ギルド入会と世界の騒動
禁忌の森ラリオン。
その奥深く、誰も近づかぬ場所に、今日も小さな木の看板が揺れていた。
『ルシエル薬局──全ての病・呪い、おまかせください』
その前に、列を成す者たち。
獣人、魔獣、果ては亡霊までもが、行儀よく順番待ちしている光景は、どこか異様だった。
「……お次の方、どうぞ。」
と、薬局の扉が開き、ルシエルが無表情に声をかける。
次に入ってきたのは、一見人間に見えるが……その実体は、かつて魔王を補佐した“七災のひとり”、影の使徒。
「わ、我が闇核が……疼いて……何か妙な痒みが……」
「はいはい。じゃ、毒素の浄化剤と、魔核の再調整を行うから、3分間だけ黙ってて。」
シェイドは静かにうなずき、治療用ベッドへと横たわった。
――そしてその頃、王都では……
王都フィルゼア。
中央通りにそびえ立つ「王立薬師ギルド」本部では、ギルドマスターが一枚の報告書に目を通していた。
その内容は、信じ難いものだった。
「ラリオンの森に、“神級の回復薬”を量産する無名の薬師がいる」
「回復薬を飲んだBランク冒険者が、Sランクに進化」
「死んだ精霊が蘇生された」
「患者が全員、忠誠を誓って従者化」
「……そんなバカな。」
重厚な声が響く。
「この世に、そんな薬師がいるわけがない。
第一、あの森に住める人間など……」
「マスター、こちら……“現物”です。」
副官が差し出したのは、紫がかった透明な瓶。
中には微細な魔力の粒が踊っていた。
ギルドマスターは瓶を一瞥し、ため息をついた。
「……こりゃあ、マジかもしれん。」
王都への招待
一週間後、ルシエルのもとに一人の来訪者が現れた。
薬師ギルドの高官、《アルメリア・ノート》――若き天才錬金術師である。
彼女は深々と頭を下げた。
「ルシエル様。
王立薬師ギルドは、貴方をS級特別会員として迎え入れたいのです。
ぜひ、王都にてお力を振るっていただけませんか?」
ルシエルは相変わらず無表情で、すぐに答えた。
「条件がある。材料の自由調達、店舗の維持、そして……」
「はい、なんでしょう?」
「“ラリオンの森から移動しない”こと。」
アルメリアは数秒固まったが、やがて理解した。
――この人は、世界を動かす力を持っていながら、それをまるで“どうでもいい”かのように扱っている。
「……承知いたしました。
ラリオン薬局分室として、正式にギルド登録いたします!」
世界がざわつき始める
その日を境に、各地の王国、魔王軍、冒険者ギルドが、一斉にざわつき始めた。
“あのラリオンの森に、神薬を創る存在がいる”
“彼に味方すれば不死身になる”
“彼を敵に回せば国ごと滅びる”
だが当の本人は、薬局の軒下でお茶を淹れながら、空を見上げていた。
「……結局、人間も魔族も。
すぐ大騒ぎしたがるよな。
薬草、ちゃんと採ればいいだけなのに。」
そして今日も、門の前には異形の影が列を成す。
「お次の方どうぞ。」
その一言に、かつて王を滅ぼした龍が、丁寧に頭を下げた。
次回予告:
第三章『伝説級クエスト、依頼されました』
突如届いた王国からの依頼書。
内容は、「王妃の呪いを解いてほしい」。
しかしそれを狙う、異端教団が動き出し──