伝説級クエスト、依頼されました
ラリオンの森に漂う、静かな朝。
薬草の香りが漂う中、ルシエルは今日も店の前で茶を淹れていた。
「……今日の茶葉、ちょっと酸味が強いな。」
目の前には、巨大な魔獣たちが床に伏している。
薬草風呂に浸かるゴブリン、うたた寝するリザードマン。
それぞれ、すでにルシエルの“顧客”兼“忠実な下僕”だ。
「──ルシエル様。」
空間が揺れ、魔力のゲートが開かれた。
そこから現れたのは、薬師ギルド王都支部からの使者──アルメリア・ノートである。
彼女は深く一礼し、金色の巻物を差し出した。
「本日、王宮より特別依頼が届きました。」
「またか……今度は何?」
「“王妃が呪われ、目を覚まさない”。
各地の聖職者や宮廷魔導師でも治せなかったとのこと。
どうかルシエル様、王都へ──」
「断る。」
即答だった。
アルメリアの表情が引きつる。
「えっ……え!? で、ですが、これは“伝説級”のクエストです。
成功すれば、名誉、地位、金──何でも……!」
「いらない。俺、薬局があるし。忙しい。」
「……で、ですが……!」
「しかたないな。」
ルシエルは渋々立ち上がった。
「とりあえず、王妃の症状の詳細と使用された呪詛の魔力波を持ってきて。
見てから考える。」
アルメリアはほっと息をつき、深く頭を下げた。
一方、王都・フィルゼア
王妃、イリア・ディアナは王宮の奥深く、長き眠りについたままだった。
その顔は美しくも苦しげで、肌には黒い紋様が浮かび上がっている。
「……これが、最強の呪詛とは……」
王国一の大司教が言う。
「もはや、神の奇跡でもなければ……救う術はない。」
だが、その時。
空が裂けるように光が差し込み、一人の男が王宮へと現れた。
無表情で、黒衣の男。
「──依頼主、ここか?」
その瞬間、大司教たちは空気の重さに膝をついた。
「な、なんだこの魔力は……!? 神を……凌駕している……」
「寝てる人に失礼だから静かにしてくれる?」
ルシエルが一歩進むと、空間がきしむ。
手に持った薬壺から、白い煙がふわりと広がった。
「……“命の循環”か。なるほどね。呪詛というより、死の疑似定着。
これ、無理やり外から魔力を切断したら魂が壊れるな。」
彼は指を鳴らした。
次の瞬間、王妃の身体を包む黒紋が消滅し、代わりに淡い光が包み込む。
──そして、王妃のまぶたがゆっくりと開いた。
「……あ、あなたは……?」
「薬屋です。」
ルシエルは無表情でそう告げた。
そして、混乱の始まり
王妃の回復により、王都は歓喜に包まれた。
だがそれは、同時に“異常”の始まりでもあった。
・神殿「これは神ではない。災いだ!」
・貴族「この男を手なずければ我が家は繁栄する!」
・魔族「また一つ、眠る神を目覚めさせてしまったのか……」
そんなこととは露知らず──
ラリオンの森では今日も、
「はい、次の患者どうぞー。」
薬局の扉が、今日も静かに開かれていた。