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こちらの世界とあちらの世界



険しい岩山のふもとに差し掛かったところで、カイは一息つき、隣を歩くリクに声をかけた。


「なあリク。移動スキル、創ってくれないか? このままじゃ、王国に着くまで何日かかるかわからない」


リクは一瞬立ち止まり、疲労の色を隠さず首を横に振る。


「……無理だ」


「え?」


「俺の“創造スキル”……今は最低限の感知能力くらいしか残ってない。あの戦いのあと、Dr.オーダに後天的につけられた魔力の大部分は燃え尽きた」


カイは驚いたように目を見開く。


「それって……もしかして、もう“創る”こと自体ができないってことか?」


リクは無言のまま、自分の手を見下ろす。かつては想像ひとつで武器も技も創り出していたその掌が、今はただの少年の手に戻ったかのように見えた。


「……いや、まったく無理じゃない。ただ、今の俺には“代償”が必要になる。命か記憶か、精神か。何かを削らないと、創造は起きない」


カイは静かにうなずき、肩の荷を少し下ろすように言った。


「わかった。なら、自分の足で行こう。こういう地道な旅も、たまには悪くないさ」


「……そうかもな」とリクは苦笑を漏らし、空を見上げた。


高く昇る二つの太陽が、この世界が“異なる法則で動いている”ことを、改めて突きつけていた。




乾いた風が、切り立った岩の合間を吹き抜ける。どこまでも続く赤土の荒野の中、リクとカイは小さな丘の上で足を止めた。


「ここらで、一度確認しとこうか。今の俺たちの“戦える力”が、どれだけ残ってるのか」


カイが背中から小石を拾い、掌で軽く弾いた。反応するように、微かに赤い閃光が指先に灯る。しかしそれは、かつてのプロミネンスのような豪炎とは程遠く、消え入りそうな熱だった。


「……やっぱり、仙人たちの力は感じないな。この世界じゃ、力の“系統”そのものが違う」


リクも手をかざし、小さな創造の光を試みる。だが、浮かび上がったのは指先ほどの光の矢──限界ぎりぎりの創造物だった。


「魔力の性質も違う。こっちは、元素じゃなくて“言霊”が力の基盤になってるかもしれない。試しに何か名前つけて放ってみるといい」


「……名前?」


カイは疑わしげに眉をひそめつつ、試しに両手を前に出し、つぶやいた。


「《ブレイズ・スパーク》!」


すると、ほんのわずかだが火花がほとばしり、地面に焦げ跡をつけた。


「……出た。けど、こんなのじゃあ獣にも通じねえ」


「いや、今のは大きな収穫だ。思念と名付けの力を合わせれば、この世界でもある程度は“再構築”できるってことだ」


リクはカイに向き直り、真剣な目で続けた。


「力を取り戻すには、この世界の法則に合わせて、一から“習得”し直す必要がある。俺たちは強かった。でも今は……ただの旅人だ」


カイはうなずき、拳を握りしめた。


「だったら、また鍛え直すだけだ。帰るためにな」


リクは口元をわずかにゆるめ、かすかに笑った。


「……ああ。“俺たち”の力で、な」




それから数日、リクとカイは街道沿いの小さな村にたどり着いた。村には“文法士グラマリスト”と呼ばれる職業の男が住んでいた。


「スキルは“名”と“意”によって成る。物の本質を言葉で定義し、世界にそれを認識させる……それがこの世界の魔法体系だ」


年老いた文法士は、巻物を広げながら静かに説明した。そこには、「風を斬る刃=斬風刃ざんぷうじん」「壁に刻む言葉=刻盾文こくじゅんもん」など、奇妙だが理にかなった名前の魔法が並んでいた。


「つまり、“呪文”じゃなくて、“ふみ”なんだな」とカイ。


「名前と想いが一致したとき、初めて発動する。この世界では『正しく名付ける』ことが力になる」


リクは深くうなずいた。


「それ、創造スキルの理論に近い。オーダは強引に魔力で捻じ曲げてたけど……ここでは、自然と“世界の許容”が前提になるんだ」


「だから魔力も自前じゃだめなんだな。“意味”がなけりゃ、力も出ねえ」


文法士は微笑みながら、続けた。


「君たちのような異界の者は、“継ぎ接ぎの理”──つまり、他世界の概念と、この世界の理を融合させる才能があるはずだ。訓練すれば、いずれ“名を与えるネームスミス”になれるかもしれん」


「名を与える者……」


カイとリクは顔を見合わせた。その言葉は、かつての自分たちの戦い方とは全く違うが、どこかで共鳴する響きを持っていた。


「やってみる価値はあるな」とリク。


「世界の言葉で戦うなら、この世界で“本当の自分”を知る必要もありそうだな」とカイ。






リクは机に向かい、紙に細かな文字を記していた。カイもまた、地面に棒で円を描きながら思案していた。


「“疾雷穿しつらいせん”……雷の槍で貫くイメージだ。スピードと貫通力に特化させた」

リクが口にすると、手元に淡い光が灯り、雷のエネルギーが集束していく。


カイも立ち上がり、拳を構えた。「オレは“重煌陣じゅうこうじん”。地の力を借りて拳に重力を乗せる……仙人の力に似てるけど、これはちゃんと“この世界の文法”に則ってるはずだ」


その様子を見ていた文法士は、ふたりの技の完成に満足げにうなずいた。しかし、リクがふと尋ねた。


「なあ、前に言ってた“異界の者”って……やっぱり、俺たちがいた世界のことだよな。戻る方法、知ってるんじゃないか?」


文法士の表情が固まった。


「知ってはいる……だが、教えるわけにはいかない」


「なぜ?」とカイが一歩踏み出す。


老文法士は、火を焚いていた炉に目を向けながら、静かに語った。


「この世界のいくつかの国々は、長年、“向こうの世界”──つまり君たちの元いた次元を“楽園”と呼んできた。高度な技術、整った魔力の流れ、そして異質な創造力……そのすべてが喉から手が出るほど欲しい。今なお、異界に通じる“裂け目”を探し続けている。だがそれは侵略のためだ」


「侵略……!」リクが低くつぶやく。


「君たちが向こうへ戻れば、裂け目の場所も、世界の構造も明かされる。そして、こちらの支配者たちはそこを壊しに行くだろう。君たちが平和のために動いても、それは戦争の火種になる」


カイは歯を食いしばった。「じゃあ、帰ることすら許されないのかよ」


「帰る方法がないとは言わん。だが、選択には代償がある」


リクとカイは沈黙の中で向き合った。かつての戦いが終わり、新たな世界に立ったはずのふたりに、またしても“世界の命運”がのしかかろうとしていた──。



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