第87話『西の迷いの森!カゼハの秘められた過去!』
◆◇1. 水の神殿からの脱出
「みんな、急いで!」
フィーナの声が水中に響く。神殿の崩壊はさらに激しさを増し、天井から巨大な石柱が落下してきた。
「あぶない!」
カゼハの素早い反応で、一行は間一髪で避けることができた。出口はすぐそこに見えるが、崩れ落ちる瓦礫で塞がれそうになっていた。
「このままじゃ間に合わない!」
ルークが焦りの声を上げる。
フィーナは胸元の三色の結晶——《トリニティ・ティア》を握りしめた。《フローズン・ティア》、《フレイム・ティア》、《アクア・ティア》が一つになったこの結晶からは、今も虹色の光が放たれている。
「《トリニティ・ティア》の力を使うわ!」
彼女が結晶を掲げると、眩い光が放たれ、水の流れを操る力が発動した。崩れ落ちる瓦礫が光に包まれて停止し、出口への道が開かれた。
「今だ!」
イグニスが叫ぶ。
四人は全力で泳ぎ、ギリギリのタイミングで神殿から脱出した。振り返ると、栄華を誇った水の神殿は瓦礫の山となり、海底へと沈んでいった。
「間に合った…」
フィーナは息を整える。
水中から表面へと上昇する中、アクアリウスの声が水の波のように響いた。
「フィーナ…西の迷いの森へ…風の混沌の印を見つけて…」
青い光の泡に包まれたまま、一行は水面に浮上した。嵐は収まり、穏やかな海が広がっていた。彼らを乗せた小舟が近くに漂っていた。
◆◇2. 西への旅路とカゼハの変化
「三つも手に入れたのか…」
南の海を後にして二日目。一行は西の迷いの森に向かって草原地帯を進んでいた。ルークが《トリニティ・ティア》を見つめながら呟いた。
「すごいよね、これが一つになるなんて」
フィーナは結晶を大事そうに扱っている。
「力も強くなったみたい」
「次は風の混沌の印か…」
イグニスが思案げに言う。
「風の精霊王エアリエルとは長い付き合いだが、彼も闇の影響を受けているかもしれないな」
その言葉を聞いて、カゼハの様子がおかしくなった。耳がピクピクと動き、何かに怯えるような表情を浮かべている。
「カゼハ?どうしたの?」
フィーナが心配そうに尋ねる。
「なんでもねぇよ…」
カゼハは視線を逸らした。
「ただ、西の迷いの森は…風狐族の古い聖地でもあるんだ」
「へぇ、カゼハの故郷なの?」
「故郷…というわけじゃねぇが…」
カゼハの声が沈む。
「オレ様は風狐族の中では…特別な立場だったんだ」
イグニスが鋭い視線を向ける。
「随分と珍しい。お前が真面目な話をするとはな」
「うるせぇ!」
カゼハは逆上したが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「…いつかは話さなきゃならねぇことだしな」
旅路が進むにつれ、遠くに深い森が見えてきた。緑の濃淡が幾重にも重なり、霧がかかったようにぼんやりとしている。
「迷いの森だ」
イグニスが言った。
「名前の通り、入ったが最後、道に迷う者も多い」
「風の羽衣があれば大丈夫だよ」
フィーナは自信を持って言ったが、カゼハの暗い表情が気になった。
◆◇3. 迷いの森の入り口で
森の入り口に立つと、一行は思わず足を止めた。木々は驚くほど巨大で、幹の直径は数メートルにも及ぶ。枝葉は空を覆い尽くし、森の中は薄暗く、神秘的な雰囲気が漂っていた。
「すごい…前世でも見たことないような森…」
フィーナは息を呑む。
その時、《トリニティ・ティア》が反応し、淡い緑色の光を放った。フィーナがそれを掲げると、結晶が一つの方向を指し示す。
「あっちに風の混沌の印があるのね」
しかし、指し示された方向を見ると、そこには鬱蒼とした暗がりしかなかった。
「風の羽衣を使ってみよう」
フィーナは風の羽衣を身にまとう。
すると驚くべきことに、森の風が彼女に語りかけてきた。
「入るな…危険だ…」
「風が…警告してる?」
フィーナは不安げに仲間を見た。
「森の意志か…」
イグニスが眉をひそめる。
「いや、それは…」
カゼハが口を開きかけた時、木々の間から影が現れた。
緑と白の毛並みを持つ狐の姿。しかし普通の狐より大きく、後ろ足で立つと人の背丈ほどもある。頭には小さな角が生え、尻尾は三本に分かれていた。
「風狐族…」
イグニスが呟いた。
その狐は一行を見ると、特にカゼハを見つめ、尻尾を震わせた。そして人の言葉で話し始めた。
「カゼハ様…お戻りになられるとは」
「カゼハ"様"?」
フィーナとルークが同時に驚きの声を上げた。
カゼハは大きく息を吐き、姿勢を正した。彼の周りに緑の風のオーラが現れ、普段とは違う威厳が漂う。
「久しぶりだな、ミント」
カゼハの声も、いつもの粗野な調子ではなく、落ち着いたものになっていた。
「ご無事で何よりです。しかし…」
ミントと呼ばれた風狐の目が悲しみに曇る。
「森は今、大変なことになっています」
「エアリエル様の様子は?」
「風の精霊王様は…闇に影響されつつあります」
ミントの声が震えた。
「先の戦いの後、森に戻られてから急に変わってしまって…そして、"王子様"も…」
「王子?」
フィーナは思わず口にした。
カゼハは苦い表情で友人たちを見た。
「実はな…オレ様こと俺は、風狐族の王子なんだ」
◆◇4. カゼハの告白
「風狐族の王子!?」
フィーナは驚きを隠せない。
「なんで黙ってたの?」
一行はミントに案内され、森の中の小さな集落へと向かっていた。木々の間に作られた家々は、幹と一体化したような造りで、自然と調和している。
「王子というほどのもんじゃねぇよ」
カゼハは少し照れたような表情を見せる。
「風狐族は小さな集団だし…それに俺は…逃げ出したんだ」
「逃げた?」
ルークが尋ねる。
「ああ…」
カゼハの表情が暗くなる。
「俺には風狐族の王としての宿命があった。風の精霊王ザフィルと契約を結び、森を守る役目だ」
彼は歩きながら続ける。
「でもその"契約"ってのが重荷でな…一生ここから出られなくなる。俺は世界を見てみたかったんだ」
「それで旅に出たのね」
フィーナが理解したように頷く。
「ああ、そうしてエアリアル様に認められたお前らを気に入って、一緒に旅に出たってわけさ」
カゼハは少し照れながらも、真面目な表情で言った。
「最初は単純に面白そうだと思っただけだったが……お前らと旅するうちに、色々と考えさせられてな」
集落の中心に着くと、さらに多くの風狐族が姿を現した。彼らはみなカゼハを見て深々と頭を下げる。
「皆、変わっていないな」
カゼハは少し居心地悪そうにしている。
「変わっていないのはあなた様です」
年老いた一匹の風狐が前に出てきた。
「責任から逃げ続けて…」
「爺様…」
カゼハの耳がぺたりと垂れる。
「風狐長老のミズキです」
老狐はフィーナたちに自己紹介した。
「カゼハ様が出ていった後、森は徐々に闇に侵されていきました。そして…」
「風の精霊王が汚染されている」
イグニスが言葉を継いだ。
「我々はそのために来た。風の混沌の印を守るために」
長老の目が輝いた。
「あなたは…炎の精霊王イグニス」
「ああ」
イグニスが頷く。
「そして君は…」
長老はフィーナを見つめた。
「ティアの欠片の持ち主」
フィーナは《トリニティ・ティア》を見せた。
「三つの欠片が一つになりました」
「三つも…」
長老は驚きの表情を見せる。
「古い予言にあった通りだ…」
◆◇5. 王子の決断
長老の家で、状況の説明を受ける一行。風狐族の歴史と風の精霊王との契約についての話を聞いた。
「風狐族は古来より風の森を守ってきた」
長老が語る。
「そして代々の王は、風の精霊王と契約を結び、混沌の印を守る役目を担ってきた」
「それって、どんな契約なの?」
フィーナが尋ねる。
「王は自らの命の一部を精霊王に差し出し、代わりに精霊王の力の一部を受け取る。それによって森と一体化し、永久に森を守る存在となる」
「命の一部…」
フィーナは息を呑む。
「そう、だから俺は逃げ出したんだ」
カゼハが静かに言った。
「一度契約を結べば、もう森から出られない。自由を失うのが怖かった」
「でも今は…」
カゼハは窓の外を見やる。森の奥深くから黒い霧が立ち上っているのが見えた。
「シャドウモアの闇がエアリエルに影響している。先の戦いで彼は力を使い果たし、弱っていたところを狙われたんだ」
「お前を責めているわけじゃない」
イグニスが言った。
「アクアリウスもそうだったが、シャドウモアの影響は強い。エアリエルが弱っていたのは先の戦いの影響もある。お前一人の責任ではない」
「でも、俺には責任がある」
カゼハは決意を固めたように立ち上がった。
「これまで逃げてきたが、もう逃げるわけにはいかない」
「カゼハ…」
フィーナが心配そうに見つめる。
「心配するな」
カゼハは珍しく穏やかな笑顔を見せた。
「お前らと旅して、大切なものを守るってのがどういうことか、わかった気がするんだ」
「カゼハ様…」
長老の目に涙が浮かぶ。
「爺様、風の神殿への案内を頼む」
カゼハは真っ直ぐに長老を見つめた。
「エアリエル様を元に戻してやる。先の戦いであんなに頑張ったのに、こんな形で終わらせるわけにはいかない」
「しかし、森の奥深くは今、闇の力で満ちています。普通の方法では…」
フィーナが《トリニティ・ティア》を掲げた。
「これがあるから大丈夫。私たちには三つの精霊の力がある」
長老は頷いた。
「では夜明けに出発しましょう。今晩は休息を」
夜、村の宿で休んでいる間、フィーナはカゼハが外に出ていくのを見た。彼は満月を見上げ、風に語りかけるように立っていた。
「大丈夫?」
フィーナが近づく。
「ああ…ちょっと考え事でな」
カゼハは珍しく素直な表情を見せる。
「明日からは、もう"オレ様"じゃなく、風狐族の王としてやっていかなきゃならねぇ」
「それって…もう旅に出られないってこと?」
「ああ、たぶんな…」
カゼハの声に寂しさが混じる。
「だが、それも悪くねぇさ。お前らと旅して、色々見てきたしな」
「寂しくなるよ…」
フィーナの目に涙が浮かぶ。
「泣くなよ」
カゼハはにやりと笑った。
「最後の旅、最高のものにしようぜ!風の精霊王を救って、混沌の印を守るんだ!」
フィーナは頷いた。明日は風の神殿への道。カゼハの故郷での最後の冒険が始まる。
《トリニティ・ティア》が夜空に向かって柔らかな光を放っていた。
◆◇次回『風の神殿の闘い!カゼハとエアリエルの絆!』
風の神殿に潜むエアリエル。闇の影響を受けた風の精霊王を救うため、カゼハは王としての宿命を受け入れる決意をする。先の戦いでの共闘から生まれた絆が、今、真価を問われる!契約には思わぬ犠牲が伴うことが明らかに!フィーナたちは友の決断を止めるべきか、見守るべきか…そして、風の混沌の印を巡る最終決戦が始まる!




