第91話『大地の神殿!最後の混沌の印!』
◆◇1. 六つの力を携えて
「《コンプリート・ティア》…すごく温かい」
湖から出た一行は、岸辺で休息を取っていた。フィーナは掌の上で輝く結晶を見つめていた。六つの力——氷、炎、水、風、光、闇が一つになった結晶は、虹色の光に漆黒と純白が混じり合う不思議な輝きを放っていた。
「最後の混沌の印、大地の印はどこにあるの?」
フィーナがイグニスに尋ねる。
イグニスは東の遠くに広がる山脈を見つめながら答えた。
「大地の神殿は、あの山々の中、最も高い頂に近い場所にある。"天空の谷"と呼ばれる場所だ」
「また山か」
カゼハがため息をついた。
「オレ様の力で飛べばいいんだろうけど、この距離じゃさすがに無理だな」
「力を使い果たすわけにはいかない」
ルークが言った。
「これからの戦いこそが本番だ」
一行は湖を後にし、東の山脈へと向かって歩き出した。道中、フィーナは《コンプリート・ティア》の力に集中していた。結晶の中で六つの力が共鳴し合い、これまでとは違う感覚を彼女に与えていた。
「この力…なんだか違う感じがする」
フィーナが呟いた。
「前世の記憶に似たものがないんだ」
「当然だろう」
イグニスが説明する。
「六つの精霊の力が一つになった存在は、伝説の中でさえ稀だ。古の予言に"調和の勇者"が現れるとあったが…」
「調和の勇者?それって、私のこと?」
「そう思われるな」
イグニスの表情は真剣だった。
「前世の記憶を持ち、この世界に転生したあなたこそが、予言の勇者なのかもしれない」
「そんな…大げさな」
フィーナは少し照れ臭そうにした。
「私はただ、皆と一緒に世界を救いたいだけなんだ」
カゼハが笑いながら肩を叩いた。
「謙虚だな。でもそれがフィーナらしさだ。オレ様もお前についていくぜ」
ルークも珍しく微笑んだ。
「まさか世界を救うことになるとは思わなかったがな」
山脈が近づくにつれ、《コンプリート・ティア》の反応は強くなっていった。
「大地の混沌の印がある。確かだ」
◆◇2. 天空の谷への道
「山の途中から霧が濃くなる」
一行は山道を登りながら、周囲の変化に警戒していた。標高が上がるにつれて、霧が濃くなり、前方の視界がぼやけてきた。
「風の羽衣の力で霧を晴らせるかも」
フィーナは風の羽衣を身にまとう。
羽衣の力で風を操ると、霧は少し晴れたものの、完全には消えなかった。
「この霧は自然のものじゃない」
イグニスが眉をひそめる。
「大地の神殿の守りだ」
「守り?」
「ああ。混沌の印はそれぞれ、守りを持っている。水の神殿は海の中、風の神殿は天空に。そして大地の神殿は…霧の迷路の中にある」
「霧の迷路か…」
ルークが剣を抜いて警戒する。
「この霧の中には何が潜んでいるかわからんな」
カゼハの耳がピクピクと動いた。
「何か…聞こえる」
静寂の中、かすかな足音が聞こえてくる。霧の中から、人影が現れた。
「誰だ!」
姿を現したのは、古めかしい服装をした老人だった。白髪と長い髭を持ち、杖をついている。
「霧の中を歩く勇敢な旅人たちよ」
老人が穏やかな声で言った。
「何を求めてこの危険な山に来たのだ?」
「あなたは…?」
フィーナが警戒しながら尋ねる。
「私は山の案内人」
老人は微笑んだ。
「名をジロンといい、この山に住みついて数百年になる」
「数百年?」
カゼハが驚いた声を上げる。
「人間じゃないな?」
「鋭いな、獣人よ」
ジロンはくすりと笑った。
「私は山の精霊だ。大地の神殿への道を知っている」
イグニスが一歩前に出た。
「我々は大地の混沌の印を求めている。シャドウモアの脅威から守るために」
ジロンの表情が真剣になった。
「そうか…予言の時が来たか」
彼はフィーナを見つめ、《コンプリート・ティア》に目を留めた。
「六つの力が一つになった…調和の勇者よ、私はあなたに協力しよう」
「本当?」
フィーナは安堵した。
「だが、警告しておく」
ジロンは杖を地面に突き、周囲の霧が渦を巻いた。
「天空の谷へ向かう道は危険に満ちている。そして大地の神殿は…すでにシャドウモアの影響を受けているかもしれない」
「覚悟はできている」
イグニスがうなずいた。
「では、私について来なさい」
ジロンは霧の中へと歩き出した。
「天空の谷へと続く隠された道を案内しよう」
◆◇3. 天空の谷の秘密
ジロンに導かれて霧の中を進むこと数時間。やがて霧が晴れ、一行の前に驚くべき光景が広がった。
「これが…天空の谷」
山々に囲まれた広大な盆地。そこには豊かな緑と、色鮮やかな花々が咲き誇っていた。谷の中央には巨大な樹が立ち、その根元から清らかな水が湧き出している。
「信じられない…こんな場所が山の中に」
フィーナは息を呑んだ。
「天空の谷は特別な場所」
ジロンが説明する。
「大地の力が強く集まる聖地だ。大地の精霊王テラが住まう場所でもある」
「テラ…」
イグニスが呟いた。
「精霊王の中でも最も古い存在だ」
谷を進むにつれ、《コンプリート・ティア》の反応はさらに強まった。結晶から七色の光が放たれ、最後の欠片——《アース・ティア》を求めているかのようだった。
「大地の神殿はあの大樹の中にある」
ジロンが指さした。
「テラの力がその樹を通して世界に広がっている」
一行が大樹に近づくと、樹の幹に開いた大きな入り口が見えた。しかし、その周囲には黒い蔦が絡みつき、入り口を半ば塞いでいる。
「シャドウモアの影響だ」
イグニスの表情が引き締まる。
「テラも侵されているのか」
「恐らくな」
ジロンが悲しげに頷く。
「大地は全ての基盤。ここが崩れれば、世界の均衡が崩れる」
「行かなくちゃ」
フィーナは決意を固めた。
「六つの力があれば、きっと助けられる」
彼女が《コンプリート・ティア》を掲げると、結晶の光が黒い蔦を弱め、道を開いた。
「中に入るぞ」
大樹の内部は予想以上に広く、中空となった幹の中には螺旋状の階段が下へと続いていた。樹の中心を通る形で、地下深くへと降りていく道だ。
「大地の神殿は地下にある」
ジロンが説明する。
「表面は青々とした谷だが、真の力は地の底に眠っている」
階段を下りていくにつれ、周囲の壁に刻まれた古代の文字や彫刻が見えてきた。それは世界の創造と、七つの混沌の印が封印するアビスロードの物語を描いていた。
「これは…世界の始まりの物語か」
イグニスが壁を見つめる。
「そう」
ジロンがうなずく。
「かつて世界は混沌だった。アビスロードがその全てを支配していた時代だ」
「アビスロード…今まで何度も聞いたけど、一体何者なの?」フィーナが尋ねる。
「原初の混沌」
ジロンの声が低くなる。
「光も闇も、生も死も区別のなかった時代を司る存在。しかし、その力があまりに強大だったため、世界は形を成せなかった」
「そこで七人の勇者が現れ、七つの混沌の印を作り出した」
イグニスが続けた。
「アビスロードを封印し、世界に秩序をもたらしたのだ」
「それが私たちの旅の目的…七つの混沌の印を守ること」
フィーナが理解した。
階段の終わりに、一行は巨大な扉の前に立った。黄金と翡翠で装飾された扉には、大地を象徴する様々な模様が刻まれている。
「大地の神殿だ」
◆◇4. テラの危機
扉が開くと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
大地の神殿は巨大な空洞で、天井からは水晶が垂れ下がり、床には七色の鉱物が埋め込まれていた。中央には大きな玉座があり、そこに座す存在——それが大地の精霊王テラだった。
テラの姿は人間に似ているが、その体は岩と鉱物で形作られ、髪の代わりに緑の草が生えていた。しかし今は、その体の多くが黒い石に変わり、生命力が失われているようだった。
「テラ…」
イグニスが悲しげに呼びかける。
「イグニス…来てくれたか」
テラの声は大地の鼓動のように低く響いた。
「そして…調和の勇者も」
フィーナが一歩前に出た。
「あなたを助けに来ました。大地の混沌の印も」
「感謝する…だが、遅すぎたかもしれぬ」
テラの声に痛みが混じる。
「シャドウモアの力は私の核心まで侵食している」
「シャドウモアって一体何者なの?」
フィーナが尋ねる。
「単なる闇の力じゃないでしょう?」
テラはゆっくりと目を閉じた。
「シャドウモア…それはアビスロードの分身。封印された混沌が生み出した意思だ」
「分身?」
カゼハが驚いた声を上げる。
「そう」
テラがうなずく。
「アビスロードは完全には封印できなかった。その一部が漏れ出し、シャドウモアとなった。そして彼は七つの混沌の印を破壊し、本体を解放しようとしている」
「六つの印は守られた」
イグニスが言った。
「最後はあなたの印だけだ」
「そして…彼がここにいる」
テラの言葉が終わるか終わらないかのうちに、神殿の影から黒い霧が立ち上り、一つの形を成していった。人型だが、その体は完全な闇で形作られ、赤い目だけが浮かび上がっている。
「シャドウモア…!」
「よく来た、調和の勇者よ」
シャドウモアの声は不気味に響いた。
「そして精霊王たちよ。お前たちの努力も、ここで終わりだ」
彼は黒い手を翳すと、大地が揺れ始めた。テラの体がさらに黒く変わり、苦悶の声を上げる。
「大地の混沌の印は、もはや私のもの」
シャドウモアが嘲笑う。
「これで七つの封印は崩れ、アビスロード様が復活する!」
◆◇5. 最後の決戦
「させるものか!」
イグニスが炎の力を解放し、シャドウモアに襲いかかった。カゼハも風の力で攻撃を仕掛け、ルークは剣を抜いて前に出る。
「テラ!大地の印はどこ?」
フィーナが叫ぶ。
「私の…中に…」
テラが弱々しく答える。
「胸の…翡翠が…」
フィーナはテラに近づこうとするが、シャドウモアの攻撃が彼女を阻んだ。黒い光線がフィーナめがけて放たれる。
「フィーナ!」
カゼハが風の盾で防御しようとするが、力が足りない。
その時、《コンプリート・ティア》が自ら輝き、シャドウモアの攻撃を跳ね返した。
「これは…!」
「六つの力の結晶」
シャドウモアの声に恐れが混じる。
「だが、完全ではない!最後の力なくして、私を倒すことはできん!」
彼の攻撃がさらに激しくなり、神殿全体が揺れ始めた。大地の力を操り、岩石の槍や溶岩の波が一行に襲いかかる。
「このままでは…」
フィーナは《コンプリート・ティア》の力を最大限に引き出そうとした。前世の記憶から、ファンタジーゲームの最終決戦の場面が蘇る。主人公が最後の力を解放する瞬間…
「みんな!力を貸して!」
イグニス、カゼハ、ルークが《コンプリート・ティア》に向かって手を伸ばす。彼らの思いが結晶に流れ込み、さらに強い光を放った。
「これでも足りない…」
シャドウモアが嘲る。
「すべての精霊王の力がなければ…」
「すべての力は、ここにある!」
突然、神殿に新たな光が満ちた。それは水の精霊王アクアリウス、風の精霊王エアリエル、光の精霊王ルミナス、闇の精霊王シャディアス、そして氷の精霊王グラキエスの姿だった。
「みんな…!」
「一人ではない」
アクアリウスの声が響く。
「我々の力を」
エアリエルが続ける。
五人の精霊王の力が《コンプリート・ティア》に流れ込み、結晶がかつてない輝きを放つ。
「これで終わりだ、シャドウモア!」
フィーナは《コンプリート・ティア》をテラに向け、大地の精霊王の体を包み込んだ。黒い石が剥がれ落ち、本来の姿が現れる。テラの胸から緑色の輝く石——《アース・ティア》が現れ、フィーナの結晶に向かって飛んでいった。
七つの力が一つになった瞬間、《コンプリート・ティア》は完全体となり、《アルティメット・ティア》へと変貌した。七色の光が神殿を満たし、シャドウモアの体を貫いた。
「不可能だ…!七つの力が…一つに…!」
シャドウモアの体が光に包まれ、徐々に消えていく。
「これで終わりじゃない…アビスロード様は…必ず…復活する…」
最後の言葉を残し、シャドウモアは消滅した。神殿に静寂が戻り、大地の揺れが収まった。
「勝ったの…?」
フィーナが呟いた。
「ああ」
イグニスが頷く。
「シャドウモアは倒された。七つの混沌の印も守られた」
テラが完全に回復し、玉座から立ち上がった。
「調和の勇者よ、そして精霊王たちよ。世界を救ってくれたことに感謝する」
七人の精霊王が集まり、フィーナたちを取り囲んだ。
「しかし、シャドウモアの最後の言葉が気になる」
ルミナスが言った。
「アビスロードの復活…」
「彼の言葉は真実かもしれない」
テラが厳しい表情で言った。
「シャドウモアは倒されたが、アビスロードの封印は弱まっている。いずれ彼は再び世界を脅かすだろう」
「その時は…」
フィーナは《アルティメット・ティア》を掲げた。「また立ち向かいます」
「その時が来るまで」
テラは微笑んだ。
「この《アルティメット・ティア》を守りなさい。それが世界の希望となる」
「わかりました」
◆◇次回『旅の終わりと新たな始まり!』
シャドウモアを倒し、七つの混沌の印を守ったフィーナたち。しかし、アビスロードの脅威は完全には去っていない。それぞれの旅路の終わりと、新たな責任の始まりを迎える一行。カゼハは風狐族の王として、イグニスは炎の精霊王として、そしてフィーナは調和の勇者として、それぞれの道を歩み始める時が来た。だが、彼らの絆は永遠に続く——世界の平和を守るために。




