鏡に映った猫
「どうして俺の来世が猫なんだ!」
俺は三畳ほどの狭さ、暗がりのテントの中で立ち上がり、目の前に置かれた鏡の向こうに座る黒いローブを羽織った七〇代ほどのおばさんに文句を言った。
占い師が主体となって行われた今回のイベントに俺は気軽に参加をしたのだが、根も葉もない根拠と共に、目の前に映った鏡によって決められた次の人生に納得がいかない。彼女の助手が「落ち着いて下さい猫も素敵な生き物です。どうかその心を一度落ち着けてよく考えてみて下さい。猫は素晴らしいですよ。好きなときに寝て、好きなときに起きて自由に生活し、飼われていたら何も言わなくても餌まで出てくるのです。それに、古来では猫は神聖な生き物として扱われてきました。何も文句の言いようのない次の人生じゃないですか」
「そんな手には乗るか!」
黒いパーカーとジーンズを身に纏った助手の若い女性が早口でまくしたて、俺は一瞬、確かに、と納得しそうになったが、踏みとどまった。目の前の鏡を持って逃げてしまおうとか、何て頭をよぎったがそれはただの盗みであって最終的に罰を受けるのは自分だと冷静になる。
「仕方ないですね……今度はこの水晶で占いましょう」
「最初からそうしろよ」
俺は倒れたパイプ椅子を元の位置に戻して座った。
「追加料金三〇〇〇円になります」
「金を取るのか⁉」
助手に言われて思わず振り向くが、既におばさんは目を見開き、占い始めていた。
「な、なんというオーラだ」
俺が呟くと、占いおばさんは水晶に手をかざしたまま一度首を上げ、助手が少し上から目薬を両目に一滴ずつ落とした。
「ドライアイなんです」
バスガイドのように右手を広げ、助手はにこりと笑った。
「もっと別の占い方法を模索しろと言っておいてくれ」
「出ました‼」
占い師は水晶にかざしていた両手をガバッっと振り上げて、人差し指だけを俺を差すように伸ばす。
「猫です‼」
「結局猫かよ」
俺は言うと、こんなうさんくさい占い師の相手が面倒になり、追加料金含めた六五〇〇円を置いてテントから出た。
帰り道、偶然目に入った猫カフェを外から覗くと、若い女性客が嬉しそうに猫を撫でる姿を見え、「悪くないな」と呟いた。ガラス越しに映った顔は自分でも引くくらいにやけていた。