千の毒と、眠れる竜
(せん の どく と、ねむれる りゅう)
【序章】──目覚め
場所は、大陸の東の果て、《アトラ=ベレ砂漠》。
誰も近づかない毒の瘴気に包まれた「封印の谷」──
地中深く、巨大な心音が響く。
ドン……ドン……
「……我、いまだ“癒し”を許さぬ」
「我が毒こそが、自然の摂理……」
「万象の命を喰らい、浄化を拒む……」
――《千毒竜ベラグ=ナード》、覚醒す。
【現在】──伝令
ナダル=エリア王宮・医務塔。
リオンの回復から3日後──
ルシエルは、リィナ姫と共に新設された“薬局舎”の準備に取りかかっていた。
王国の法律が緩和され、医療と薬が再び民のもとへ戻ろうとしていた。
だが──そのとき、王宮に緊急の伝令が駆け込んできた。
「東の“アトラ=ベレ”にて、黒瘴と毒性生命の異常発生──!
旧神記録にある《ベラグ=ナード》、復活の兆候あり!」
リィナが凍りつく。
「……千年前の毒竜が、復活……?
まさか、あれは伝説では……!」
ルシエルは静かに立ち上がる。
「毒の王、か……
なら“薬屋”として、行くしかないな。」
【情報】──千の毒竜《ベラグ=ナード》
かつて、神々の時代に“自然の調律”を拒否し、
すべてを毒に染めた災厄の竜。
毒性は「魂」まで侵すほどで、
《癒し》の力すら腐らせる“呪毒”を放つ。
その身体には“千の毒器官”が存在し、
1つ1つが独立して作用するため、どんな解毒法も無効化される。
過去、神々は倒すことを諦め、
封印術と“霊薬”を組み合わせて眠らせた。
──その“霊薬”を生み出したのが、創薬神アステル=マグナだった。
【準備】──旅立ちの薬箱
ルシエルは、再び薬箱を背負う。
だが今回は、“薬”だけではない。
・《万能中和瓶・試作型》
・《呪毒干渉式霊脈測定器》
・《感情共鳴型・血清構築図》
・そして、創薬神が遺した《完全封印薬素図(コード:Ω)》
リィナ姫が差し出したのは、かつて王宮が保管していた“封印鍵”だった。
「これを……持っていってください。
もし万が一、薬が届かない時は、これで……」
ルシエルはそれを受け取り、言った。
「使わずに済むといいな。」
【到達】──アトラ=ベレ砂漠
数日後──
ルシエルと彼に同行した数名の“治療班”は、砂の毒霧に包まれた谷に到達した。
そこはすでに“命なき地”と化していた。
土壌からは毒花が咲き、
鳥も獣もいない。
ただ、重く濃い空気が、あらゆる癒しを拒絶していた。
だが、ルシエルはその中心に向かって進む。
「“毒の絶望”か……
面白れぇじゃねぇか。
薬が届かないなら、作り直すだけだ。」
彼は、地脈を測りながら、竜の心臓に相当する「毒核」の座標を特定していく。
【遭遇】──毒の意志と対話
そのとき──
空気が振動し、巨大な影が空を覆う。
「ククク……ようやく来たか、創薬の器……
“癒し”を名乗るお前こそ、この世の毒。」
声の主は、天を覆う黒翼と角を持つ巨竜──
千毒竜《ベラグ=ナード》。
「この世界は“腐敗”によって進化する。
癒す者は、弱者を延命させる愚か者……!」
ルシエルは真っ直ぐその目を見つめて、言い放つ。
「だったらその腐敗、“根こそぎ中和”してやるよ。」