毒の王国と、薬を憎む姫
(どく の おうこく と、くすり を にくむ ひめ)
ナダル=エリア王国
西方の広大な荒野に築かれた、鉄壁の要塞国家──
それが《ナダル=エリア》。
この国には、奇妙な法律がある。
「すべての薬品の持ち込み・所持・使用を禁ずる」
「薬師・錬金術師は反逆罪に準ずる」
「治療は聖堂の“祝福”に限られ、薬は“禁忌”とする」
つまりここでは、薬そのものが罪だった。
その根幹を定めたのは、現女王──《リィナ=エリア》。
彼女はまだ18歳の若き王女にして、この国を統べる“白き炎の姫”。
「この地に、薬など必要ない。
薬は弱さを呼び、命を奪う。
私にとって薬とは、“憎しみ”そのもの。」
彼女の瞳には、深い哀しみと怒りが宿っていた。
薬師、禁忌の地に入る
一方その頃──
ナダル=エリア南門の監視所に、旅装束の男が現れた。
帽子を深くかぶり、風に揺れる黒いコート。
背中に大きな薬箱を背負っている。
「……旅の商人です。通してもらえますか?」
門番は眉をひそめる。
「その箱……怪しいな。開けてもらおうか。」
男──ルシエルは無言で頷き、蓋を開けた。
中には、乾燥したハーブ、織布、香油──
どれも“薬”には見えない。
(※実際には、薬草や粉末薬を《香料》や《繊維素材》として偽装している)
「ふむ……問題ないようだな。通れ。」
ルシエルは、静かに街の中へと足を踏み入れた。
「“薬を忌む国”ね……
じゃあ、ここからが本番だ。」
呪われた街の真実
ルシエルは街中を歩き、ひとつの異常に気づく。
──人々の顔色が悪い。
──老人も子供も咳き込み、傷が癒えず膿んでいる。
──それでも、誰も“薬”を求めようとしない。
代わりに、聖堂の祈りと祝福にすがる人々。
その祈りすら、もはや形骸化していた。
「……これはもう、“信仰”じゃなくて“洗脳”だな。」
だがルシエルは、どこかの路地裏で倒れていた少年を見つけた。
体は高熱で震え、唇は乾き、意識も朦朧としている。
「大丈夫か?」
「……おじちゃん、薬……ダメ、だよ……
つかまる……ぼく、つかまっちゃう……」
「なら、これは“お茶”ってことで。」
彼は微笑んで、小さな瓶を取り出す。
中身は、免疫と回復力を高める《月草の蜜湯》。
少年がそれを飲むと、すぐに体が落ち着いていく。
──だが、それを物陰から見ていた者がいた。
薬を憎む姫との邂逅
その夜、王宮の議会室。
白いドレスの少女が、報告を受けていた。
「姫様──
街で“薬”と思われる瓶を使用した不審者が目撃されました。」
「……名前は?」
「偽名を使っており、現在特定中です。
ただ、非常に高度な調合技術を持つ模様……
“外の薬師”の可能性があります。」
姫──リィナ=エリアは目を閉じた。
「──ならば、その者を宮殿に招待なさい。
“罠”を仕掛けて。」
「はっ。」
王宮の罠と“薬”の定義
翌日、ルシエルのもとに、思いがけぬ“招待状”が届いた。
“親善目的で、ナダル=エリア城にお越しください”
“街の治安状況にご協力いただける方を歓迎します”
ルシエルはあっさりと応じた。
王宮に入ると、リィナ姫が一人、応接の椅子に座っていた。
「お初にお目にかかります、旅の商人様。
本日は、お時間をいただきありがとうございます。」
「こちらこそ、光栄です。」
「──ですが一つ、確認したいことがあります。
貴方は、街で“薬”を使った。間違いありませんか?」
ルシエルは、少しだけ微笑む。
「ではお伺いします。
姫様、薬とは何ですか?」
「病を癒す……だが、時に命を奪う、“忌むべき毒”です。」
「では、“癒すもの”すべてが毒ですか?」
「…………」
ルシエルは、ひとつの瓶を取り出す。
「これは、ただの“茶”です。
けれど、病人が飲めば癒える。
毒か、薬か──それを決めるのは、使い方と“意志”です。」
「……っ……!」
リィナ姫の瞳が揺れる。
それは、かつて自分が父を失った時と、そっくりな言葉だった。
姫の過去と、心の崩壊
「……父は、薬によって殺された。」
リィナは声を震わせる。
「“禁断の療法”を使い、命を救おうとしたと言う者もいた……
だが結果、父は……苦しんで死んだ……!」
「その薬を作った者も、何も言わずに消えた。
だから私は、薬そのものを憎むようになった……!」
ルシエルは、ただ静かに言う。
「なら、その薬を“正しく使えば救えた”可能性があったことも、知ってるんだろ?」
「────!」
「薬は、弱さの証じゃない。
命を繋ぐための、“手段”なんだ。」