表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

沈黙の病と、選ばれた献身

(ちんもく の やまい と、えらばれた けんしん)




王宮地下《白の牢室》


「ついてきてください。……誰にも言ってはいけません。」


リィナ姫の声音は、明らかに揺れていた。

傲慢だった姿はなく、今は一人の“姉”の顔。


ルシエルは、黙って後ろをついていく。


城の奥深く──

衛兵すら立ち入れぬ地下牢に、その“存在”はあった。


扉が軋みながら開く。


そこにいたのは──


まだ10歳にも満たない少年。

だがその顔は蒼白で、瞳には光がない。

口も開かず、目も合わさない。

まるで“人形”のようだった。


「……弟です。

名は《リオン=エリア》。

6年前、原因不明の熱病に倒れ、以来ずっとこの状態です。」


「聖堂の神官でも、古代の呪文師でも、誰一人……治せなかった。」


リィナは震えながら言う。


「薬なんて、信じていない。でも……

それでも──貴方なら、もしかしたら……」




“命の反応”を診る薬師


ルシエルは黙ってリオンに近づき、そっと手首に触れた。


肌は冷たく、鼓動は乱れている。

目を開いていても、“意識”は遠くにあるようだった。


「……これは、“沈黙病”。

脳と神経系が、魂の拒絶反応を起こしている。

体が生きていても、“生きる意志”が消えてる状態。」


「元は、薬害じゃない。

何か強い“意志干渉”が原因だ。」


「たぶん……彼は、誰かを“守るために”自分を閉ざした。」


リィナの手が震える。


「そんな……じゃあ、治せるの……?」


ルシエルは、薬箱からひとつの小瓶を取り出す。

淡い銀色の液体がゆっくり揺れる。


「これは、“魂結露”──

魂と脳を一時的に再接続させ、意志を呼び起こす薬。」


「ただし、条件がある。」


「彼の意志が、まだ“誰かに会いたい”と思っていないと、効かない。」




献身の夜


リィナは膝をつき、リオンの手を握る。


「リオン……私よ……

ずっと一人でごめんね。

貴方が倒れた時、私は何もできなかった……!」


「だから、全部憎んだの。薬も、病も、世界も……!」


「でも違う。

私、逃げてたんだ。

あなたが“誰かを守ろうとしてた”ってことすら、見ようとしなかった……!」


涙が彼女の頬を伝う。


その時、ルシエルが薬をリオンの唇に運ぶ。


「飲ませてください。

“姫”ではなく、“姉”として。」


リィナは震える手で、リオンに薬を含ませた──


沈黙。


だが数十秒後──


「……ねえ……お姉、ちゃん……?」




微かに震えた声が、空気を震わせた。


リオンが、6年ぶりに口を開いた瞬間だった。




癒しという奇跡


「──! リオンっ……!」


リィナは彼を強く抱きしめる。


ルシエルは静かに背を向け、部屋を出ていこうとした。


だがその背中に、リィナの声が届く。


「待って……!」


「……ありがとう。薬師様……

いえ、ルシエル様──」


「……どうか、私を……この国を、薬の罪から解き放ってください。」


彼女のその声は、6年前とは違う。


誰かを守りたいと願う、“真の献身”の声だった。




命を繋ぐ者の名


ルシエルは立ち止まり、ぽつりと呟いた。


「俺はただの薬屋だよ。

必要な時に、必要なだけ作ってるだけだ。」


そしてこう続けた。


「──だが、“薬の意味”を理解する者が、

たった一人でも増えたのなら、それで充分だ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ