する──》
筋肉が膨張し、魔力が爆発。
背中から黒い羽根、額から角、全身から絶えず溢れる魔瘴。
「──これが、“完全な薬師”だ!」
終わらぬ戦い、静かなる一閃
ルシエルは、ため息をつく。
「……だから嫌なんだよ。薬の使い方、間違えるとこうなる。」
静かに瓶を取り出し、数滴を大気に撒いた。
すると、空間が安定し、ゼノスの魔力が急激に鈍化していく。
「き、貴様……! 何を──」
「“命の調整剤・零式”。
お前の魔力、呼吸、細胞運動すべてを“薬理的に整えた”。
おとなしく寝ろ。」
ドサッ。
ゼノスの巨体が崩れ落ちる。
そして彼は、穏やかな顔で眠っていた。
薬の意味を思い出す時
「人を救うために、薬がある。
人を壊すために使ったら、それは毒だ。」
ルシエルは、ゼノスに布をかけると、塔を出た。
帰り道、森の精霊が微笑む。
「さすが……森がさらに穏やかになりました。」
「……まだまだだよ。」