第85話『嵐の海へ!水の混沌の印の守護者!』
◆◇1. 南への旅路
「ああー!やっと涼しくなった!」
フィーナは空を見上げ、深呼吸した。灼熱の砂漠を抜け、南の草原地帯へと進んできた一行。数日前の極寒や灼熱と比べれば、穏やかな気候は天国のようだった。
「涼しいというより、むしろ湿っぽくなってきたな」
ルークが周囲を見回す。確かに草原の先には霧が立ち込め、空気に湿り気が増していた。
「南の嵐の海が近いという証拠だな」
イグニスが言った。神殿での戦いを経て、彼の炎のオーラはより強く、安定したものになっていた。力を取り戻した炎の精霊王の威厳が彼から漂う。
「水の混沌の印か…」
フィーナが胸元の《フローズン・ティア》に触れる。
「これとは相性いいのかな?」
彼女はもう一つの欠片、《フレイム・ティア》をイグニスから預かっていた。炎と氷の二つの欠片は、不思議な調和を保ちながら彼女の元で共存していた。
「水の精霊王アクアリウスについて、何か知ってることある?」
イグニスに尋ねるフィーナ。精霊王同士なら、何か知っているかもしれない。
「彼女は気まぐれだが、心優しい存在だ。水の流れのように柔軟で、時に嵐のように荒々しい」
「彼女?女性なんだ」
「ああ。精霊王に性別があるわけではないが、アクアリウスは女性の姿を好む」
カゼハが口を挟んだ。
「オレ様、水はあんまり…毛がふわふわになっちまうからな」
「お前は相変わらず、くだらないことしか言わんな」
ルークが呆れたように言った。
「なんだとこのヤロー!」
いつものやり取りに、フィーナは微笑んだ。危険な冒険の中でも、仲間たちとの時間は心を和ませてくれる。
前世の記憶が断片的に蘇る。友人たちとのふとした時間。何気ない会話。そんな日常の尊さを、フィーナは今の仲間たちとも感じていた。
「あっ!」
突然、フィーナが立ち止まる。《フローズン・ティア》と《フレイム・ティア》が同時に強く輝き始めた。
「この先…何かいる」
◆◇2. 風の警告
草原の向こうから、一団の人影が近づいてきた。十数人、全員が黒い装束に身を包み、武器を携えている。
「あいつら…」
ルークが警戒の声を上げる。
「村を襲った黒衣の男たちと同じ格好だ」
「シャドウモアの手下か?」
カゼハが爪を光らせる。
「風の羽衣が…危険を告げてる」
フィーナの「風の羽衣」が風の流れを読み取り、彼女に警告している。黒衣の一団は明らかに敵意を持って近づいてきていた。
「イグニス、私たちを見つけたのかな?」
「いや、たまたまだろう」
イグニスが静かに言った。
「だが、道を譲るつもりはないようだ」
黒衣の一団が近づくにつれ、彼らの姿がはっきりと見えてきた。全員の目が不自然な赤さで輝いている。シャドウモアの影響を受けているのは明らかだ。
「止まれ!」
先頭の男が叫んだ。
「その先へは進ません!」
「なぜだ?」
ルークが冷静に尋ねる。
「南の海は現在、立入禁止だ。嵐が危険レベルに達している」
嘘だとわかるような言い訳。フィーナは「風の羽衣」を通して、風の流れが特に異常ではないことを感じ取っていた。
「それなら、別の道を探します」
フィーナが平和的に言ったが、黒衣の男たちは動かない。
「いいえ、あなたたちには引き返してもらう。特に…」
男の視線がフィーナの胸元に注がれる。《フローズン・ティア》と《フレイム・ティア》が放つ微かな光が、彼の目を引いたようだ。
「ティアの欠片を持つ者は通せない」
一行は緊張した。彼らの目的を知られていた。
「やはり、シャドウモアの手下か」イグニスが低い声で言った。
◆◇3. 闇の刺客との戦い
黒衣の男たちは一斉に武器を抜いた。剣、弓、魔法の杖。様々な武器を持った戦闘集団だ。
「行くぞ!彼らを倒し、ティアを奪え!」
先頭の男の命令で、黒衣の一団が襲いかかってきた。
「カゼハ、右側!ルーク、防御を!」
イグニスの指示で、一行は戦闘態勢を取る。フィーナは「エメラルドの腕輪」を掲げ、緑の障壁を展開した。
黒衣の男たちの剣が緑の障壁に当たり、はじかれる。だが数が多く、四方から攻撃を仕掛けてくる。
「くっ…数で押し切る気か」
ルークが盾を構え、フィーナを守りながら反撃する。カゼハは獣人の俊敏さを活かし、敵の側面から切り込んでいく。
イグニスは炎の壁を張り、前方からの攻撃を防ぎつつ、手のひらから炎の球を放った。黒衣の二人が直撃を受け、倒れる。
「フィーナ、大丈夫か?」
「う、うん!」
フィーナは《フローズン・ティア》の力を使い、足元の地面を凍らせた。数人の黒衣の男たちが滑って転倒する。
「やるな!」
カゼハが感心の声を上げる。
戦いは白熱したが、イグニスの炎の力が強力で、黒衣の一団は徐々に押されていった。
「リーダー!このままでは!」
黒衣の一人が叫ぶ。先頭の男は歯ぎしりし、何かを決意したように黒い結晶を取り出した。
「それは!」
イグニスが警戒の声を上げる。
「危険だ!下がれ!」
男が結晶を地面に叩きつけると、黒い霧が噴き出し、周囲に広がっていく。霧に触れた草が枯れていく。
「闇の結晶…強化されるぞ!」
霧の中から、黒衣の男たちが再び姿を現した。今度は体が一回り大きくなり、目の赤さも増していた。手に持つ武器からも黒い炎のようなものが立ち上っている。
「これは…シャドウモアの力だ」
イグニスの表情が引き締まる。
「本気で来るつもりか」
◆◇4. 調和の力
強化された黒衣の一団との戦いは激しさを増した。ルークの盾に亀裂が入り、カゼハも腕に傷を負った。イグニスの炎も、黒い炎の前では威力が落ちているようだ。
「このままじゃ…」
フィーナは焦りを感じた。仲間たちが危険な状況だ。
(前世の記憶…何か役に立つことはない?)
RPGの知識を思い出す。敵の弱点は?強化状態を解除する方法は?
そして、ふと思い当たった。
「イグニス!《フレイム・ティア》と《フローズン・ティア》を同時に使えない?」
イグニスが一瞬考え、頷く。
「やってみる価値はある」
フィーナは二つの欠片を高く掲げた。「調和の力」を発動させ、二つの欠片からの力を融合させようとする。
《フローズン・ティア》から青い光が、《フレイム・ティア》から赤い光が放たれる。二つの光は空中で交わり、紫色の光となって広がった。
「な、何だ?」
黒衣の男たちが驚きの声を上げる。
紫色の光が黒い霧に触れると、霧が薄れていく。黒衣の男たちの強化も徐々に解けていった。
「いけっ!」
イグニスの声に応え、ルークとカゼハが一斉に攻撃を仕掛ける。弱体化した黒衣の男たちは次々と倒れていった。
リーダーの男だけが立ちつくし、憎悪の目でフィーナを見つめていた。
「お前…調和の力の持ち主か…」
男は後退しながら言った。
「マスターに報告せねば…」
そう言うと、彼は黒い煙に包まれ、消えてしまった。
「逃げたか…」
ルークが呟く。
「しかし、彼らの目的がわかった」
イグニスが言った。
「彼らはティアの欠片を狙っていた。そして、お前の"調和の力"も警戒している」
フィーナは二つの欠片を見つめた。それぞれは強力だが、融合させることでさらなる力を発揮する。前世のゲームでよくあった「アイテム合成」のようなものか。
「水の混沌の印…急がないと」
◆◇5. 嵐の海へ
黒衣の一団との戦いの後、一行は足早に南へと進んだ。時折、遠くに黒い影が見えることもあったが、正面から襲ってくることはなかった。
やがて、視界の先に広がる青い海が見えてきた。
「嵐の海だ」
イグニスが言った。確かに、海の上空には黒い雲が渦巻き、遠くで雷鳴が轟いている。波も高く、海岸線に激しく打ち寄せていた。
「これは自然の嵐じゃない」
フィーナが「風の羽衣」を通して感じ取る。
「何かが海を怒らせてる」
「アクアリウスか、それとも…」
イグニスの言葉が途切れる。彼の目が海の一点に釘付けになっていた。
波間から、何かが姿を現そうとしていた。青く光る巨大な人影。それは水で形作られた女性の姿だった。
「アクアリウス…」
イグニスが呟く。
水の精霊王アクアリウスは優雅に波の上を歩き、岸へと近づいてきた。しかし、その体には《フレイム・ティア》の黒い部分のように、一部が黒く染まっていた。
「イグニス…久しぶりね」
アクアリウスの声は水の流れのように優しかったが、その目には苦しみの色が見えた。
「アクアリウス、やはり君も…」
「ええ…抵抗したけど、闇の力が…」
彼女の体から黒い水滴が落ち、周囲の海水も徐々に黒く染まっていく。嵐がさらに激しさを増し、雷が海面を直撃した。
「助けて…私の印を…守って…」
アクアリウスの声が弱まり、彼女の体が海中へと沈んでいく。
「待って!」
フィーナが叫ぶが、もう遅い。
アクアリウスの姿は完全に海に溶け込み、黒い渦が水面に残るだけとなった。
「水の神殿へ行かなければ」
イグニスが決意を込めて言った。
「アクアリウスを、そして水の混沌の印を救うために」
フィーナは二つのティアを握りしめた。脳裏には前世のRPGの記憶。水中ダンジョンの難しさ。そして水の神殿に潜むボスの姿。
「行こう…でも、どうやって海の中に?」
その問いに、カゼハが海岸線を指差した。「おい、あれは…」
波打ち際に、一隻の小さな船が漂着していた。青い帆を持ち、船首には人魚の像が飾られている。
「アクアリウスからの贈り物か」
イグニスが頷く。
「彼女の意識はまだ残っているようだ」
フィーナたちは船に乗り込んだ。風もないのに、船は自然と沖へと進み始めた。嵐の中へ、水の混沌の印を求めて。
◆◇次回『水中神殿の罠!アクアリウスの真の姿!』
嵐の海の中に隠された水の神殿。迷宮のような内部に仕掛けられた数々の罠。そして闇に染まりながらも助けを求める水の精霊王アクアリウス。フィーナたちはティアの新たな力を駆使して、第三の混沌の印を救えるのか!?さらに、アクアリウスが明かす衝撃の真実とは!?




