脱走
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【地下隔離房・数日後】
カイとリクは、それぞれの房の中で、静かに鍛錬を積んでいた。
カイ側:
「俺はスキルを使えない…使えたのは仙人の力だけだ。何だ、今までと何も変わってねぇ。まてよ…?」
リク側:
「“火”は熱じゃない。エネルギーの“解放”だ。
だったらこの床の摩擦熱も……本質は火と近いはず」
リクは指先で床を擦り、温度の上昇に意識を集中する。
「《本質定義:熱源→火核》」
次の瞬間、床の一点から赤い輝きが滲み出す。
リクの目が光る。
「これだ……概念を重ねて、世界に“理解させる”。そうすれば、ここでも創造できる!」
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数日後・2人が得たスキルの成果:
カイ:特になし(試行錯誤中)
リク:
《火核起点》:物質の摩擦や熱から小規模な火核を作成する技。
《創造断片》:複数の属性を“断片的”に再現する(不安定だが、組み合わせの布石になる)。
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お互いの存在を感じながら、彼らは少しずつ、“この世界でも戦える自分”を取り戻していく。
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【地下房・カイの独房】
錠の音が響き渡る静寂のなか、カイは目を閉じ、内なる深層に意識を沈めていた。
「……スキルが使えなくても、あの力は、“自分を捨てる”覚悟から来たはず……」
あの時、仲間を守るために自らの鍛錬や誇りを捨てた。
断誓のカゲヨロイは“内側から現れる鎧”。ならば──この世界でも、その意志があれば現れるのではないか。
カイは拳を握り、再び誓うように呟いた。
「……今の俺が持ってるものを、またすべて捨てても構わない。リクを連れて、元の世界に帰るためなら」
その瞬間──
彼の背後に、うっすらと黒と白の光のゆらめきが現れた。
だが、形はぼやけ、完全な発現には至らない。
「……まだ“この世界”が認識していない……。でも、ほんのわずかに応えた」
確信した。
断誓のカゲヨロイは“スキル”ではなく、“誓い”そのもの。
ならば、時間をかければ再び完全に呼び出せる可能性はある。
次に、カイは額に手を当て、魂為眼を試みる。
対象の魂を視る瞳──これもまた“精神性”から発動する力だ。
視線を壁の向こう、リクのいる方向へ向け、ゆっくりと集中する。
「リク……今、お前の“核”はどこにある?」
──微かに、リクの魂が燃えるような揺らぎとして視えた。
しかしその像はぶれ、輪郭がはっきりしない。
「……やはりこの世界では、魂すら違うのか」
それでも、反応が“ゼロではなかった”。
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カイはカゲヨロイの力を微かに呼び起こすことに成功。ただしまだ不完全。
魂為眼も弱く発動。ただし、この世界では“魂の構造”が違うようで解析が難しい。
どちらも、“スキル”ではなく“精神と意志”に起因するため、再習得可能な兆しがある。
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【第十管区・処刑場への道】
鎖のきしむ音と、鋼鉄のブーツが石畳を打つ音だけが響いていた。
リクとカイ、それぞれの手足には魔力封じの枷が嵌められ、重く冷たい鎖で繋がれている。
兵士たちは無言だ。
二人を乗せた小型の囚人輸送車は、城壁を越え、王都の中心に近い処刑場へと進んでいく。
「……ここまでか」
カイが静かに呟く。
だがその声には、諦めではなく、次の一手を探る鋭さがあった。
リクは前を睨みながら言った。
「奴ら、本気で処す気だな。正体が異界の者ってバレたのが決定打か……」
「今、スキルは封じられてる。でも、あの時、わずかに魂為眼は動いた」
「つまり……小細工次第で“何か”できるかもしれないってわけか」
運搬車が止まる。
兵士が鎖を引き、二人を無言で処刑台の階段へと導く。
観衆の姿はない。
ただ重々しい雲と、軍高官らの静観する視線だけが覆っていた。
「リク」
「……わかってる。最期まで、足掻くぞ」
処刑執行人が現れる。
黒布で顔を覆い、巨大な刃を手に持ち、無言で立つ。
カイは足元の土を感じながら、そっと目を閉じる。
──感じろ。この世界が、俺たちをどう“認識”しているのか──
その瞬間、リクの鎖が一瞬だけ“震えた”。
「……カイ、お前の……カゲヨロイ、来てるぞ」
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【処刑台上──裂け目の意志】
刃が振り上げられた瞬間、リクが目を見開いた。
「“重力”は……質量と位置によって定まる。なら、俺は……“重さの本質”を……世界に、認識させる!」
叫びとともに、リクの体を包む鎖が低く鳴動する。
直後、重力を操作する微細なフィールドが発生し、地面が軋んだ。
「今だ、カイ!」
リクの声が風を裂く。
カイは目を閉じ、仙人の力ではなく、自分の“意志”の力で魂為眼を強く念じた。
「“影よ、我が誓いを写せ──断誓のカゲヨロイ!”」
封じられていた影が一瞬揺れた。
──ギィィィィッ……!
刃が振り下ろされる寸前、カイの足元から影が噴き上がり、黒い鎧の輪郭を瞬間的に形成する。
断誓のカゲヨロイが不完全ながらも発動し、処刑人の刃を弾き飛ばした!
「なっ、スキルが封じられていたはずでは!?」
後ろにいた兵士が動揺する。
「世界の“認識”を少しずつズラすだけだよ」
リクが片膝をつきながら、手のひらを地面に向けた。
「“重力核・簡式展開!”」
処刑台が爆ぜる。石材が跳ね上がり、視界を覆う土煙とともに、リクとカイは煙の中へと消えた。
「──行くぞ、リク!」
「当然!」
煙を抜けた先で、二人はすぐさま路地へと駆け込んだ。
全力のスキルではない。それでも、“ここでは何が可能か”の答えを掴み始めた。
「……逃げたぞ! 処刑囚が逃げた!」
兵たちの怒号が響く。
だが、二人はもう、確かに歩き始めていた。
“この世界でも、抗う力は手に入る”と。
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「やれやれ、僕が普通の錠に変えてなかったら死んでたよ…ま、おじさんに頼まれたからな…」
?はそう言って姿を消した。