ナルシシズム
朝。
曇り空。
陰鬱な空気が窓から流れ込んでくるみたいで、ボクは視線を姿見に戻した。
身だしなみを整えなくては、ボクはそう思って前髪を触る。
マイは、ボクのことが好きなのだという。ボクは昨日のことを思い出した。突然言われたその言葉は、しかしボクにはただ不思議でしかなかった。
だって、ボクとマイは会ったことがないのだから。
マイがボクを好いてくれる理由が分からない。
マイは言った。
私はとても勇敢だから、だから愛してるし、愛せるのだと。
ボクはその言葉を思い出して首を振る。
ボクとは正反対だ。
ボクは勇敢じゃない。
マイはそんなことないって言ってくれたけど、ボクはそうは思わない。鏡に映るボクのように、人には『そう』見えても、ボク自身は正反対なんだ。
ボクは決して、
勇敢ではないし、
愛する勇気もない。
そもそもボクは誰かを愛せるものだとは思ってないし、その自信もない。
そうだ、ボクには自信がない。
窓の方から音がして振りむくと、雨粒が窓ガラスを叩いていた。
出掛けようと思っている時に限って雨が降り出すんだ。
自嘲気味に笑って、視線を鏡に戻す。
鏡の中の彼女は、雨が映り込んでいるせいかどこか悲し気に見えた。
流れてもいない涙を拭おうと手を伸ばせば、彼女も腕を伸ばして額を寄せてくる。
けれども伝わってくるのは冷たくて硬い、ボクの心だけだった。
せっかくの彼女の温かい言葉もその視線も、結局は変われないボクを映す鏡みたいだ。
そうして彼は部屋を出て行く。
最後まで、一度も自分を見つめ直すこともなく、置いていったものを振り返ることもなかった。