第1話 便利屋のアル
窓から差し込む暖かい朝日に照らされ、アルは若干顔をしかめながらベッドから体を起こす。
寝ぼけ眼のまま自室を出て、居間へ出ると香ばしい匂いが鼻孔を擽る。
キッチンで父であるダグラスが朝食を作っているらしかった。
「おはよう、父さん。」
「おはよう、アルベルト。もうすぐで出来るから座っていなさい。」
「ありがとう。」
そう会話をして食卓に座ると間もなくパンと少し不格好なベーコンエッグが目の前に並べられた。それに手を組み、食物への感謝の祈りを捧げてからアルは朝食に手を付ける。
口に含んだ朝食の味は特別美味しいという訳でも、美味しくないという訳でもない、素朴な味。ただしきりに「美味いか?」とダグラスが聞いてくるものだから、アルは「美味しいよ」と返すしかない。その返答にダグラスは嬉しそうな顔をするものだからアルはなんだか嘘を吐いているような気分になっていたたまれなくなる。
これがアルとダグラス、父子二人のいつもの食卓だ。
アルに母は居ない。アルを出産後すぐに亡くなってしまったとそう聞かされた。
ダグラスは母を失ってからの15年間、男手一つでアルを育ててくれたが、料理は母に任せきりだった為あまり得意ではないのだ。第一、火を付ける為の魔法紙を使えないアルは自分が料理ができるかどうかなんてわからないので、文句を言う資格などない。
その昔、父に申し訳が立たない気持ちに襲われて火打石で火を起こし料理をしたことがあったのだが危うく火事になりかけて更に申し訳が立たなくなりかけたのを思い出し、苦笑する。
「どうしたんだ?やっぱり美味しくなかったか?」
「いいや、ただありがたいな、ってそう思ったんだよ。」
「そ、そうか?まぁ、俺はお前の父さんだからな。これぐらいは当然に決まっている。」
「真面目だなぁ。」
そう言いながら最後のベーコンエッグを口に放り込み、アルはキッチンで洗い物を始める。
基本的に家事は魔力が必要のない仕事はアルが担当している。ダグラスはアルに「全部俺がやってもいいんだぞ」と言ってくれはするが、正直助かると思っているようで最近は言ってくる頻度も下がってきた。ダグラスの力になりたいアルにとって家事を任せてくれるということはそれ以上の意味を持っていた。
洗い物をしながらアルは口を開く。
「父さんは今日もリリと稽古?」
「あぁ、最近骸獣の動きが活発になりつつある。それまでにリリちゃんを育てておかないとこの村は滅んでしまうかもしれない。」
リリは15歳を迎えた今年魔導騎士になった。
村長の娘である彼女を戦場に出すのは危険すぎるという声もあったが、彼女の「村長の娘であるからこそ皆の平穏をこの身で守りたい」という固い意志を伴った演説に誰もが口を噤んだ。
そんな彼女に頼まれてダグラスは騎魔人の操縦や戦い方の基本を教えている。村の英雄の個人指導だ、間違いなく有益で素晴らしい物だろう。
笑いながらアルは言う。
「そうなんだ、リリは頑張ってるなぁ」
「あぁ、彼女は素晴らしい娘だよ。ところでアル、お前はどうするんだ。」
「俺?今日も便利屋として働くよ。」
「違う。今日の予定じゃなくて俺が言いたいのは……。」
「なれないよ、俺は。」
ダグラスがアルの抱えたままずっと離せないでいる夢、魔導騎士になるという夢の話をしようとしているのを感じてつい冷たくそう言い放ってしまった。
そう。幼馴染であるリリはアルを置いて、先に夢を叶えたのだ。それに少しの嫉妬心が無いと言えば嘘になる。しかしアルはそのことをなるべく口にも表情にも出さない。資格がないのだ、最初から叶わないとわかっている夢を追い、自分が見た夢を叶えた人間を見て勝手に嫉妬する資格が。
基本的に魔法を使えない人間に夢は叶えられない。それがこの世界で15年生きてきたアルの持論だった。
そんなアルにダグラスは複雑な表情をしながら謝る。
「すまない。無神経だったな。」
「いや、父さんが謝ることじゃない。俺こそごめんなさい。こんな夢とっとと捨てなきゃいけないのに。」
「夢を持つことは悪いことじゃないんだ、アル。」
「叶わない夢を持つことは悪いことだよ。ほら、だって今父さんの顔をそんなにも暗くしてしまっている、それがここにある真実だよ。」
「アル……。」
「よし、洗い物終わり!今日は朝からジェシーおばさんに便利屋頼まれてるから!行ってきます!」
そうアルは逃げ出すように家を飛び出した。父から逃げたかった訳ではない。ただ情けない自分から目を背けたかった。
そして外の空気を体に一杯吸い込み、彼は言う。
「便利屋のアル!今日も一日頑張ります!」
そうして彼が駆け出した家の玄関口には大きく抉られた地面と砂埃だけが残った。
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